第18話 希望にようこそ
ティナの誘拐から解放されてから数日。
自分の目の前で誘拐された俺をとても心配してくれていたのに……
事情を把握してもらうのが一番遅くなってしまったチャド。
その日は、まずチャドに事情を全て説明するところから始まった。
「ちょ!ちょっとまて!一つ一つゆっくり理解させてくれ」
「…うん」
「王からの依頼でミナトはエルフとの交流会で演奏を頼まれた。それは複数の人数で行う合奏……ここまではいいな?」
「…うん」
「それで……」
「……」
「メンバーが……俺!?」
そう、今回の合奏のメンバーは楽器制作の都合上3人で行うことになった。
俺のギター、ティナのベースギター、そしてチャドのカホン。
まだベースはおろかギターの調整すら終わっていないが、幸いハウザー2世とカホンはある。
そしてこの世界で一番カホンを叩いているのは……
毎日暇つぶしにカホンで遊んでいるチャドだった。
「…で!…で、だ!……もう一人のメンバーがミナトを誘拐したティナ・バルザリーだと!?正気か!?」
「彼女のリズム感は信用していいと思う。ベースは音階のあるリズム楽器みたいなものだから」
4弦のベース楽器というのはいくつか種類が存在する。
今現在、ギター制作と並行してリリーが作っているのは、少しマイナーなアコースティックベースと呼ばれる種類のものだった。
理由は色々あるが、決め手となったのはクラシックギターのボディと同じ形状のため、ギター制作のノウハウが活かるということ。
本当はコントラバス……つまりはウッドベースと呼ばれる楽器が理想だったのだが、こちらは形状も大きさもまるで違う。
アコースティックベース唯一の問題は、それ単体では音量が異様に小さいという部分だった。
それに研究発表会の時と同じく魔法陣のマイクを使って演奏するのであれば、合奏になったことで全体のバランスをとる方法も必要になる。
二人は当然練習も必要だし、問題は山積みだったが……
まずは最初の課題だった、アレを成功させなければ前には進めない。
つまりは、この世界で作られる最初の楽器。
レナが重力魔法で調節している、ギターだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして俺達はまさにその調節が終わったギターの最終確認を、これから行う。
俺とチャドが工房に入ると、リリーとレナが緊張した面持ちで俺の顔を見る。
机の上には調整が済んだギターが置かれていた。
「おはようございます。ミナトさん、チャドさん」
「おはよう!」
俺が机の前でギターを見ると、リリーが説明してくれる。
「ミナトに言われた通りレナの重力魔法陣を使ってネックの反りを修正したわ。私のわかる範囲で12フレットの音も確認した」
よく見ると、ギターのフレット部分に小さな魔法陣が並んでいた。
俺がそれについて聞くと、レナが回答をくれる。
「小型化した重力魔法陣です。左右表裏の偶数フレットに描いてあり……ネックの反りに合わせて修正箇所の陣を発動することで、いちいち複雑なネジレなどを計算せずに調整できるようにしてあります」
「レナと相談してこの形に落ち着いたの。これだったら、魔法陣を発動して誰でもネックの調整ができるでしょ?」
なるほど、レンチで調節するトラスロッドの代わりってことか。
ロッド……ではないけど。
奏者が魔法によって自分で調整できる。
……元の世界じゃ絶対できない方法だ。
俺はギターを手に取って椅子に座る。
その様子をレナ、リリー、チャドがじっと見つめていた。
「……弾いてみるね」
俺は……適当に思いついたフレーズを弾く。
その場にいる全員がまるで呼吸すら忘れたように、その音色に聴いていた。
♪
「……」
そして一通り弾き終えると、全員が息をのんで俺の第一声を待つ。
その緊張をすぐに説いてあげようと、俺は異世界ギター第一号の感想を率直に述べた。
「倍音の豊かさと中音域はハウザー2世に劣るけど、低音と高音の鳴りはしっかりしてる。コードを鳴らした時のマッチング感もいいし、なんだかフレッシュな音色だ」
「ミナトさん、それって……」
「完璧だよ。ちゃんとギターだ」
それを聞いたとたん、そこにいる全員が安堵の溜息をもらしたのと同時に……
この世界初の楽器の誕生に、心のそこから声を挙げて喜んだ。
「やった!やったな!」
「本当によかった!レナの重力魔法のおかげよ!やったぁっ!」
「リリーさんの丁寧な加工があってこそです!本当によかった!」
やっと、完成したんだ。
音楽を普及させるための第一歩。
なんとも言えない満足感。
(あぁ!!マジで嬉しいッ!!!!!)
