第17話 メンバーにようこそ


 バルザリー家。

 終焉の冬霜(とうそう)の以前から金融業で財を成し……

 現在ではアレンディル王宮にまで影響力を持つ、国内三大名家の一つ。


 王からの依頼を遂行するため、俺とアリスさんはティナ・バルザリーが拘束されている王宮の一室に向かっていた。

 その最中、アリスさんがバルザリー家について俺に説明をしてくれる。


「元老院がティナ・バルザリーの処分に踏み切れないのは、政治的な事情を多分に含んでいるからです」

「……バルザリー家は王宮にも影響力があるって言っていたね」

「現当主のタイラー様は、諸外国にまでビジネスの規模を広げようとしています。そのため、この国にいることの方が少ないくらいです」

「気になったんだけど、バルザリー家の当主は通信魔法を使っても連絡がとれない場所で仕事してるんだよね?」

「えぇ、通信魔法は送信先の座標が必要になるものですから。……しかし連絡がつきづらいのは、どちらかと言えば個人的な理由もあるのかと」

「俺にはよくわからないな。……まともに連絡もつかない人が、王宮にまで影響力があるってどういうことなのか」


 ここで俺達はティナの部屋の前についた。

 アリスさんは扉を開ける前に、まるで忠告するように言った。


「その理由を私は知っています……ミナト様に事情を語るのは容易いこと。しかし、それを聞くのはオススメしません」

「……どういうこと?」

「組織というのは枝葉を伸ばすほどあらゆる闇が隠れやすくなります。……かつて剣と魔法で解決できた問題の多くはより複雑化し、多角的な視点から見なければ全貌を理解するのも難しい」


 一見何の問題もなさそうなアレンディル王国。

 しかし俺の見えないところで、あらゆる問題を抱えているのだろう。


(演奏を頼まれたエルフとの交流会も、何かありそうな感じだったし……)


 アリスさんの表現がいつもより抽象的なのは、おそらく俺に関与して欲しくない気持ちの表れ。

 それをなんとなく察した俺は、黙って彼女の話を聞いた。


「ファブリス王のようにそんな問題に立ち向かう人はいますが……。我々がミナト様に抱いているのは、それとは全く別の希望なのです」

「……全く違う希望?」

「えぇ……剣も魔法も、人も血も使わない……貴方以外、誰にも果たせない希望です」


 アリスさんは優しい笑顔でこう言うと、ティナのいる部屋をノックして……

 扉を開き、俺を中に入れた。



 ――ガチャ……――



 その部屋は、名家の令嬢が過ごすには余りにも質素な部屋だった。

 ティナは壁を向いて座っており、俺達が入っても振り向こうとしない。


 壁にはたくさんの魔法陣が描かれており、この部屋が王宮によってなんらかの魔法が掛けられているのは明らかだった。

 アリスさんが俺に言う。


「部屋を隔離するための魔法と、ティナ様の技能(スキル)を封じる魔法陣です」

「……」


 俺は椅子に座るティナ・バルザリーの後ろ姿を見る。


 幼いころから、追いやられるように塔に住んでいた……まだ16歳の少女。

 あらゆる欲望を満たした先で、また追いやられるように魔法陣だらけの部屋に拘束されている。


 俺達が近づくと、彼女はゆっくりこちらをみた。

 その表情に光はなく、あんなに華やかに彩られていた化粧や髪も何もしていない。


 そしてティナは俺の姿を見た途端……ポロポロと涙を流し始める。


「ミナト様……」


 自分の行った行為をひどく後悔してる。

 それは、彼女から流れる涙と小刻みに震える唇から明らかだった。


「……やっと、同じ目線で話ができるね」


 俺がそう言うと、彼女はうつむいて体をさらに震わせた。

 彼女の前にあった椅子に腰かけて、俺はのぞき込むように言う。


「元気……なわけ……ないよね」


 ティナ譲は、あんなに誇らしげにしていた顔をうつむいて……

 何度も小さく、こうつぶやいていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 アリスさんを見ると、彼女は溜息をついてコクリと頷く。

