第19話 王の呼びかけにようこそ
「もっとわかりやすく説明してくれないと理解できませんわ!」
「うるせーなぁ!何度も説明してるだろ!」
ティナが城に出入りするようになると、驚くほど2人はすぐ打ち解けていた。
まぁ、くだらない喧嘩はよくしていたが。
ティナはアコースティックベースが完成するまでの間、音楽の勉強をすることになり……
文句を言いながらも毎日研究室に足を運んでた。
「私はミナト様に教えていただきたいんです!」
「ミナトはこれから王宮に行くんだよ!いいから聞けよバカ金持ち!」
「ばっ!!バカ金持ちですって!?……もうこんなポンコツの授業聞いてられません!先生をレナに変えてください!!」
「レナもミナトと一緒に行くんだよ!いいから聞け!」
勉強中はこんな感じなんだけど……
それが終わると何事もなかったかのように振舞える。
なんというか、細かいところを気にしない図太さは似ているところがあるようだ。
そんな二人の喧嘩を聞きながら、俺とレナは研究室で支度を済ます。
「ミナトさん、それじゃ王宮へ行きましょうか」
「うん。行こう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『異世界音楽研究室』が合奏を披露する”エルフとの交流会”。
俺達が王に呼び出された理由は、本日やっとその詳細を聞けるからだった。
アリスさん付き添いのもと王宮に到着すると、そのまま大聖堂を抜けて広い廊下を歩いていく。
その間レナから少しだけエルフという存在について聞いた。
「アルフヘイムの森に住むエルフは、終焉の冬霜(とうそう)以前から王国と交換貿易の関係にありました」
「ふーん……その森って一応アレンディル王国の国内にあるんだよね?エルフはこの国の国民ってことになるの?」
「どちらかと言うより国内に『別の法が適用される国』がある……と考えた方が正しいでしょうか。アレンディルは広い国ですから……」
国の中に別の国。
イメージ湧かないけどイタリアにあるバチカンみたいな……そんな感じか……?
そういうことに全くもって疎い俺が無駄な考えを巡らせて歩いていると……
王に呼び出された会議室前で、たくさんの学者達がそこにはいた。
「彼らも交流会に参加するのかな?」
「そうみたいですね」
会議室の扉には蒼の騎士団の騎士がいる。
俺達を見つけると、こう話しかけてくる。
「お待ちしておりました。ミナト様とレナ様は中へお入りください。アリス様は廊下でお待ちいただけますか?」
そこは巨大な円卓が置かれた部屋だった。
学者と思われる人達が、すでに何人か席についている。
その中には役人の男性と話す、ファブリス王の姿もあった。
俺達は案内された席に着き、円卓が埋まるのを待つ。
しばらくするとゾロゾロ人が増え、大きな円卓がローブを着た人々で埋め尽くされた。
「集まってくれてありがとう。格式ばった挨拶はしない。さっそく本題に移ろうと思う」
俺たちと同じく、学者の中には全く事情を知らない人も多いようだった。
円卓のざわめきが落ち着いたのを見て、ファブリス王が話を始める。
「アルフヘイムの森で……エルフ達との交流会の日取りが決まった」
王がそう言うと、学者たちが「おお」っと息をもらした。
彼らの喜ぶ顔を見る限り、エルフ達との交流会は相当ハードルが高いものであったらしい。
「知っての通り、アルフヘイムの森はかつて国土の4分の1を占めるほどの大森林だった。我々は長い間、そこに住むエルフ達と互いに深く干渉しないことで友好な貿易関係を築けていた」
おそらく俺に気を使って、事情を詳しく説明してくれているのだろう。
王は交流会に至る過程と、国が抱えている問題点を解説するようにつづけた。
「しかし“終焉の冬霜”の影響もあって、現在アルフヘイムの森の規模は当時の半分以下に縮小した。……衰退の速度は少しづつ増していて、環境学者の見立てでは10年以内に森とは呼べない規模になるらしい」
10年で……森がなくなる?
