第22話 終末の森にようこそ
森という場所は、そもそも音が響かない。
それは空気の振動が、木の幹や葉によって吸収されるからだそうだ。
しかしそれを差し置いても、エルフの都ユグドアルタはとても静かで……
滅びゆく未来を待つだけの場所として見ると、美しい外観がとても悲しげに見えてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿として案内してもらったのは普通の民家だった。
ユグドアルタには宿屋が無く、学者達は研究班ごとに別の民家に泊まることになっていた。
俺達の班は、シルビアというエルフが一人で暮らす家にお世話になる。
「はじめまして『異世界音楽研究班』のみなさん……シルビア・フルシアンテと申します」
「はじめましてレナです!よろしくお願いします!」
「ミナトです」
「ティナ・バルザリーと申しますわ。由緒正しきバルザリー家の……」
「護衛のマリア・ヒルドルと申します。今日から1泊、お世話になります」
シルビアは少女と言っても差し支えないほど若いエルフだった。
他のエルフ同様、白みがかった金色のショートカットで、尖がった耳がちょこんと愛らしい。
しかしエルフは人よりも寿命が長いと聞く。
おそらく見た目より年齢は高いのだろう。
彼女も他のエルフ同様、表情をあまり変えず……端的に用件だけを話した。
「部屋は空いてますので……お好きにお使いください。私は仕事がありますので……」
そしてシルビアは挨拶もそこそこに、部屋の中を簡単に案内し、すぐ家を出ていってしまった。
「シルビアさん、行っちゃいましたね……」
「ご予定がおありのようでしたし、とりあえずゆっくりさせて頂きましょう」
部屋が8つもある大きな家だったが、無駄なものが全くと言っていいほどない。
俺達は荷物を置いてリビングに集まると、この後どのように過ごすか考える。
レナが都を見て回ろうと提案したのだが、ティナはこう言って宿に残ることになった。
「ごめんなさい、私ギリギリまで練習したいんですの」
「平気ですよ。ティナさん、がんばってくださいね!」
こうして俺とレナ、そしてアリスさんの3人で都を見て回ることになる。
都ユグドアルタは本当に美しい場所ばかりで……
レナはもちろん、あのアリスさんでさえ、その光景に目を輝かせていた。
「ミナトさん、あの建物みてください!木じゃなくて巨大な実をくり抜いてつくってますよ!」
「本当だ……けどすごい丈夫そうだね」
「レナさん、ミナト様……あまりハシャぐと、エルフの皆さんに迷惑ですよ」
まるで母親のように俺とレナの付き添いをしてるアリスさんだったが……
俺達が指さした方向が気になるのか、チラチラ気にしてるのは可愛い。
(……いつも気を張ってる人だし、アリスさんも少しでもリラックスできたらいいな)
都ユグドアルタを歩いていると、別の研究班もちょくちょく見かけた。
エルフ達に話を聞いたり、巨大樹の前で何やらメモを取ったり。
それぞれの班が自分の役目を果たそうと、しっかり仕事をこなしてる。
しかし、エルフ達はそんな学者達を気に留めず、普段と同じであろう生活を送ってた。
エルフの方はあまり異文化に興味があるわけではないようだ。
レナはそんな学者を見て、自らの本分を思い出したのか……
俺とアリスさんにこう宣言した。
「エルフの人と会話したいです!」
他の学者たちの目的は、あくまで交流と言う名目の調査。
しかしレナは、心の底からエルフと仲良くなりたいようだった。
街の散策も一通りできたので、俺とアリスさんはレナに付き合うことにする。
それからすれ違うエルフに何度も声を話しかけていたレナだったが……
彼らの反応はやはり良いものとは言えなかった。
「あの……何を作っていらっしゃるんですか?」
「家族の食事です」
「美味しそうですね。でもあまり量はないみたい」
「……未来のない我々には、与えられた時を過ごす以上のものは必要ありません」
何人にも話かけたが、例外なくとても淡泊な返答ばかり。