俺はギターを丁寧に置いて、リリーに言う。
「あとはこれを量産する体制を整えるだけだね」
「すでにいくつかの工房が手を上げてくれてるわ。1か月で、この工房に人が溢れることになる」
これからこのギターの音色は、この国中で一般的に聴ける音になる。
考えただけで、俺も本当に興奮していた。
「リリー、それでアコースティックベースの方なんだけど……」
「ギターの調整は最後レナの重力魔法に頼りっきりだったから……すでに制作は始めてるわ」
「ありがとう。本当に助かるよ」
すると、ガチャっと扉を開けてアリスさんが入ってくる。
アリスさんは大きな木箱を抱えており、それを机に置きながら俺達が喜んでいる顔を見てこう言った。
「ギターの調整は上手くいったのですね」
「うん。ハウザー2世とは違うけどいい音だったよ。……それよりアリスさん、わざわざ運んでくれてありがとう」
「いえ、私にできるのは力仕事くらいですから」
すると、チャドは木箱の中身が気になったようで、すぐに覗きにやってきた。
箱の中には鉄の棒がたくさん入っており、その一つを取って俺に聴く。
「ミナト、これなんだ?」
「音叉(おんさ)だよ。ヴァルム爺に頼んであったんだ」
「おんさ……?」
その鉄の棒は、ほんの10cmほどの小さいものだった。
しかし、途中が二又に割れている。
「これで硬いものを叩くと、コーンってA(ラ)の音が鳴るんだ。レナやリリーがギター調整の時にも使ってたチューニングの道具だよ」
「へー!こんな棒でギターのチューニングができるのか!?」
「うん、今後ギターを普及させるには、正しいチューニングができるチューナーは必須だしね」
元の世界では弦一本一本の調律ができる電子チューナーが一般的。
音叉は一つの音しか鳴らない原始的なチューナーだけど、そこから音を辿れば別の音階のチューニングもできる。
「あ、そうだ」
俺は木箱の中から音叉を2本とって、チャドとアリスさんにそれぞれ手渡した。
「はいこれ。レナとリリーにはもうあげてるから……二人の分」
「えぇ!?いいのかミナト!やったぁ!」
チャドは素直に喜んだが、アリスさんはキョトンとした顔で俺を見た。
「ミナト様……よろしいのですか?わ、私は音楽なんてできないのに……」
「うん。バルザリー家で助けてくれたお礼。それに、いつも守ってくれてるから。……こんなものが礼になるか、わからないけど」
「い、いえ……嬉しいです。ネックレスにします」
いつも冷たそうな国内最強騎士が、少し照れくさそうに音叉を両手で握りしめた。
表情を出さないように喜ぶ姿が、なんだか愛くるしい。
このギターが完成したのは、ここにいるみんなのおかげだよ。
本当に、本当にありがとう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(よし……)
ギター制作が終わった。
途中誘拐されるという、想像もできないイレギュラーな事態もあったけど。
ここまでの道のりは本当に大変なものだった。
だからこそ、今回一番の功労者に改めてちゃんとお礼を言わなきゃいけないと思っていた。
それはレナだ。
彼女の重力魔法がなければギターの完成はなかったし……。
思えばこの世界で改めて音楽のすばらしさに気づかせてくれたのも、弦を作れる人を一所懸命に頑張ってくれた彼女だ。
俺は皆が簡単なパーティでギター完成を祝っている中、レナを庭に呼び出した。
2人で庭を歩き、木製のベンチに腰かける。
「ミナトさん。急にどうしたんですか?」
ここに来たばかりの俺は、女の子とろくに話したこともなかった。
けれど、多くの人から貰った「ありがとう」という感謝や賛辞が、俺と言う人間をとても強く肯定し、自信をつけてくれていた。
人間ってまったくもって自己中心的な生き物だ。
満たされていない時はあらゆるものを不快に思うけど……
満たされている時は、なぜか目に映る全てのものが美しく見える。
気づけば俺は、ちゃんと言葉にして人に想いが伝えられる人間になっていた。
「レナ……改めて君に言いたいと思ってさ」
「……?」
「ここまで何度も俺を勇気づけてくれたこと。そしてたくさん協力してくれたこと。本当に、ありがとう」
「ミナトさん……」
するとレナは少し沈黙したあと……
嬉しいのか恥ずかしいのか、クスっと笑って俺に返す。
「突然なんですか?えへへ……」
「笑わないでよ。……この世界に召喚されて初めて君の顔を見た時、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった」
「……」
「本当に、感謝してるんだよ」
そういうと、レナは俺から視線をそらして言う。
「こちらこそですよ。ミナトさん」
「……?」
「私たちの研究班が解散しなくて済んだってことじゃありません。ミナトさんは本当に大切なものを私たちにもたらしてくれたんです」
「音楽のこと?」
レナはそう言うと……
鼻からスン……と息を吸って俺の目を見た。
「希望です」
アリスさんからも似たようなことを言われていた俺は、その言葉の意味をちゃんと理解して噛みしめていた。
人々が俺に好意を抱く、その正体を理解できると他人の優しさは怖くなくなる。
それに気づけたのも、おそらくはひた向きに俺を元気づけてくれたレナのおかげだって思ってる。
「ミナトさんが来るよりずっと前……。そうですね、10年前に終焉の冬霜(とうそう)が終わったくらいから……なぜか私の心にはずっと霧がかかったような喪失感がありました」
「喪失感……?」
「何か大切なものを無くした後のような、不快感とも不安感とも言えない……漠然とした悲しい気持ちです」
俺は彼女の話を黙って聞く。
「でも、これって私だけじゃないんですよ?この国には同じような人がたくさんいて、人によっては終焉の冬霜の後遺症だとか言うという人もいるくらいです」
「大変な厄災だったらしいからね」
100年以上をかけて、ゆっくり世界から温度が無くなっていく。
考えただけでも恐ろしい。
抗えない運命の中で実際に経験した人たちの恐怖は、俺の非ではないはずだ。
「年々作物も取れなくなって、寒さが酷い地域の国からどんどん難民がアレンディルに亡命してきました。……飢餓に苦しむ人々を、私は小さいころからよく見ていた」
「……」
「冬霜の時って夜は特に寒いから……お母さんが暖炉に火をくべながら、いつもお話を聞かせてくれるんです。そのお母さんも、厄災が終わる1年前に死んじゃったんですけど」
終焉の冬霜が突然終わって、世界が暖かくなり始めたのが10年前。
つまり、レナは9歳の時に母親を亡くしたのか。
「お母さんは、どんな話をしてくれてたの?」
「えへへ……まだ子供の時だったから、詳しい話は覚えてないんですけど。私はお母さんの話を聞くたびに安心して、寒い夜もぐっすり眠れたんです」
そして、レナは遠い目をしながらこうつぶやいた。
「お母さんはあの時……どんな話をしてくれてたんだろな」
その時の彼女の横顔は、どこか儚げで。
悲しい話の時に不謹慎かもしれないが、その美しさに俺は一瞬目を奪われた。
俺は黄昏る彼女の視線の先を見てこう言う。
「アリシアは魔法が好きだし、暖かくなる魔法の話とか……なのかな」
「えへへ……そうかもしれませんね」
少し照れくさそうに笑うと、レナはそう言ってまた俺の顔を見る。
「未だこの世界の人々は、そんな気持ちから完全に立ち直れていないんです。厄災から復興した後は、失くした物を数える膨大な時間ばかりありましたから」
「……」
「そんな時、ミナトさんがやってきたんです」
彼女の言葉に、少しづつ温度がこもる。
「私達の知らない音、今までに感じたことのない高揚感。ミナトさんの音楽を初めて聴いた時……この世界から失われた希望が、まるで目の前に顕現したのかとおもいました」
「レナ……」
「だからミナトさんは、私たちの希望なんです。何よりも、この世界の誰よりも特別なんです」
俺は彼女の綺麗な声を聞きながら確信した。
自殺をするほど、生きることに絶望していた俺が……
この世界にきてから、ひたすら前向きにやってこれた理由。
レナから放たれる美しい声そのものが、言葉以上に俺の全てを肯定してくれるような心地よさに溢れていたんだ。
だからこそ俺も、この世界には希望しかないと思えた。
爺ちゃんと音楽しか向かなかった俺の視界が、一気に世界へ広がった。
俺の方こそ、君に感謝をしなくちゃいけないんだ。
改めて、本当にありがとう。
「でも!……バンドメンバーに私を入れてくれなかったのは少し不満ですけどね!」
「え!?いや、それは……」
「えへへ、冗談ですよ」
そう悪戯っぽい笑顔をむけると、レナは立ち上がって息を大きく吸った。
(レナをバンドメンバーに誘わなかったのは、楽器だけで演奏するつもりだったから……)
だってレナをバンドメンバーに入れるなら……
こんな美しい声を持つ彼女が担当するパートは……楽器じゃないだろう。
「えへへ……」
異世界転移したはずなのに、俺の前には神様もチート能力も現れなかった。
だけどこの世界を救うくらいなら……
俺にだってできるのかもしれない。
俺はこの時から、そう思い始めていた。
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