衰退しても相当広い森だろうに。
「その原因は色々な憶測を呼んでいるが……“終焉の冬霜”後、なぜかエルフ達がかつて持っていた力を失ったことが大きいと言われている」
また終焉の冬霜か。
俺はこっそり、説明の補足を貰うためレナに都度話しかけていた。
「レナ……エルフがかつて持っていた力っていうのは?」
「私も詳しく知りませんが……たしか『森の声を聞き、生命を正しい形に保つ力』とエルフ達は言っていたと思います」
森の声を聞き、生命を正しい形に保つ力……。
……なるほどなるほど。
(抽象的過ぎて全然わからん)
王の説明は続く。
「エルフ達はその力によって森の声を聞き、アルフヘイムの森を守ってきた種族だ。知ってのとおり……アルフヘイムの森の恩恵は我々も大きく受けており、無くなれば国のあらゆる産業に大きな影響がでるのは明らかである。その規模は計り知れん」
なんか大事になってきた。
たしかに日常に使う製品を見てみても木材とか多い。
「そして一番の問題は、森の衰退をエルフ達が自然の摂理として受け入れてるということだ。……我々の再三の説得にも応じず、死にゆく運命に納得してしまい……特に何かを講じるつもりもないらしい」
せめて置いて行かれないように話を聞いていると……
何人かの学者が王の説明に割って入り、質問をし始めた。
「エルフは我々と全く違う信仰と文化の中で生きています。……彼らの歴史に、我々の神『シエルの黒像』は存在しない。隣の文化を理解できないのは向こうも同じでしょう」
「あぁ。しかしアレンディルがアルフヘイムとの交換貿易関係で成り立ってきたのは事実だ……資源だけでなく、魔術や加工技術の多くはエルフをルーツに持つものも多い」
(森と共に……エルフが死のうとしてる)
なかなかに重い話だが、学者たちは特に驚くそぶりを見せない。
俺がその反応からアルフヘイムとエルフという存在の特殊性に少しづつ気づき始めると……学者の一人が王に尋ねる。
「それで、私たちが交流会に参加する理由はその原因の詳しい調査と打開策の解明、そしてエルフとの交渉……と考えて良いのでしょうか?」
「交渉はしない。すでに何度も行ってきたが無意味だったしな。表向きは本当にただの『交流会』なのさ」
「なるほど……」
「つまり君たちの目的は異文化交流会という名目でアルフヘイムの森に入り、エルフが力を失った原因と解決策を調べること。……エルフと我々はこれまで貿易関係以上の交流をほとんど取らなかった。仕事は慎重に行う必要がある」
ファンタジー作品に当然のように出てくるエルフ達。
元の世界では人間と近しい関係で描かれることが多い彼らだけど……
この世界ではつかず離れず、悪くはないが深くもないという感じのようだ。
そうえば王宮や街でエルフ見かけたことない。あんま外でないけど。
別の学者が王に尋ねる。
「交流会の期間は?」
「残念ながら今回は2日間だけだ。今回の交流会で次の機会を得られるよう交渉するつもりではあるが。その鍵は、ミナト……君達の演奏にかかっていると私たちは感じている」
そう言って王は俺に笑顔を向けた。
「案外ミナトの演奏を聴けば、エルフも簡単に心を開いてしまうかもしれないしな……ははは」
なんてプレッシャーをかけられつつ……
俺は違うことを考えていた。
(そっか……この世界に音楽がないってことは、この世界のエルフ達もまた音楽を知らないのか)
エルフと言えば打楽器とハープ。神秘的な北欧の音楽。
それが聞けないのは、なんだか少し残念だ。
その後、しばらく学者たちと交流会についての詳細をやり取りした後、話をまとめるように王が言った。
「我々とエルフは長い間良い貿易相手としての関係を築いてきた。終焉の冬霜がもたらした長きにわたる食料不足は、彼らの協力なくては乗り切ることは出来なかっただろう……」
そこにいる全員が声を発さず、王の言葉に頷いた。
「例え彼らが望んでいなくても……私たちは彼らを見殺しにするつもりはない。皆、全力で取り組んでほしい」
全てを受け入れて、森と共に死ぬ。
死ぬ決断をするのではなく、死が決定づけられた運命の流れに、だた全てを委ねる。
自殺経験者の俺から言わせれば、その決断は死を決断よりもずっと恐ろしい気がしてた。
だっていつ死ぬかわからないあらゆる不安と、その間ずっと対峙し続けなければならない。
エルフ達は一体どんな気持ちで、死にゆく森の中にいるのだろう。
その後、円卓の学者達はそれぞれが持つエルフやアルフヘイムの僅かな情報を交換しあった。
商業関連の研究者はこれまでの貿易データを参考にした見解、歴史学者も数少ないエルフとの交流で得た森の成り立ちなど。
しかし、全ての情報をかき集めても、箇条書きにした知識は紙一枚を埋めるのがやっとだった。
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