第5話
「いや、俺、彼女いるから」
三咲が雑にそう返すと、そよそよと吹いた風がススキとマチ子の髪の毛を揺らした。
「……だから?」
「だからって?」
三咲の上半身を地面に突き飛ばし、その腹の上に馬乗りになると、マチ子は残ったシュークリームを鷲掴みにして三咲の口に押し込んだ。
「っ! ちょっと、なに!?」
「好きなんでしょ、シュークリーム。彼女がいても」
「いや、それとこれとは別でしょ」
ついにシュークリームを握る手を下から掴まれ、マチ子は三咲と見つめ合った。その瞳の虹彩の色まで覗き込んだマチ子は、自分の口元についたクリームを指でとって、三咲のメガネに塗りつけた。
「何するの」
「なぁーんだ、先輩って普通のひと」
「普通でいいでしょ」
「……駅あっち」
開放して方角を指し示してやると、「あ、そっか」とつぶやいて三咲はススキの中へと消えていった。
そんなふたりの様子を土手から観察する少年がいた。
川面がオレンジ色に染まる中、マチ子はスコップで秘密基地の隣に穴を掘りながら、さくらに電話していた。
「と、いうわけで、全然ダメだった。あれは殺してくれそうにないわ」
「そっかぁ。……で、何やってんの? 今」
「え? 穴掘ってんの」
「穴? なんで?」
「んー、墓穴?」
「はァ!?」
マチ子は前傾姿勢から腰をそらして、身体を伸ばす。
「いやぁ、三咲先輩はあたしのことを食べてくれそうにないから、ススキの肥やしにでもなろうかなぁって……。あ、電池切れる」
さくらの言葉を待たずに、スマホは文鎮と化した。ポイと土の上に捨てると、マチ子は穴掘りを本格的に再開させた――その時、池田少年が走り出てきた。
「おい!」
「おぉ、びっくりした」
「お前、俺の基地で、なにエッチなことしてんだよっ!」
「はぁ、すんません」
「謝れ! って、え!? すんません!?」
目を白黒させる少年に、ちょうど良かったとばかりマチ子は「シュークリーム食べる?」と余りを差し出した。その所作はあまりに自然で、池田少年も素直に受け取ってしまったほどだ。
「他の友だちは? いがぐり探検隊」
「いが……?」
「3人いたよね」
「あぁ……。あいつらは……」
池田少年は少しすねたように唇をとがらせる。
「APEXのほうが楽しいからって……」
「あ、これもう傷んでるかも。変な匂いするわ」
「なっ、じゃぁ人に渡すなよな!!」
池田少年は思わずシュークリームをマチ子の掘っていた穴に放り込んだ。
「あ」とマチ子が声をあげると「え?」と少年は少しうろたえた。
「いやぁ、ま、いっか」
「……てか、この穴なに? 落とし穴?」
「落とし穴か……」
スクッと立ち上がったマチ子が地面に転がしていたスコップを持ち上げると、一瞬警戒した少年を
「私やあんたを置いてった奴らが戻ってきた時に、ぎゃふんと言わせてやろうか」
「それいいね」
「でも、うん、多分きみも来年には、ここに来なくなってるんだろうね」
「そんなことねーよ。あいつらとは違う」
「いんだよ。それで。あたしもきっと、こうやって穴掘ったことも忘れて、数年後にはふっつーの大人やってんだろうし」
返しに困って沈黙する池田少年にマチ子はにっこり微笑んだ。
「それって、とても悲しいね」
「……でも、掘るんだ……?」
「でも、掘るよ」
真横から終わり際の日差しを浴びて、池田少年も手伝おうと立ち上がる。
いつか戻ってくるかもしれないあいつらや、自分たちを、ぎゃふんと言わせる穴を掘るのだ。
すすきの原で、きみを待つ @sa4mi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます