第21話 アルフヘイムの森にようこそ

 その森の木々は、数十mはあろう巨大樹で埋め尽くされていた。

 うねる様に伸びる枝葉は、今にも動き出しそうなほど強い生命力に溢れている。


 揺れる馬車から見えるアルフヘイムの森は、学者達でさえ驚いている様子だった。


「こんなに近くまで来たの初めてです。すごいですね……ミナトさん」

「うん……本当にすごい」


 陽もほとんど入らない森なのに、大小さまざまな花々が咲いているのがわかる。


 深い影の中でそれがよく見えるのは、その花々の花弁や実が様々な色で発光していたからだった。

 まるで古いファンタジーに登場する魔女の森みたいだ。


 未知の自然の集合体というものは、得体のしれない恐怖を感じるもの。

 しかしその森は不思議な優しさで包まれていて、美しく神秘的な様相は近づくほどに俺をワクワクさせた。


 この森が無くなるかもしれないなんて、俺には想像もできない


「ミナトさん、あそこがアルフヘイムの入り口ですよ!」


 レナの指さす方を見る。

 そこは大きな2本の巨大樹が重なって、まるで門のように大きな口を開けていた。


 下にはエルフの建造物と思われる木製の建物がいくつか並んでる。

 やはり首都フロリアの木造家屋とは全く異なる雰囲気だ。


 そしてそこには、俺達の到着を待つたくさんの彼らがいた。



「……エルフ」



 エルフは俺のイメージよりも、はるかに美しい人々だった。


 自然の物から作ったであろう衣服、男女問わず整った顔立ちと白い肌、柔らかな発色の金髪。

 人間の貴族とは種類の違う清潔感と気品。


 王宮の一団は馬車から降りて、王を先頭に彼らの元に歩いていく。

 すると、特に美しい女性のエルフがこちらに近づいて、表情を変えずファブリス王に相対した。


「ファブリス王……ようこそいらっしゃいました」

「お目にかかれて光栄です、ララノア殿下。我々と交流する機会を頂き、改めて感謝申し上げます」


 ファブリス王にはいつものような軽さがなく、殿下と呼ばれた女性と非情に丁重な話口調で会話する。

 一団も王に習って頭を下げ、そのままエルフの案内で森の奥深くに入って行くことになった。


「人間のみなさん……どうぞこちらへ」


 しかし、エルフ達はララノア殿下同様、誰も俺達に笑顔をむけなかった。

 王とララノア殿下は歩きながら会話をしていたが、他のエルフ達はただ無表情で、雑談すらしていない。


 そんな彼らに少しの違和感を覚えつつ、森の奥に入ると……

 そこは巨大樹の下で神秘的な花々に囲まれる、美しい都があった。


「エルフの都ユグドアルタです」


 その都の美しさは学者たちも息をのむほどで、なにより巨大だった。


 大きな木々を利用した沢山の建造物を、発光する花々とキラキラと浮かぶ魔法の光が彩っている。

 複雑で柔らかな光は影の輪郭をぼやかして、太陽の光とは全く別の安心感で都全体を満たしていた。


 建造物も相当な数。植物の形をそのまま利用した家屋なんかもある。

 木で出来た道は歩くたびにコッコッコッと心地よい音が跳ね返り、ただ歩くだけでもなんだか楽しい。


 しかし都に入り、目に入るエルフの数が増えるほど……

 おそらく王宮から来た誰もが、同じ違和感を感じ始めていた。


「足音……」


 それは、その森の異様な静けさだった。


 風や葉の音も、動物の鳴き声すら聞こえない。

 ただ俺達の歩く音だけが、都全体に響いていた。


 都のエルフ達もそうだ。

 たくさんのエルフ達が生活しているようだが、誰一人としてやはり会話していない。


 視界はとても多彩で鮮やかなのに……

 耳から得られる情報が異様に乏しく、森全体がとても静かだった。


 逆にこちらの雑談は妙に目立つので、レナがこそこそと俺に言う。


「昔読んだ本の物語では、エルフはとてもおしゃべりだって書かれてたんですが……誰も会話すらしていませんね」

「……うん」

「それに妖精もいません」

「妖精……?」


 レナいわく……


 王国の童話に登場するエルフ達はとてもお喋りで、森の妖精と遊ぶのが大好きな種族らしい。

 音を出すことを禁止されたようなこの静けさとは、まるで正反対。


 ……妖精らしき姿は見る影もない。


「……」


 音もそうだけど、俺はエルフ達の表情も気になっていた。

 彼らには表情と呼べるものが無く、案内をしてくれているララノア殿下も含めて、俺達に全く関心がないように感じた。


 するとララノア殿下は王宮の一団へ振り返り、こう言った。


「人間の皆さん……まずは我々の主たる大樹ユグドラシルにご挨拶をお願いできますか?森のしきたりなのです」


 丁寧な話口調だったが、やはり何の表情もない。

 殿下の言葉に王が爽やかな笑顔で答える。


「我々はお邪魔している身です。むしろ森の文化に触れることができて光栄です」


 一団はそのまま都を抜けて、さらに深い森の奥へ入っていく。

 しばらくすると、まるで木々が避けてるかようにひらけた場所にでた。


 そこは沢山の光る花々が揺れていて、近くに水源があるのか川が流れてる。


 しかし、その美しい光景は中心にそびえるモノを彩る装飾に過ぎない。

 その空間の中心にその大樹はあった。


「あれが、アルフヘイムと我らエルフの主……生命の大樹ユグドラシルです」


 その巨大さは、一つの場所から全貌を知ることは到底できないだろう。

 近づくほど視界が全てその木の幹になるほどの規模。


