第13話 フラメンコにようこそ
予定の無い日の朝は好きだ。
何も考えず、自然に目が覚めたまま起きるのは気持ちが良い。
「……」
ベッドの上で目をこすりながら、部屋を見渡す。
すると、毎朝見慣れたアリスさんの姿がそこにはなかった。
「ちゃんと、休暇とってくれてるんだな」
彼女から出された”あの条件”を飲んでよかった。
とりあえずゆっくりしてほしい。
アリスさんの件から数日が経過し、もうギター調整も大詰めを迎えようとしていた。
しかし、それはレナとリリーが集中して作業するという意味で、職人でも魔術師でもない俺の出番はそこになかった。
レナに言われ、今日は俺とチャドが1日休み。
怠惰な朝を漫喫できるのはやっぱりいいものだ。
「2人は今頃最後のネック調整を頑張ってる頃だろうか……」
部屋でメイドさんの持ってきた朝食をとり、部屋をでると……
チャドが今まさに俺の部屋に入ろうとしているところだった。
「あ!おはようミナト!」
「おはよう、チャド」
その姿はいつものローブ姿ではなく、普通の町民という感じだ。
チャドも休みを漫喫しようとしてるのだろう。
「何か用だった?」
「あぁ!ミナト、今日何するか決めたか?」
一応軽い予定があったので、あくびをしながら彼に返答する。
「うん……ヴァルム爺さんの店に行こうと思ってたんだ」
「え!?アリスさん休みなんだろ?外でていいのか?」
「うん……行くなって言われてる場所はあるけどね」
以前、レナからも『ここには行くな!リスト』を貰ったことがある。
しかしアリスさんのリストはそれよりは大分良心的なもので、休日ついでに少し見て回ろうと思ってた。
「へー、アリスさんがそれを許可するとはなぁ……」
「でも、行けるところは王宮の兵士が巡回してるルートらしいからね。過保護なのは相変らずだよ」
そんな話の流れで、俺達2人は街に出ることになる。
俺が部屋からケースに入れたハウザー2世を持ってくると、チャドは不思議そうに眺めてた。
「おいおい!街にでるのにハウザー2世も持ってくのか?」
「うん……ヴァルム爺さんが一度じっくり見てみたいって言ってたから……弦のお礼も兼ねて持っていこうと思って」
こうして、男二人のむさくるしい異世界街探訪がはじまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは予定を終わらせようと、俺達は『ヴァルム工房&材料店』に足を運んだ。
ヴァルム爺はいつものようにポッポッポとタバコをふかしてる。
「こんにちわ」
「どーもー」
するとヴァルム爺はちいさく「ほっほ」と笑ってくれる。
そして棚から紙袋を取り出して、それを俺に渡した。
チャドが袋をのぞき込む。
「うわ、これ弦か!?凄く長くね!?」
「消耗品だからね、多めに作ってもらったんだ。張り替える時に適度な長さに切って使おうと思って」
中にはクラシックギターの弦が、輪っかのようにクルクル巻かれて入れられていた。
長さ的に数mはあるだろうという弦が、しっかり6本分入ってる。
「いつもありがとうございます」
「ほほ……」
「あとこれ……ヴァルム爺、一度ギターをじっくり見せて欲しいって言ってたから持ってきたんです」
そう言ってハウザー2世を渡そうとすると、ヴァルム爺は首を横に振った。
そして俺にこう返す。
「リリーが作るモンを、楽しみに待つことにするよ……ほっほっほ」
なるほど。
どうやらヴァルム爺も、俺達と同じくリリーの作るギターを楽しみにしているようだ。
……どうやら今回の気遣いは無粋なことだったらしい。
「楽しみですね。ギター」
そう言うとヴァルム爺はまた笑い、俺達にこう言った。
「今日はまだ市場に人も少ない。せっかく街にきたんだ……二人で見てきたらどうだい?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴァルム爺のススメで、俺達は市場にやってきた。
「おおっ!」
首都フロリア王宮から続く、通称フロリア・セントラル・アーケード。
まだ明るい時間帯なのに、たくさんの人が買い物で訪れる、この国で一番活気ある市場らしい。
その活気に見惚れていると、周囲が俺に気づいて、指を差したり手を振ったりしてくる。
何人か近づいて来ようとした人もいたが、前みたいに強引に触れてこようとする人はいなかった。
「なんか、もっと騒がれると思ったけど……意外に平気だね」