 俺は一呼吸おいて、できるだけ優しい声で彼女に言った。


「許すよ」


 この言葉を言うと、彼女の身体がびくっと震える。


 何か責められると思ったのか、それともすでに酷く怒られたあとか。

 彼女は俺の言葉に凄く警戒し、かつ敏感に反応した。


 だからこそ俺は、今の気持ちをなんの装飾もせず……

 絶対に聞き間違えたりしないよう、ひたすらまっすぐに彼女にぶつけた。


「全て許す。君が俺にしたことのすべてだ。俺は一切、君を責めたりしないよ」


 それを聞くと、彼女はゆっくりと顔を上げ、ぐしゃぐしゃになった顔を俺に向けた。

 塗れた瞳から流れる綺麗な涙は、罪も地位も関係ない。


 ただ驚いた表情で、16歳の少女が俺を見る。


「だから、涙を拭いて……?俺は君にお願いをしにきただけなんだ」


 そう言うと、アリスさんがハンカチを取り出し、彼女に渡した。


 彼女は弱々しい力でそれを受け取ると、震える手で涙をふく。

 その仕草はとても上品で、彼女の持つ品格の良さを表していた。


「王様からの依頼で、複数人の演奏者で合奏することになった」

「……」

「そのメンバーに、俺は君を指名した」


 その突然の言葉に、彼女はハンカチを落とす。

 そして震えた声で俺に返した。


「な……何をおっしゃって……いるのです……か」

「君の力が必要だ。一緒に、演奏してほしい」

「わたしを……本当にゆるすと……言って下さるのですか?」


 ポロポロと流れる綺麗な涙が、拭かれた肌をまた濡らす。

 俺はもう一度、力強く彼女に言う。


「うん。何度でも言うよ。……君を許す」


 そう言うと、彼女は声をだして泣き始めた。

 けれど俺もアリスさんも、その涙が後悔と悲しみから来るものではなく、安心したからこそのものだとわかっていた。


 彼女が落ち着くのを待って、涙が止まったのを確認すると……

 改めて彼女が置かれている現状と、お願いを言う。


「君の罪は俺が王に掛け合って取り消してもらった。君は今この瞬間から、元に生活に戻ったんだ」

「……すん」

「そこで、改めて名家のご令嬢であるティナ・バルザリーに頼みたい。俺と一緒に交流会の演奏をして欲しい」


 すると自分が発言するのがおこがましいと思ったのか……

 どこかしおらしげに彼女は俺に聞く。


「どうして……私なのですか?」

「……?」

「私……音楽なんてしたこともありません……習い事も、いつも途中で投げ出してしまって……」


 あれほど自信満々な彼女の姿は見る影も無くなっていた。

 俺はなぜ彼女を指名したのか、そしてその判断の正当性を本人に説明する。


 それは、彼女がこれから行う判断の材料に『才能の無さ』を使って欲しくなかったからだ。

 やりたいことをしない言い訳に使う言葉として、生まれ持った才能を出すなどくだらない。


 音楽には、天賦の才を持った人なんて存在しない。

 求めた人が求める音を表現しつづけたからこそ、音楽は音楽であり続けられた。


 音楽が天才しか作れないのなら、それを楽しめるのも一部の天才だけになる。

 音楽の懐は、そんなちっぽけじゃないんだ。


 王に説明したティナ・バルザリーのリズム感とその記憶力。

 俺は彼女にもそれを丁寧に説明し、もう一度彼女に質問をする。


「… ……というわけで、君を指名したんだ。もう一度お願いするよ。俺たちと一緒に、演奏会に参加してほしい」

「……」

「もちろん練習は必要になる……時間も多くない」


 すると、彼女は少しだけ考えるようにうつむくと……胸に手をあてて、俺にこう返した。


「やります。いえ……私にやらせてください。やりたいのです」


 ティナ・バルザリーの涙はすでに乾いていた。

 力強いその言葉を聞いてふっと肩をなでおろす。


「ありがとう。詳しい話は明日、俺の城でしようと思う。今日は家に帰ってゆっくりしていいよ」

「……はい」

「ちなみに楽器なんだけど、合奏の編成はカホンっていうリズム楽器とギター。それにベースギターって呼ばれる4弦楽器でやろうと思ってるんだ……見たことないから難しいと思うけど何か希望はあるかな?」


 この質問をすると、さっきまで落ち込んでいた彼女の顔がパッと明るくなる。

 そしてぐっと俺に顔を近づけてこう言った。


「ぎ、ぎたー!ぎたーがいいです」


 突然テンションが上がったことが恥ずかしかったようで、ティナはまた顔を伏せる。

 でもやっと嬉しそうな表情が見れたので、俺も嬉しくなり……うつむく彼女に優しく尋ねた。


「いいよ。クラシックギター?それともベースギター?……ベースはコードを弾かないし4弦だから、イメージしてるギターとは少し違うかもしれないけど」

「ミ、ミナト様には……あのクラシックギターを弾いている姿が良くお似合いでした……ですから私は……」

「ベースギターだね?」


 そう言うと、彼女はコクリと頷く。

 しおらしい彼女は、年相応のかわいらしさがあって少し安心する。


「私、ミナト様がぎたーを演奏する姿を見て……憧れていたのです。私もいつか、アレを演奏してみたいと」

「……わかったよ。それじゃまた明日。気を付けて帰ってね」

「は……はい……」


 そう言って立ち上がり部屋をでようとすると……

 彼女が俺を呼び止める。


「ミナト様!」

「……?」

「本当に……本当にありがとうございます」


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