(4)
「お加減は如何ですか?」
「……いつもよりは、左目の重さがなくなったようには感じる」
けど完全ではないという言葉に、それでも手応えを感じて少しだけ安堵した。一回だけでも実感があるのならば、あとは回数を重ねれば良いだけだ。
「それではもう一度。この部屋と、隣の部屋に準備している祓串を全て使い切る頃には、きっと完全に解呪出来ましょう」
「……優に千は超えるだろう?」
「それは承知の上です。だって、あの月読様の神罰ですよ?」
神界を統べる最上神である天照様の弟にして、神界最強の三方と謳われるうちの一人だ。最も影響が少ない筈の新月の今でさえ、ここまでしないといけないのも致し方ないだろう。
「実際に儀式を行なう私も大変ではありますが、ひたすらそれを受け続ける貴方も大変だと思います。生身の人間が、ずっと神力に晒される訳ですから」
「それでも心春ほどではない。だから、心春がやりやすいようにやってくれ」
「お心遣いありがとうございます。では二回目を始めましょうか」
下手に集中を切らすよりは、出来得る限り連続で行ないたい。理由を告げながら次の祓串を手に取ると、秋満さまは再び寝台に座り直して頭をこちらに傾ける。
その後は、ひたすらに祓串を振って、数えきれないくらいに神力をのせた言葉を唱え、必死に秋満さまの解放を願った。この人は、罰を受ける必要なんてない。毎晩のように苦しむ必要なんて、ない。だから……だから、どうか。
使った祓串が五百を過ぎた辺りからは、もう、意識も自我もほとんどなくなっていた。そんな私を突き動かしていたのは、ただただ愛しい彼を救いたいという、それだけで。無我夢中というのは、きっとああいう時の事を言うのだろう。
「心春!」
「奥方さま!」
最後の祓串を燃やした所で、ぐらりと視界が揺れて床に倒れこんでしまった。暗転しつつある意識の中で、私を呼ぶ声が響く。視線を向けた先にあったのは、私を見つめる二つの綺麗な赤紫。
「……きれい」
「心春?」
「貴方の瞳、一つでも綺麗でしたけど」
ひとりでに言葉が滑り落ちた。色を失って落ち込んでると聞いていたから、触れない方が良いのかなと思って……ずっと秘めていた、想い。
「二つ揃ったら今は、更に美しいなって」
透き通るような赤紫は変わらないけど、その周りもぼんやりと赤くなってきた。こういう言葉、言われ慣れていると思っていたけれど違うのだろうか。
「秋満さまは誠実な人だから、きっと」
一つでも二つでも瞳が綺麗なのでしょうね。霞んでいく意識の中で、零れていった想いを聞いてくれたであろう秋満さまは。
その綺麗な赤紫の双眸を、大きく大きく見開いていた。
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