第4話

 シュークリームを餌に河川敷まで三咲をおびき寄せることに成功したマチ子は、張り切ってすすき野原をかき分けていた。

「シュークリームは?」どんなにススキがガサガサとうるさい音をたてたとしても、三咲の低く粒だった声はマチ子の鼓膜をしっかりと震わせた。

「こっちこっち」

 問いかけを無視したどり着いたのは、ススキが覆い隠す秘密基地。ただし、土手からは丸見えの。

「何これ」

「シュークリーム型秘密基地!」

 愉快に両手を広げるマチ子だったが、三咲は表情を変えず反転し、帰ろうとした。しかし、形状記憶で戻ったススキの壁に行く手を阻まれ、三咲は困惑した。加えて、三咲は極度の方向音痴であったようで、その背後、マチ子がクククと悪役のようにほくそ笑んだ。

「ススキって背が高いから、大人でも方向見失うでしょ」

 無表情で思案している様子の三咲を、基地の中から「さぁどうぞ」と手招きする。

「何がしたいの」

「何しよっか」

 無言でマチ子を見下ろしていた三咲だったが、間もなく立っているのに脆弱な足が耐えられなくなったのか、秘密基地の入り口でマチ子が抱きつきたい背中を晒してしゃがみこんだ。マチ子はしゃがんだ姿勢でジリジリと距離を詰めてゆく。三咲は気づかない。小さな小枝が足の指裏でポキリと音をたてた。それでも三咲は気づかない。  

 服越しに浮き上がる肩甲骨、両肘をつかんで見切れた指先、切りすぎた爪先まで。舐め回すように観察すれば、頭皮の毛穴がざわざわと浮きだって、眼の前の背にかする毛先から男の実存を余すことなく感じとることができた。一方の三咲は、のんきにも光合成をそれなりに楽しんでぼんやりしていた。

「はい、シュークリーム」

「!!」

 約束のブツを差し出すと、三咲はいそいそとそれをほお張り始める。その隣でマチ子も自分の分にかぶりつくと、中からカスタードクリームがどばっと口のはしにあふれ出た。

「……あたしね、三咲先輩のこと、好き」

 咀嚼音がふたりの間に落ちた沈黙をつなぐ。

「かも」飲み込みながらマチ子が言うと、三咲も飲み込みながら答えた。

「いや、俺、彼女いるから」

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