 地中から顔をのぞかせる根っこすら、他の巨大樹の数倍はある。

 あまりに壮大な生命の力に、そこにいる誰もが息をのむ。


 ユグドラシルの根元につくと、巨大な門のような物が俺達の前に立ちふさがった。


 しかし門と言うには、余りに非人工的な木製の扉で……

 門に刻まれている巨大な紋様が無ければ、ただの自然物にしか見えない。


 ララノア殿下は門の前で手を広げて祈ると、そのまま頭を下げて一礼した。

 王や学者や俺達も、見たまま殿下の真似をする。


 そして学者達が門に刻まれた紋様に注目すると、ララノア殿下が説明をくれた。


「この門の先に……ユグドラシルの精霊様がいらっしゃいます」

「精霊様……ですか?」


 ファブリス王がそう尋ねると、ララノア殿下は返答する。


「はい。終焉の冬霜(とうそう)が終わった時……この大門が開かなくなり、誰も精霊様に近づくことすらできなくなりました」

「……」

「精霊様からの言葉を伝えるたくさんの妖精も大樹へ還り、もう10年が経ちます。……それから我々エルフは、誰も大樹の言葉を聞くことができなくなりました」


 ララノア殿下は、ここで初めて表情を変えた。

 その表情は、とても深い悲しみに溢れてた。


 一方で、学者たちの顔は真剣だった。

 なぜなら彼らの目的は『森の滅びゆく原因と、その解決策の調査』。


 ララノア殿下から発せられる悲しみの言葉は、まさに求めている答えそのものだった。

 彼女はさらにつづける。


「我々エルフとこの森は……おそらく生命の大樹ユグドラシルに捨てられたのです」

「……捨てられた?」

「大樹ユグドラシルは常に正しい存在。……だからこそ我々はこの滅びを受け入れることにしたのです」


 鮮やかで神秘的な場所とは違い、その話は重く暗い。


 それを聞く他のエルフ達の顔も曇っていくようだった。

 空気を変えようとしたのか、ファブリス王がララノア殿下に尋ねる。


「この門に描かれている紋様は、何を意味しているのですか?」


 しかしララノア殿下は首を横に振る。


「古代エルフが書いた文字ですが……現代を生きるエルフには読めません。唯一わかるのは……」


 そう言うと、ララノア殿下は紋様の一部を指さした。


 紋様は太い線で大きな円が描かれており、その中に円、その中にさらに円と、4重の円で構成されてる。

 円を形作る線には、重なる様に葉の模様が沢山散りばめられている。


 葉が描かれている場所はバラバラで、全体で見ると左右で全く違う形にすら見えた。


 ララノア殿下が指さしたのは、そんな紋様の上に書かれた見慣れない文字だった。


「『月の下、4つの森と3つの時』……そう書かれています」

「どういう意味なのですか?」


 ララノア殿下は、また首を振った。


「時すらも森の中の一部……という意味の言葉です。しかし今を生きるエルフである我々には、それ以上の意味は何もわかりません」

「そうですか」

「きっと、森の滅びはユグドラシルは怒りなのでしょう。……古のエルフの言葉さえ忘れた、我々に対する罰なのです」


 殿下はさらにこう続ける。


「そして今回、人間の皆さんと交流したのは……これが理由なのです」

「……?」

「エルフが死ねば……この森の存在を語り継ぐ人がいなくなる。……だからこそ、この森の文化を誰かに伝えなければならないと思ったのです」


 そう言ったララノア殿下の表情はとても辛そうだった。


 その後、俺達はその門の場所で解散になる。

 ララノア殿下の好意で、交流中の二日間、森を自由に散策して良いらしい。


 今日と明日の夜には食事会が予定されており、決まった予定はそれくらい。


 俺達の演奏は二日目の夜の食事会の予定なので……

 調査の必要がない俺達3人は、それまで1日半の休暇のようなものだった。


 とりあえず俺達はこの後どうするか話し合うため、エルフが用意してくれていた都の宿に戻ることにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 都に戻り、宿まで歩いていると……

 エルフ達がこれから狩りにでも出るのか、弓の手入れをしていた。


 そんな彼らを見ていると、レナは俺が弓を知らないと思ったのか、こう話してくれる。


「あれは、弓ですよ。狩猟や戦闘に使う、矢を飛ばす道具です」

「え……?あぁ、うん。そうだよね」

「すいません、ご存じでした?」

「うん」


 弓。

 エルフの武器と言えば、誰もがまず連想する武器だ。

 俺が思い描いたファンタジーのエルフそのもの。


 でもだからこそ、彼らに音楽という文化がないのが寂しく感じていた。


 エルフの楽器といえばハープだ。

 昔、爺ちゃんになぜ物語に現れるエルフ達は皆ハープを演奏するのか聞いたことがある。


『なぜって……。そりゃあエルフは弓を使うからだろう』

『……そうなの?』

『ハープってのは色んな国にルーツを持つ楽器だが……そのどれもが狩猟で使う弓が原型になってるからな』


 弓はあるけど……ハープはない。


 音楽が無いこの世界の弓は……

 最も優しい弦楽器とも呼ばれるハープに進化することはなかった。


 そう考えると……


「どうしたんです?」

「いや、なんでもないよ」


 こうして、エルフとの2日間の交流が始まった。



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