「ファブリス王が国民に何度も警告してたからなぁ。……街でミナトを見かけても、彼を邪魔してはいけない!って」
あの王様、そんなことしてくれてたのか。
しかし警告のおかげか、人々は俺に注目はするものの、一定の距離を保ってくれている。
多くの視線は落ち着かなかったけれど……思ったより悪くない気分だった。
「それにしてもハウザー2世重くないのか?ただでさえ目立つのに」
「重くはないんだけど、恥ずかしいかな……少し」
そんな感じで俺達は市場の出店を一通り見て回り、買い物を楽しんだ。
元気に接客するノーム族やリザード族が大声の売り込みしていたり、ずっと飽きずに見てられる市場だ。
「ミナト様ー!研究発表素敵でした!」
「また演奏してください!今度は絶対みにいきます!」
「ママ見て!ミナト様ー!」
握手会の時は人々に恐怖すら感じていたけれど。
こっちの生活に慣れてきたのか、今は人々からの歓声が素直に嬉しい。
何人かに握手を求められたが、彼らはちゃんと俺の歩みを止めないように気を使ってくれた。
そんな人々を見て、俺も素直に彼らに返すことができる。
「ミナト様と握手できるなんて……あぁ、なんて幸せな日なのかしら」
「こちらこそ、ありがとうございます」
市場をさらに進むと、複数のアーケード市場がぶつかる広場があった。
そこはベンチなどが置かれていて、市場で買ったものを食べてる家族などもいた。
広場の中心には、巨大な剣を持った石像が置かれてあり……
俺がぼーっとそのその像を眺めているとチャドが簡単な解説をくれる。
「先代王、ゼオン様の像だ」
「先代の王様……ってことは、ファブリス王のお父さん?」
「あぁ。”終焉の冬霜(とうそう)”が終わる直前に亡くなっちまったんだ。……この国史上、一番偉大な王と言われた人だよ」
確かにこれほど立派な石像が作られる人だ。
その生き様もさぞ立派だったのだろう。
しかしなんか、あまりファブリス王と似てないな。
ゼオン像の姿はなんというか……英雄感と重厚感がすごい。
ファブリス王はどちらかと言うと、もう少し接しやすい感じだったし。
「病気で亡くなったの?」
「たしか心臓発作だったかな。俺まだガキだったしあんまり覚えてないけど……”終焉の冬霜”って終わる間際が一番酷い時期だったから、国民の絶望も凄かったらしい」
例の氷河期、”終焉の冬霜”が終わったのは10年前だって言ってたっけ。
ファブリス王は結構若いと思ってたけど……王位を継いでから結構経っているのか。
そんなことを考えていると……
俺の服がひょいひょいと何かに引っ張られる。
「ん……?」
下を見ると、歩くのもまだおぼつかないような少女が俺の服の裾を必死に引っ張っていた。
……なにこのかわいい子。
すると少女は俺に言う。
「みなとさま……?」
俺は彼女に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
すると、少女は嬉しそうに笑った。
「お名前は?」
「リコ!5さい!」
5歳であるはずの少女の指は4つしか伸びていなかったが……
まぁ、5歳なのであろう。
「5歳か……お母さんは?」
「あっこ」
少女はそう言って、4つの指が開いたまま広場の端を指さすと……
母親と思われる若い女性が慌ててこちらに近づいてくるところだった。
「ご、ごめんなさいっ!リコなにしてるの!?」
「みなとさま!」
「すいません、この子……研究発表でミナト様のギターを弾いてから、ずっと大好きで……」
リコはそう言ってお母さんに抱えられると、キラキラした眼差しで俺を見る。
こんな小さい少女まで……俺の音楽に……
そう思うと、次の言葉は凄く自然にでてきた。
「よかったら……聴く?ギター」
すると、リコはさらに瞳をキラキラさせて元気に言った。
「きく!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広場の中心、ゼウス像の下の段差に腰かけ……俺はハウザー2世をケースから取り出した。
リコは特等席で体育座りをして、申し訳なさそうにする母親の手をぎゅっと掴んでる。
すると、広場にいた人が自然と少女の後ろに集まりだした。
チャドはそんな景色を見ながら、俺の横であぐらをかく。
俺が体制を整えて弦に触れると、自然に音が無くなって……
リコやたくさんの視線が集まる。
……たぶん、みんな発表会で演奏した『初音』を期待してるんだろうな。
