第23話 交流演奏会にようこそ


 次の日も学者達はエルフとの交流に奮闘していた。


 しかし良好な関係を築いた人はかなり少ないようで……

 ほとんどの学者はエルフと会話が終わると、頭を掻きながら眉をひそめたりしていた。


 『異世界音楽研究班』である俺達にとっての本番は今日の夕食。

 昼過ぎになると、アリスさんが指揮をとって手の空いてる騎士達を集め、夕食の会場である宮殿広間に木製の簡単なステージを組み立て始める。


「ミナト様、リハーサルはすぐにはじめられます……しかし、ステージの床に描かれた魔法陣は一体なんなのです?」

「あれはレナ特性の、”返しモニター用”の魔法陣だよ」

「返しモニター……?」


 客に聞かせる音は当然のこと、奏者が聴くステージ上の音の調整もライブではとても重要だ。


 ステージ上で複数の楽器が合奏する場合……

 周囲の環境や奏者の位置によって、楽器の音量やミックスバランスはかなりシビアになる。


 そのため別の奏者や自分が弾いている楽器の音を、マイクを使ってそれぞれの奏者に返す”モニター用”のスピーカーが必須だった。


 しかし魔法陣は通音、音量が変えられる程度の簡易なものばかり。

 決して完璧とは言えないステージ環境だったが、少なくとも今の俺達にできる全力ではあった。


「ありがとうアリスさん。俺はチャドを呼んでくるよ」

「えぇ。私もいきましょうか?」

「一人で平気だよ。アリスさんはステージをお願い」

「かしこまりました」


 今日もチャドは他の研究班に加わって作業をしている。

 今はどうやら大樹ユグドラシルの根元にある、例の大門前で調査をしているようだった。


 俺はチャドを呼びに行くため、宮殿を抜けてユグドラシルのある森の奥へ向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大樹ユグドラシルの存在感は、やはり凄まじいものがあった。


 近づくほどに感じる膨大な生命エネルギー。

 まるでこの世の全てを受け入れるような、とてつもない懐の深さを感じる。


 大樹を見上げながら、根元にある大門に向かうと……

 そこには沢山の学者達がエルフを交え、門に描かれた紋様について談義しているところだった。


 その中にはチャドもいて、俺を見かけると話を切り上げてすぐこちらに方にやってくる。


「ようミナト!リハーサルの時間か?」

「うん。ステージも立派だったよ」

「おお!楽しみだな!」


 俺は目の前にそびえる大門を見上げる。


「何か紋様についてわかったの?」

「ん?……いや、エルフから色々文献とか見せてもらったんだけど、全然だな」

「……そっか」


 たしかララノア殿下が、あの紋様は古代エルフの文字だって言っていたっけ。

 冬霜(とうそう)が終わった時に大門が開かなくなり、精霊の声を伝える妖精も大樹に還ったとか。


 ……そして、そのせいで森が滅びようとしているとも。


(妖精か……見てみたかったな)


 大樹にそんな想いを馳せていると、チャドが俺にこんなことをぼやき始めた。


「……てかさ、エルフ達の本って歴史書とか全然ないんだぜ?……絶対おかしいよな」

「歴史書?」

「そう、文化の成り立ちとか日常品の加工の仕方とか……文字があるなら普通残すだろ?数は少ないけど、小説とかはあるのにさ」


 聞くと、これは歴史の専門家に言わせるとかなり異様なことらしい。

 チャド含めここの研究班は、それによって調査が進まずにいたようだ。


「エルフは、”教え”みたいなもんを文献に残す文化がないらしいんだ」

「必要な知識は言葉で残してる……ってこと?」

「いいや、口承もかなり少ないんだよ。ここ10年の記録はいくつか見つけたけど、終焉の冬霜(とうそう)以前の歴史なんか、びっくりするほどスッカスカなんだ」


 冬霜の時期とそれ以前の歴史的資料がほとんどない……ということか。

 確かに厄災後の知識が少しでも残っているのなら、それ以前の知識が全く残ってないのは、よりおかしく感じるな。


「エルフの人達が隠してる……とか?」

「可能性はあるけど……だぶん違うと思うぜ?嘘つくような種族じゃないし」

「そうなんだ」

「あぁ。そもそもエルフが今回の交流に応じた理由って、外の人達にここの存在を忘れないようにしたかったからだしな。そんなこと言う人達が自分たちの歴史書を隠すなんておかしいだろ」


