落葉
あっという間に一年も半分が過ぎ、木々は刻々と変化していっていた。
あるものは赤、あるものは黄色、あるものは茶色。見ているだけで、私の心まで彩られていくような、変わっていくような。そんな感じがして、わくわくしてしまう。
木々はどんな気持ちでその衣の色を変えていくのだろうか。そんなことを考えながら、仕事の帰り道、色づく葉の下を歩いていく。
秋は好きだ。
暑かった夏からだんだんと涼しくなっていって、晴れが多くなるし空気も乾燥して過ごしやすくなる。
夏に暑さに耐えて涼しいあの本屋の店内に入って、ペラペラと気ままに本をめくるのも好きだけれど、それよりもやっぱり「読書の秋」とも言われる季節だ。凡庸でなんでもない思考回路ではあるが、私も皆が言う通り秋の読書が一番だと思う。
夏から比べて幾らか柔らかくなった日差しの下、公園かどこかのベンチに座る。色づいた葉を通った光が本の上に落ちて、本すら色づけられる。そんな中で、ひんやりとした風を感じながら本を読む。
これほどに素敵なことはないと、個人的には思っている。
以前こういうことを同僚に話したら、少し困ったような笑顔で曖昧な反応をされてしまったため口に出すことはほとんどなくなった。いつか、こういった話を聞いて「素敵だね」と微笑んでくれる人と出会えたらいいなと思いながら。
大通りを、どこに行くともなくふらふらと歩いていると、遠くから軽快なステップを踏む足音が聞こえた。聞き覚えのある声と共に。
「お姉さーん!」
「あ……いつぞやの」
「お久しぶりですね」
にこやかにそう言う、本屋で出会った彼。久方ぶりに向けられたその笑顔に、こちらまで口角が緩む。
「な……お前、いつの間に彼女なんて」
「は……、彼女?」
彼の友人であろうか、私の方を見て目をまん丸くしている。
「えっと違います、以前近くの本屋で少しお話しただけで」
「そ、そうだよ。お姉さん困ってただろ」
「うわっすみません、早とちりしちまって。見た感じ俺らと同年代なのかなって……」
「いえ……」
たしかによく「童顔だね」と言われる気がするが、初対面の人に勘違いされるのだからそうなのだろう。若く見られるのはいいことかもしれない。
まあ自分の容姿に自信があるわけではないけれど。
「お姉さん、今から帰りですか?」
「はい、今日はお天気がよかったので、ついでに散歩に。秋の空気は好きなので」
「俺は見た通り大学終わりです。このあとはどこか行くんですか?」
「いつもの本屋に寄ってから帰ろうかと思っていて」
「俺も一緒に、いいですか?」
「……はい、でもお友達は」
「あ、俺っすか? 大丈夫ですよ、お気になさらずどうぞ」
手のひらをひらひらとさせて、お友達は私たちの横を通っていく。
「…ま、いいか。行きます?」
「あ、はい」
大丈夫かなと思いつつ、二人並んで道を歩き始める。まだ少し生ぬるい風が、私の髪をさらっていった。
しばらくして、隣の彼が話しかけてくる。
「びっくりしました、大学の前にお姉さんがいるとは思わなくて」
「たまたまですよ。紅葉綺麗だなって気ままにふらふらしていたんです」
「講義長くて疲れてたんですけど、少し元気出ました」
「……それなら、よかったです」
意外な言葉に、少しばかり首元が暑さを訴える。
「そ、そういえば。将来のやりたいこと、見つかったんです」
「そうなんですね。差し支えなければ、お聞かせ願えますか」
「最近、小さいことに感動することが多くなったんです。なんだか世界って素敵だな、なんて思ったりして……そんな世界が知りたくなって」
それで、と彼はゆっくり言う。
「いろんな国の言葉について調べてみたいな、って思ったんです。二百近くある国にそれぞれの言葉があって、それぞれの言語にも過去があるから……それについて、たくさん知りたいと思ったんです」
「素敵ですね。なんだか私に……」
そこまで言って、口をつぐむ。
なんだか変なことを言おうとしていた気がする。
「私に……なんですか?」
「えっと……似ている気がするな、って」
世界の言葉に惹かれた。
私たちは簡単に、当たり前に日本語を使うけれど、他の国の言葉のことは知らないし、どのくらいの言葉があるのかも知らない。だからこそ様々な言葉に触れて、そうすることで間接的にでも、自分の世界を広げることができる。
素敵な仕事に出会えたと思う。
「似てます、かね」
「はい……不思議ですね」
彼の方を見ると、ぱちと目が合った。驚いたような、嬉しいような瞳を見つけて、私は微笑ましく思った。
ふふと笑うと、彼もつられて笑う。幸せな昼下がりだと思った。
本屋に着いた。
今日は何を買おう。
「お姉さんって、いつもどんな本を読んでるんですか?」
「うーん……日によりますけど、仕事の合間に読めるように短編が多いかもしれません」
「俺もよく短編読みます、ああやって短くすっきりまとめられるのすごいなって」
「わかります」
「いいですよね、俺も書いてみたいけど」
「書けると思いますよ、あなたなら」
そう言ってから、勝手な意見を言ってしまったなと少し後悔する。
ほら、彼も困って黙って───。
申し訳なく思って彼の方を見ると、彼は赤い顔をして、目を見開いてこちらを見ていた。
「あ、えっと……」
「すみません! まさかそんな風に言って貰えると思ってなくて、なんか恥ずかしくなっちゃってですね、その……」
わたわたとする彼を見て、私は吹き出してしまう。
「あっ、ちょっと笑わないでくださいよ」
「すみません、なんだか可愛くて」
「可愛いって……お姉さんの方が可愛いのに」
「……え」
思考が止まる。
また首元が暑さを訴え始める。
「……お姉さんも人のこと言えませんよ。赤くなってるじゃないですか」
「きゅ、急すぎて驚いてしまって……」
「……やっぱ好きだな」
その言葉に、驚きすぎて身動きが取れなくなる。
「あー、っとこれはその……」
驚いたままの私を他所に、彼は少し息をついて真剣な顔をした。
「───……もうこの際、言わせてください。俺お姉さんが好きです」
ストレートな言葉に、胸がきゅっとなる。この胸の痛みというか、高鳴りというか、感じたことのないこれはなんなのだろうか。
けれど不思議と、嫌な気持ちではなかった。これが答えなのだろうか。
「……私で、いいんですか」
「お姉さんじゃなきゃ嫌です」
「───……私で、よければ」
そう小さく言うと、彼は蕾が花開くように表情を変えた。嬉しそうな笑顔。
「いいんですか」
「は、はい……」
「……っ」
彼は息を呑むと、その場にしゃがみ込んでしまう。具合でも悪くなったのだろうかと慌てていると、小さな呟きが聞こえた。
「……よかったあ」
その言葉に、私の心も幸せな気持ちでいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます