第20話 バンドへようこそ


 エルフとの交流会は3か月後。

 具体的な日程がわかったことで、『異世界音楽研究班』としても今後の具体的なスケジュールが組めることになった。

 俺達は交流会の準備と並行して、ガリガリと作業を進めていた。


 音楽知識のテキスト化に関しては、レナとチャドの尽力もありほぼ全体の構成が完成。

 今は量産できる楽器がギターしかないので、ギター奏者に向けた音楽知識にフォーカスしてテキストは最適化された。


「ミナトさん、とりあえずコード進行に関することは全部テキスト化できたと思います。……一応、アベイラブル・ノート・スケールの項目だけもう一度確認してもらってもいいですか」

「ありがとうレナ。見ておくよ」

「こっちも順調だぜ!できればシンコペの項目に具体例を入れて解説したいんだけど……テキストのどこに配置すればいいかな?」

「シンコぺーションか……。楽譜だけじゃ音をイメージするのは難しいし……できればテンポの項目とは切り離して解説してほしいかな」


 レナとチャドの音楽知識も、かなり俺に近づきつつあった。

 2人は学者だけあり、言語から文章に直すのがとても上手で、想定していた半分の時間でギター奏者用のテキストが完成した。


 一方、工房では俺とリリーが毎日のように職人の面談を行っていた。

 本格的なギターの量産体制が整うのは少し先になるが、それでもかなり順調と言っていい滑り出しだった。


「明日も100人近く面談希望者が来てるわ……フロリアってこんなに職人いたのね。びっくり」

「面談は俺に任せて、リリーは製作を進めてていいよ」


 そんな最中でもリリーは自身のアイデアを含めた新しい楽器制作も行っていた。

 交流会でティナの使うアコースティックベースも完成し、それを受け取ったティナは、それからずっと楽しそうに練習を始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 研究と工房作業を終えると、今度は交流会のアンサンブル練習を開始する。

 人に楽器を初めて教えた俺は、好奇心が強い人間はこうも成長が早いのかと二人を見て関心していた。


「なぁミナト、ここのパートなんだけど……もっとドカドカって感じにしていいか?」

「どかどか?」

「ほら、なんていうか!こう!どか!どかどかって!」


 好奇心は最大の師である。


 それを特に感じさせてくれるチャドは、言葉のバリエーションが著しく乏しかったものの……

 俺が渡した楽譜の演奏じゃ飽き足らず、もっとハイレベルな演奏がしたいと提案するほどにまで成長していた。


「うん。やってみてよ。でもちゃんとメトロノームを使った練習もしてね」

「ははっ!やったぜ!」


 対極にティナはとても丁寧な反復練習をくりかえしていた。

 その集中力はすさまじいもので、瞬きすら忘れているんじゃないかと思ったほどだ。


「ティナ、がんばってるね……」

「ミナト!……うん。でも、まだ上手く弾けないの……頭の中には正確なリズムが鳴ってるのに、なんだか上手くあっていない気がして」


 音感やリズム感のいい人ほど、思ったように演奏できないのはストレスになる。


 ティナはそれでもひた向きに努力を続けていた。

 俺に「様」付けするお嬢様のしゃべりも大分柔らかくなり、心の距離も近づいていったと思う。


 何より嬉しかったのが……


「ミナト……でもね」

「……?」

「凄く楽しい……音楽って、本当に楽しい」


 毎日音楽の楽しさを噛みしめる二人の姿。


(この二人は絶対上手くなる)


 ……そう、俺に確信させてくる。

 決して長いとは言えない練習期間だったが、それでもできることは全部やったと胸を張ることができる。


 こうして交流会の準備期間はあっという間に過ぎて……

 俺達はエルフとの交流会当日を迎えることになった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いってらっしゃいミナト!」

「うん、いってきます。工房は任せたよ、リリー」


 リリーが見送る中、俺、レナ、チャド、ティナ、アリスさんで王宮に向かう。

 交流会が行われるアルフヘイムの森は首都フロリアから馬車で3日ほどかかるらしい。


 人を転送する魔法があるのだから、ワープしていけないの?と、レナに尋ねると……


「王宮からの許可を得ないと使えないんですよ?ワープ魔法って」

「え!?……そうなの?」


 交流会の時と誘拐された時、すでに二回も転送魔法の経験があった俺はその返答が意外だった。


「転送魔法陣の術式を公開してしまえば犯罪に使われる可能性もありますし、転送魔法が一般に普及したら馬車で生計を立ててる人が困るじゃないですか」


 まぁ、言われてみればそうなのだろうけど。

 なんか既得権益で無駄な店舗構える○×ショップみたいな話だ。


 まぁ、音の通信魔法が使えるだけで十分と言えば十分か。


 よく考えたら、最初の転送魔法はアリスさん指示の元、専門の魔術師っぽい人が使ってたし……

 誘拐と言うゴリゴリ犯罪で使ってた執事ジャンの例もあったので妙に納得した。


 研究発表会の人々の興奮を見るに、誰でも転送魔法が使えるならすでに2~30回は誘拐されてたかもしれない。

 改めて魔法怖いと実感する。


 王宮につくと、豪華な装飾が施された馬車が10台ほど並んでいた。

 周りには一緒に交流会に参加する学者達もいて、それぞれの班が様々な物品を馬車に積んでいる。


 彼らの目的は滅びゆくアルフヘイムの森の調査。しかし表向きは異文化交流会だ。

 俺達も試作品のギターを1本、交流会でエルフに渡せたらと用意してきた。


 馬車乗り場に到着すると、チャドが俺達に言う。


「じゃあ俺は違う馬車だからまたな!」

「うん、チャド行ってらっしゃい」


 チャドはそう言って別の研究班の馬車に乗り込む。


 忘れかけていたが……チャドの専門分野は異文化や歴史。

 つまり今回の交流会の調査において、非常に適した人材だった。


 音楽を研究の題材にしてる『異世界音楽研究班』は現地での専門的な調査がないので……

 人手を欲しがっていたいくつかの班が、チャドに手伝ってほしいと要請してきたのだ。


「チャドって、実は結構優秀なんだよね」

「私たちの班、多くのメンバーがキャリアに傷がつくと去っていきましたけど……チャドさんは、ずっと残ってくれてたんです」


 チャドは、一見何も考えていないようで凄く周りをよく見てる。

 しかも本人はそれを自覚していなくて、なんていうか凄く自然なんだ。


 それが俺が彼の好きなところでもあった。

 チャドを見送ると、アリスさんが俺達に話しかける。


「ミナト様、レナさん、ティナさん、そろそろ出発するそうです」

「わかった、今行くよ」


 俺達は馬車に乗り込む。


 学者達を乗せた馬車の一団は首都を出て、次第に雄大な自然溢れる平原を走る。

 途中何度か小さな農村によって補給し、約2日の短い旅を終えると……


 目的地であるエルフの地、アルフヘイムの森に到着した。



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