(3)

「秋満様の方の準備が完了しました」

 部屋の扉越しにそう声を掛けられたので、深呼吸した後で立ち上がる。迎えに来てくれていた阿倍野さんと共に、秋満さまの寝室へと向かった。

「秋満さま、参りました」

「心春か?」

「はい。入っても宜しいでしょうか」

「大丈夫だ」

 了承を得た後で、扉の前で一礼して中へ入る。部屋の中の秋満さまは、寝台の上ではなく床の上に正座していた。

「改めて……宜しく頼む」

 そして、彼はそんな言葉を告げた後で両の拳を左右につき、私へ向かって深々と頭を垂れる。そこまでしなくても良かったのにと思う反面、それほどまでの生真面目さと誠実さを持ったこの人を、改めて心から助けたいと思った。

「承りました」

 彼の思いを受け取って、こちらも相応の覚悟を持って返事をする。それを聞いた秋満さまは、頭を上げて立ち上がり、寝台に腰掛けた。そして、眼帯を固定している紐を解く。

 初めて見た彼の左目は、右目と違って真っ白だった。何にも染まらぬ純白は、美しくはあるけれど……やはり、どこか寂しい印象を受ける。

「心春? どうした?」

 黙ったままずっと見つめていたからだろうか。秋満さまは、不思議そうな表情でこちらに問い掛けてきた。

「すみません。聞いてはおりましたけれど、実際に見るのは初めてだったので」

「見るのは……ああ、俺の左目か」

「はい。視力と色の両方を失ったと聞いていますが」

「その通りだ。神罰の影響だろうから、解呪出来れば戻るとは思う」

「……では、もう一度あなたが元の視力と色を取り戻せるように、熱に苛まれる事がなくなるように」

 告げながら、部屋の端に準備してあった祓串を一本手に取った。紙垂を秋満さまの方に向け、まずは右、次いで左に振ってもう一度右に振る。そして、もう一度白木の部分を握り直し、一呼吸して治癒の神力を練り上げた。

「吐菩加身依身多女」

 先に二礼し一つ目の言葉を唱える。私よりももっとずっと、遠い先祖の神々よ。どうか心穏やかに微笑んで下さい。

「寒言神尊利根陀見」

 そうする事で、神羅万象四方八方を。その中の一つである彼が抱えるものを。

「波羅伊玉伊喜余目出給」

 祓って下さい。清めて下さい。そうして、彼をこの苦しみから解放して下さい。

 祈りを込め、力を込める。その度に疲労が増して冷汗が流れてくるけれど。しっかりと意識を保って詞を唱えた後で、二回手を打ち一礼した。そして、罰を移した祓串を、術で燃やす。燃え尽きたのを確認して炎を消し、彼の方へと問い掛けた。

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