全員ゴリゴリの塩対応。
そこに満ちているのは死と言う絶望ではなく、ほとんど虚無に近い感情だった。
好奇心とかそういう感情を彼らは一切持ってないように感じる。
まぁ、王宮から交流をお願いしてるから、文句が言える立場でもないけれど……
その時、エルフと話終えたレナが言う。
「なにか、とても寂しいですね」
「……」
「避けられない破滅と長い間向き合い続けると……人もこうなるのでしょうか」
俺はその問いに対する返答を持っていなかった。
しかし、この都全体に漂うもの悲しさは感じとれる。
……レナの寂しいという感情も。
ただ滅びゆく森と都。それを受け入れたエルフ。
厄災以前から続く人生と言う膨大な風呂敷を、ただ畳んでいくだけの10年間。
そこから逃げ出さないことが、勇気という賞賛で称えられるものなのか。
新しい道を探そうとしない愚か者として片づけられるのか。
俺にはよくわからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通り散策して、シルビアさんの家に帰ると……
家の外で何やら食事を作っているシルビアさんに、ティナが熱烈な視線を送っている異様な光景だった。
「……じー」
部屋で練習していたハズのティナ。
しかしシルビアと会話してるような感じもせず、なぜか調理している手元をずっと見てる。
レナがそんなティナに向かって話しかける。
「ティナさん、何してらっしゃるのですか?」
「あら、おかえり。いや、この子が何か作っているので、見学させてもらってたんです」
見ると、シルビアは黙々と木で出来たボールの中で何かをこねている。
それをじっと見つめるティナに、俺は言った。
「もしかしてティナ……お腹すいたの?」
「え!?い、いや!そんなことはありません!私は由緒正しきバルザリー家の娘ですし!おなかが空いたからと、調理してる姿を覗くなんてはしたないまね……」
……図星のようだ。
まぁティナだってまだ16歳の女の子。
若い女は男よりもよく食べるみたいな話も聞いたことあるし。
レナが微笑みながらシルビアに話しかける。
「なにつくってるんです?」
「これは……お菓子です」
お菓子か。
確かに甘い香りがする。
「へー、美味しそう!」
「皆さんの分も一応用意しています……私も、今日は甘い物食べたい気分だったので……」
シルビアはそう言うと、少し照れくさそうに調理に戻る。
その時シルビアは、じっと生地を見つめるティナと目が合い……
こねた生地を一口サイズにちぎって丸めると、それをティナに「はい」と渡した。
「え!?く、くれるんですの?」
「どうぞ。さっきからずっと……お腹鳴ってましたから」
「鳴ッ!?そそそそ、そんなはずありません!私は貴族ですし!お腹の音がなるなんて……ッ!」
ティナが言い訳をしている最中も、シルビアは特に何も言わず……
「いいから早く食えよ」と言わんばかりの視線をティナに送る。
ようやく真っ赤な顔が収まり始めると、ティナは彼女からそれを受けった。
「これ、なんですの?」
「クッキーです」
「クッキー?……焼いてないのに?」
「エルフは火を使わないので」
しかしティナはそれを一口食べると、たいそう気に入ったようで……
「わ、私の家で出てくるものにはかないませんが、これもとてもおいしいですわね!」
と、またも顔を真っ赤にして言った。
俺とレナはもちろん、きっとシルビアでさえ「素直になるのが苦手な人なんだな」と思ったと思う。
俺達も彼女からエルフ特性焼かないクッキーを貰って食べる。
うん、サクサク感はないけど……木の実の香りが良い美味しいクッキーだ。
レナは今度こそエルフと交流できると思ったのか、力強い視線を彼女に向けた。
しかし、余りに気合が入っていたのか、声も大きくなる。
「美味しかったです!ありがとうございます!」
その熱心な視線に圧を感じたのか、シルビアは困ったように視線を外した。
レナはそんな彼女にお構いなしに、こう聞いた。