 確かに。


 でも歴史的資料がないと、そっち方向からアプローチする調査もできないし。

 ……学者達は大変だろうな。


「知識をちゃんと残しておけば……現代のエルフだってあの言葉の意味を知ってたかもしれないのになぁ」


 そう言って、チャドは改めて大樹の大門を見る。


 四重の線で描かれた円、その線と重なるたくさん葉っぱ。

 ……そしてその上に描かれている古代エルフの言葉。


(確か『月の下、4つの森に3つの刻』だったっけ)


 俺はララノア殿下の言葉を思い出していた。



『我々エルフとこの森は……おそらく生命の大樹ユグドラシルに捨てられたのです』

『古のエルフの言葉さえ忘れた、我々に対する罰なのでしょう』



 終焉の冬霜で森の規模も大きく縮小したらしいし……

 本当に生命の大樹ユグドラシルは、森とエルフを捨ててしまったのだろうか。


 大樹からは、まだこんなに膨大な生命力を感じるのに。


「ミナト、リハーサル行こうぜ。紋様の写しも取って、俺の仕事はとりあえず終わったし……。早くカホン叩きたいしな!」

「そうだね」


 その後、俺とチャドは宮殿に戻り、ティナを加えて簡単なリハーサルを行った。


 準備は万端。

 大樹のことは確かに気になるけれど……それは他の学者達が頑張るはずさ。


 俺達『異世界音楽研究班』には、俺達にしかできないことがある。

 それを、ただ誠心誠意やるだけだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夜になると、アルフヘイムの森は優しい光の粒で満たされる。

 エルフ達は基本的に火を使わないので、その光は魔法によるもの。


 この瞬間この場所は、まるで子供が重い描く夢の中のような幻想的な空気だった。



「エルフの皆さん……この二日間、我々は本当に多くのエルフ文化に触れさせていただきました」



 演奏の準備を終えると、ファブリス王がステージに上がり視界に入る全てのエルフ達に向けた演説をはじめた。

 エルフに拍手の文化はないようで随分静かだったが、楽器を持つ俺達の姿を見て興味は持ってくれてるようだった。


 二日間で良い関係を築けたグループもいたようで、同じ席を囲むエルフと学者達も何組かあった。

 アリスさんとレナも、俺達を泊めてくれたシルビアと一緒に宴席でステージを見上げてる。


「この森と貴方方エルフの文化は我々の心を強く打ちました。そこで今回は我々から感謝を込めて、彼らの演奏を送りたい」


 そう言って王は俺に微笑み、ステージを下りる。

 俺は王の着座を確認し、チャドに合図を送った。


 そして、チャドの声のカウントで……俺達は演奏を始めた。


「1,2,3,4……」



♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 俺らが同時に楽器を鳴らすと、まるで森全体がそれに聴き入るように楽器以外の全ての音は無くなった。