『初音』はかなりコテコテのクラシックバラードって感じの曲だったし。
よし……すこし驚かせてみよう。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「……え?」
「!?」
ハウザー2世のボディを叩いて、リズムを刻む。
そしてリズムに合わせ、俺は情熱的なリフを弾き始めた。
「わぁ……」
突如、『初音』とはまったく違う曲に混乱している人達だったが……
聴こえてくるリズムに自然に反応して体が揺れる。
元気な市場には『初音』よりこっちの方があってると思うんだ。
フラメンコギターの名奏者、パコ・デ・ルシアの名曲『Entre dos aguas(エントレ・ドス・アグアス)』。
情熱的でリズミカル、楽しいんだけど、どこか大人の艶っぽさも漂うフラメンコを代表する名曲。
「素敵……なんだか気持ちがどんどん高ぶってくる」
「研究発表会の時とは違って、なんだかドキドキする曲ね」
原曲は複数のギターを使って演奏するものだけど、俺はこれをジャカジャカ弦を弾きながらソロで弾くのが好きだった。
よく爺ちゃんに叱られたものだ。「クラシックギターはそうやって弾くものじゃない!弦を痛めるだけだ!」って。
だけど悪ノリの好きなハウザー2世は、こういう曲にも柔軟に対応する。
小さいころ、なんだかハウザー2世と楽しい悪戯をしているような……そんな曲だった。
広場には、自然と手拍子が鳴り響く。
ハウザー2世は調子づいて、さらに良い”鳴り”で歌う。
あぁ。
楽しい。
――おおおおおおっ!!――
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ジャッ!と、歯切れのよいカッティングの音で曲を終えると……
一拍置いて広場が歓声と拍手で埋め尽くされた。
大人たちに負けないくらい大きな音を出そうと、リコも小さい腕を精一杯振って拍手をしてくれる。
俺はリコに優しく微笑むと、彼女が無邪気な笑顔を返してくれた。
チャドも楽しそうにしていたが、周囲に人が集まりだしたのを気にして俺に言う。
「ミナト、これ以上人が集まるとまたやばそうだぜ……」
「うん、わかってる……行こう」
たくさんの拍手と歓声に見送られながら、俺は満足げなハウザー2世をケースに入れる。
そして軽い会釈を交えながら、広場を後にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
握手会の後から、俺は少し人だかりに臆病になっていた。
けれどさっきの広場は拍手と幸せそうな笑顔で溢れてた。
やっぱり、音楽は素晴らしい。
本当にそれを実感させてくれる場所だった。
広場を抜けても市場はさらに続く。
俺とチャドは少し早歩きで進み、人通りの少ない裏道に入って息をついた。
チャドが周囲を確認し、興奮した様子で俺に言う。
「さっきの演奏凄かったな!前のヤツとは全然違う感じでさ!」
「フラメンコっていうジャンルの音楽だよ」
「フラメンコかぁ……俺、知らないうちに身体が動いちまったよ」
この世界の人は、本当に感性が豊かで驚くばかりだ。
これほど音楽が好きな人ばかりの世界に、音楽が存在しないなんて未だ信じられないよ。
少し呼吸を整えると、チャドが立ち上がって俺に言う。
「ミナト、そろそろ移動するか。一応大通りを確認してくる。ちょっと待っててくれ」
「うん……ありがとう、チャド」
そう言ってチャドは来た道を戻り、裏路地から大通りを確認する。
念のため俺から離れないようにしているのか、姿の見える場所で覗くように道を見ていた。
俺はケースに入ったハウザー2世に軽く触れて、「おつかれ」と心の中でねぎらう。
その時だ。
「ッ!?」
――タッ!――
本当に突然の出来事だった。
何か黒くて大きいものが目の前に落下した。
「え……?」
しかし、その大きさと反比例して落下音が異様に小さい。
「……!?」
落下してきたのは、スーツ姿の男性だった。
しかしそれを頭で理解する間もなく……
その男は見事な着地から立ち上がり、俺にこう囁いた。
「はじめましてサクライ・ミナト様」
「……は……?」
「お迎えにあがりました。では失礼……『転移(ワープ)』」
すると、俺の足元に大きな魔法陣が現れ、怪しく光り……
俺をフロリアの裏路地から、別の場所に移動させたのであった。
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