「あの!シルビアちゃんは、何か私に聞きたいことありませんか?なんでも答えますよ」
「え?……あ、いえ……」
なるほど。
レナのエルフ仲良し大作戦は、どうやら相手から質問させる方向に舵を切ったらしい。
しかしシルビアは、レナにこう答えた。
「私達エルフに知りたいことはありません」
「……え?」
「だって長く生きないエルフには、新しい知識も教育も……必要ありませんから」
その言葉に、俺とレナはドキっとした。
見た目はティナと変わらない少女であるシルビア。
こんな子まで、自分の死を受けれている。
その事実にレナがつい言葉をつまらせていると……
「なにいってるのよ。必要に決まってるじゃない」
「……え?」
もうすでに10個目の焼かないクッキーに手を伸ばすティナがこう言った。
「やりたいことがあるなら、子供でも大人でも学ぶのはあったりまえじゃない」
「……やりたいこと……?私には、そんな……」
「さっき甘いもの食べたい気分って言ってたじゃない。それだって立派なやりたいことよ?……勉強すれば、もっと美味しいお菓子だって一杯知ることができるわ……むぐもぐ」
そう言ってクッキーを頬張るティナに、ぽかんと口を開けてシルビアは言う。
「焼かないクッキーより……?」
「当然よ!まぁ、これもなかなか美味しいけど!勉強すれば、色んな物を作れるのよ!私は作ったことないけど!……もぐもぐ」
頬一杯にクッキーを詰め込むティナに貴族の威厳的なものは一切なかったが……
それを聞いたシルビアはこうつぶやいた。
「……食べてみたいな」
「でしょ?だったら頑張って勉強しなさい!長生きするとかしないとか関係ないわ!もぐもぐ……」
それは、我儘ばかり言って育ったティナにとって当たり前の結論で……
やりたいことをやり続けてきた人にしか言えない言葉だった。
ある意味、すっごい短絡的なんだけど。
エルフ達との交流に悩んでいた俺達に、その言葉は妙に響いていた。
そんなことを考えながらティナを見てると……
「ミ、ミナト……なによそんなジッと私を見て……。も、もしかして……ついにミナトも私と結婚したく……」
「なってないけど……。ティナをメンバーにしてよかったなって思ったよ」
「えぇ!?」
そうだ。
ティナの言う通りじゃないか。
例え死ぬ運命だとしても、死ぬまで何もせず待つ理由なんてない。
何かやりたいとか、楽しいとか……膨大な時間をつぶす手段なんていくらでもあるじゃないか。
問題の調査は、必ず研究者たちが明らかにする。
だったら俺も、俺にしかできないことをしよう。
「アリスさん、交流品のギター……持ってきてくれる?」
俺がそう言うと、アリスさんが文化交流でエルフに渡すギターを持ってきた。
本当は二日目の演奏の後にララノア殿下に差し上げようと思ってたけど……
エルフとの交流のために使えば、誰にあげたっていいじゃないか。
シルビアにギターを渡すと、彼女はキョトンと俺を見た。
「……これは?」
「楽器っていう……音を出す道具だよ。迷惑じゃなければもらってくれる?」
楽器を”音を出す道具”と言って紹介するのは、いまだに少しの抵抗がある。
この言葉の奥には本当にたくさんの感動があると伝えるには、いつも会話というコミュニケーションの速度が歯がゆく感じていた。
シルビアはギターの大きさに戸惑ってはいたが……
見たことのない造形の木材細工に興味深々で、弦をベーン……と鳴らしたりする。
俺はそんな彼女にこう言った。
「俺はこの世界のことをあまり知らないんだけど、ただ死を待つ時間の辛さはなんとなくわかる」
「……?」
「このギターに君の運命を変えてる力はない。だけど……その運命の中を華やかに彩ることが出来るのは保証する」
やりたいことをやるために学ぶ。
人間とエルフはまだ互いを知らなすぎる。
ついに、明日は交流演奏会。
どうなるかわからないけど、ティナの言葉で俺にも勇気が湧いていた。
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