 曲名は『継鳴(つぐなり)』。

 俺が作った合奏曲で唯一爺ちゃんに褒められた曲だ。


 『継鳴』は短いながら、ドラマ性のある構成を持った曲だった。

 イントロからアウトロまでで計9段ものセクションがあり、かつコードは4つしか使っていない。


 主にリズムの変化によってセクションに色をつけているため、ヴァース(サビ前まで)も演奏するのが楽しく、かつ複雑でもない。

 向上心のあるチャドと、初心者であるティナにちょうどいいと思った。


 また曲に段階的なテンションの変化があることで、一体感のあるグルーヴが演出しやすくもある。

 簡単に言えばノリが良く、誰もが盛り上がって欲しい時に、期待通りの展開がやってくる。


 奏者と観客のテンションが一体化できることで、短調(マイナーキー)でありながらステージの高揚感をしっかりと煽ることができる曲だった。


「ははっ!なんだか楽しくなる曲だ」

「こういう曲もいいなぁ!」


 曲が始まると、学者達はすぐ『継鳴』がどんな音楽なのかを理解する。

 これは涙を流すような音楽ではなく、心の底から自分を楽しませてくれる音なんだと。


 一方でエルフ達は、黙って演奏に聴き入っている。

 表情の変化は少なかったが、とても驚いているのがよくわかる。

 中には……わずかにリズムを取っているようなエルフもいる。


 今この場に流れる音楽は、俺の想像よりもずっと軽やかな広がりがあった。


「……?」


 ふとティナとチャドの顔を見ると……

 二人は自分の手元が狂わないよう、ひどく顔がこわばっていた。


 初めての演奏だし大分緊張しているらしい。


(……よし)


 俺はそんな二人の姿がなんだか愛くるしくて、悪戯心から少しフレーズをアレンジしてみた。


「!?」

「!」


 すると、2人が驚いたようにこちらを見る。

 俺が何事もなかったかのように客席を見てとぼけると、2人は自分たちが悪戯されたとわかったようで……


「へへ……」


 互いを見合って、カホンとベースのアタック音が重なる瞬間を、より強調するような演奏を始めた。

 すると、互いに意識した部分がピッタリ合ったのが気持ち良いらしく、少しづつリラックスし始めていた。


 合奏って良いもんだ。


 生きたアンサンブルは、互いの感情を素直に届けてくれる。

 それは言葉のような装飾もされず、ひたすらにまっすぐなもの。


 確かに通じ合ってるって実感できる。

 本当に、本当に気持ちのよい瞬間。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 ――ジャーン……――

 ――おおおおッ!!!――


 演奏を終えると、そこにいる人たちが俺達にたくさんの声援と拍手をくれた。

 

 王や学者達はもちろん、エルフ達は驚きを隠せないような表情で……

 学者達の姿を真似て、ぎこちない拍手を俺達に向けてくれた。


 それぞれがそれぞれの一番気持ちのこもった賛辞をくれている。


 ステージ下で見ていたレナやアリスさんも嬉しそうだ。

 レナは何度も転びそうになりながら、ぴょんぴょん跳ねるように俺達に向かって手を叩いてる。


 ティナとチャドは、自分たちに向けられたそんな歓声にとても感動しているようだった。

 そんな声援を浴びながら、俺達三人が互いを見合うと……


「……ふふ」

「ははっ!」

「……」


 そんな無償の賛辞が嬉しく、そして照れくさくて……

 つい吹き出すように笑いあった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 演奏会を終えると、ティナとチャドは客以上に興奮していた。

