第12話 拒絶へようこそ


 アレンディル国内で最も強いのは誰か。

 それを聞くと、間違いなく皆が同じ名前を挙げるらしい。


「おはようございます。ミナト様」

「おはよう……アリスさん」


 国内最強の白騎士……

 アリス・ヒルドル、通称”拒絶のアリス”。


 彼女を国内最強と推す人々は、その類まれなる戦闘の才……

 そしてなにより彼女の持つ技能(スキル)『白皙の拒絶(ホワイトヴェール)』を理由に挙げる。


 一度発動すると悪意あるあらゆる現象を全て拒絶し、彼女に一切接触することができない。


 物質的な攻撃はもちろんのこと、その影響は他者の技能(スキル)や魔法にまで及ぶため……

 発動されたらどんな攻撃も彼女には効かず、そもそも到達すらしない。


 それは文字通り"どんな攻撃も"……だ。


 そんなチート級の力を持つ自他共に認める最強の彼女だが……

 今は毎日、目覚まし代わりに俺を起こしにやってくる。


「本日は研究室で勉強会の予定でしたね。……それでは参りましょう」

「アリスさん……その……一人でもいけるよ?たまにはアリスさんもゆっくり休……」

「必要ありません。参りましょう」


 これ以上ないくらい頼もしいボディガード”拒絶のアリス”。

 しかし、ここ最近の俺は、ずっと城内を行ったりきたりの生活だ。


 そんな生活に国内最強騎士の出番はあまりない。


「直接研究棟に参られますか?」

「うん……そうするよ」


 彼女は俺がいく場所に、いつもついてくる。

 工房や研究室の中には入らず、俺の仕事が終わるまでずっと待つ。


 そして少しでも部屋をでると、何も言わずまたついてくる。

 さすがにトイレや風呂の中にまでは一緒にこないが。


 休みの無い彼女を心配してもいたけれど……

 正直、まったく一人になれない城生活に気疲れしてしまっている自分もがいた。


 俺は生活棟から研究棟に向かう途中……

 メイドさんが庭の掃除をしている横を通り過ぎながら、アリスさんにこう言ってみた。


「アリスさん、毎日守ってくれることは嬉しいんだけど……少しは休んでくれていいんだよ?」

「本来であれば雇い主であるミナト様の命令には絶対服従する立場です。しかし、それはできません」

「な……なんで……?」

「それが私の使命だからです」


 こんな感じで、彼女の行動と言動はずっと一貫していた。


 本人は「雑用のように使ってくれていい……」なんて言うけど、国内最強の騎士様だし。

 罰があたりそうで、そんなこと頼めるはずがなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 研究室に入ると、レナが笑顔で俺を待っていた。