 普段喧嘩ばかりしている二人なのに、達成感からか互いを称えあっていた。


「いやぁ、ティナすげーよ!ブリッジでアタック音がピッタリハマった時、俺鳥肌たったもん!」

「わ、私も!あそこ本当に楽しかった……!あとアウトロのところ!」

「二つ目のコードのところだろ!あそこ気持ちよかったなぁッ!」


 ティナは興奮すると普通の少女のようなしゃべり方になる。

 いつもだったらチャドはそんな彼女の口調をイジったりするけれど、今回はそれ以上に互いへのリスペクトが上回ったようだった。


 ベースの低音パートとカホンのリズムパートは、言わばアンサンブルの土台。

 3ピース編成の小規模バンドから大規模なオケバンドまで、その二者はどんな編成でも最も親密な相互関係になる。


 練習から何度も聴いている曲なのに、まるで初めてその曲を聴いたかのように互いを称えあっている二人を見ていると……

 今回の演奏をバンド編成の合奏にしたことが、本当に良かったと思えた。


「ミナト!本当に楽しかったッ!また絶対やろうな!」

「ミナト……私も本当に……あぁ、また早く違う曲をやりたい」

「うん。今度はもっと難しい曲にも挑戦しよう」


 そんな話をしながら俺達は宴席に参加して、しばらくエルフ達との交流を楽しんだ。


 学者達は素直に俺達に気持ちを言葉で伝えてくれたが、エルフ達はまだ驚きの方が勝っているようで……

 何か俺達に言いたいようだったが、上手く言い表せてないようだった。


 ララノア殿下ですら、こんな調子だ。


「素晴らしかったです。なんと言ってこの感動を伝えたらよいのか。本当に……あぁなんてこと……最高の言葉を送りたいのに……私まだドキドキしていて」

「ありがとうございます。ララノア殿下、お気持ちは伝わってます」


 その後も学者やエルフ達は、代わる代わる俺達の席に来て賛辞を贈ってくれた。

 すると自然に彼らの宴席の会話も弾むようになり、楽し気な笑い声も少しづつ聞こえ始めた。


 少なくとも……俺に出来ることはやり遂げたハズ。

 ここから先は学者達とエルフ達が努力していく段階なのだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 そして……

 

 二日間の交流会は終わりを迎える。

 学者達は馬車に荷物を積み込みながら、それぞれが交流したエルフ達との別れを惜しんでいた。


 俺達の班は大がかりな荷物も無かったので、馬車の中で他の班の積み込みを待っていた。

 すると、馬車の扉をコンコン……と誰かがノックする。


 扉を開けると、そこにいたのはエルフの少女、シルビアだった。


「……すいません。お帰りの準備をしている最中でしたか?」


 同乗していたレナが……


「大丈夫ですよ!どうかしましたか?」


 と彼女に声をかける。

 すると、シルビアが俺にこんな言葉をくれた。


「演奏……本当に素晴らしかったです」


 シルビアの顔も大分穏やかになった気がする。

 最初は本当になんの表情も無かったけど……


「ありがとうシルビア」

「……私達エルフは、これまでずっと目の前にある死を眺めているだけでした」

「……」

「けれど、あなたの演奏を聴いて思ったんです。死は必ず訪れるけれど……だからこそそれまでの間、生きる喜びを噛みしめて生きていけるって」


(死は必ず訪れる……か)


 確かに演奏は彼らの心を打った。

 しかし……今回ばかりは、音楽に彼らの結末を変える程の力はなかった。


 演奏は最高のものだったけれど……

 この問題を解決するのは学者達の仕事。


 俺はそれが少しだけ歯がゆく感じていた。


「ミナト様……あの、これを」


 するとシルビアが、俺にあるものを手渡す。

 それは、俺が彼女にあげたギターだった。


「これは……君にあげたものだよ?返さなくたって……」

「ちがうんです」

「……?」

「あなた方の演奏を聴いてわかったんです。この楽器というものの偉大さを」


 そう言って、シルビアはまるで宝物を渡すように俺の膝にギターを置いた。


「これは……きっと沢山の未来への希望なんです。だからこそ、未来のない私達エルフが持っていてはいけない……」

「……シルビア」

「それにこれを持っていると……」

「……」

「まるで、私にも未来があるんじゃないかって、またあの音楽が聴けるんじゃないかって……錯覚してしまいますから……」


 シルビアはそう言うと……

 走って都に帰っていった。


「シルビア……」


 その後ろ姿があまりにも切なくて、そこにいる誰もが言葉を失った。


「……」


 エルフ達は、自分の運命を受け入れている。

 そんな運命の中を彩るようことは……俺達にもきっと出来たのだろう。


 しかし、運命事態を変えることができるのは……

 やっぱり……神か英雄のみ。


 そこにいる誰もがエルフの少女から返されたギターを見て、それを思い知らされた。

 黙り込んだ車内で、レナが明るく声を取り繕い俺達に言う。


「……帰りましょう。王宮に」

「うん」


 しばらくすると……


 少しの悲しさを残したまま、馬車は王宮に向かって走り出す。

 俺はこの時、もうアルフヘイムの森に戻ることはないのだろうと思ってた。


「……」


 しかし俺達はすぐにまたここに戻ることになる。

 神か英雄にしか変えられないと思っていたエルフの運命を変える、誰も想像できなかった真実の発覚によって。


 そしてキーになるのは……

 いつものように、やはり音楽だった。

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