 今日は、ずっと前に約束をしていた召喚魔法を彼女に教えてもらう約束をしていたからだ。


「昨日はぐっすり眠れた?」

「はい!もうばっちりです!えへへ……」


 ギター制作の佳境である今、なぜこんなことをしているのか。


 レナがギターの調整に加わってもう10日間。

 彼女はほとんど休まずオクターブチューニングに使う重力魔法の難しい計算と、音楽知識のテキスト化という二つ作業を行っていた。


 まだどちらの作業も終わってはいなかったけど……

 レナは作業のために睡眠すら削っていたようなので、皆で休暇を取る様、レナに提案したのだ。


 休暇は二日間とることになり、レナはその一日目である昨日を身体を休めることに使っていた。

 そして昨日の食事の時、俺が『明日はレナのやりたいことをやりなよ』と伝えてみると……


『じゃあ!ミナトさんに召喚魔法教えます!約束しましたよね!』


 と、休日まで魔法の勉強会をすると言い出した。

 まぁ本人がいいなら俺はかまわないけれど……改めてチャドがレナを『魔法オタク』と言う理由がわかった気がする。


 俺が席に着くと、レナは嬉しそうに魔法の教科書を開きながら言う。


「それにしてもよく忘れなかったね。この世界にきたばっかりのとき、召喚魔法を教えてくれるって約束……」

「もちろんです!だって私から提案したんですから」


 確か冒険者ギルドで、俺に技能(スキル)の才能が無いとわかった時だったか……


『ミナトさん!召喚魔法なんていかがです!?意外にシンプルなんですよ!契約の手順と転送魔法の基礎があれば使えます!』


 あれからもう2か月か……。

 あの時はまさかこんな立派な城でギター作ってるとは思いもしなかったな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 勉強は順調に進み、基礎を学び終えるとレナは満足そうに一息ついた。


 最近疲れていたレナが元気そうなのを見て、俺は安心していた。

 重力魔法のオクターブチューニングは大変な作業だと思うけど、上手くいくといいな。


「ミナトさん、ここまでで何か質問ありますか?なんでも聞いてください!」


 レナは教えるのが上手かったので、召喚魔法については特に疑問はなかった。

 しかし良いタイミングだったので、ちょっとした悩みを相談してみることにする。


「ねぇ、レナ。召喚魔法には関係ないことなんだけど、いい?」

「え?全然いいですけど……」

「実は、アリスさんのことなんだけど……」


 ちょっとした悩みは毎日俺の護衛をする、国内最強騎士様についてだった。


「その……レナからも何か言ってくれないかな?最近は俺が寝るまで、ずっとベッドの横にいたりするんだ」


 すると、レナはいつもの綺麗な声で俺に言う。


「ミナトさんが心配なんですよ。研究発表の後はほぼ暴動みたいになってましたし……ミナトさんはそれだけこの国にとって重要な存在なんです」


 そう言うとレナはニコっと笑った。

 そんな顔で言われると、なんだか自分がワガママを言っている気分になってくる。


 少しだけ憂鬱な気分になっていると、部屋の隅でテキスト化の作業をしていたチャドが大きな声をだした。


「おわったーっ!取り合えずこれまで聞いた音楽知識は全部まとめてやったぜ!楽譜も完璧だ!」


 そう言って「んーっ」と背伸びをすると……

 チャドは自分のまとめた資料を惚れ惚れ眺めながら、俺に言う。


「しっかしミナト、音楽って本当にすげーんだな。特にこのドラムとか、ティンパニーって楽器?やってみたいなぁ!」

「また俺が描いた楽器の絵見てるの?」


 ここで研究を始めてから、チャドが一番興奮していたのは俺の拙い楽器のイラストだった。

 特に楽器の造形や機構の説明は、いつも少年のように目をキラキラさせて聞いてくれるので、話している方も楽しい。


(チャドはドラムとティンパニーが好きなのか。……打楽器ばっかりだな)


「チャドはリズム楽器が好きなの?」

「好き好き!いつか俺も演奏してみたいよ。こう、どん!どん!って感じでさ!」


 腕をぐるぐる回してるチャドがどんなリズム楽器を想像しているのかは到底理解不能だったが……

 俺の教えた知識に興奮してくれると、素直に嬉しい。


「リズム楽器か……」


 ギター制作が終わったら、リリーに頼んでみようかな。


「……あ」


 その時、俺はあることを思いつく。


「ん?どうしたミナト?」

「いや、ごめん二人とも、ちょっと待ってて。工房に行ってくる」

「いいけど……」


 そう言って、俺は部屋をでる。

 思いついたそれをすぐに実行したかったからだ。


 すると、部屋の前で待っていたアリスさんが何も言わず俺についてこようとしていた。

 そんな彼女に、俺はつい……


「アリスさんはそこにいて!一人で平気だから!」


 とつい強い口調で言ってしまった。


「……わかりまし……た」


 別に悪気があったわけではないんだけど、そんな俺を見てアリスさんが少し寂しそうな顔をする。

 そんな彼女の表情に、少しだけの罪悪感抱きながら……俺は工房に戻った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 20分後、俺はあるものを持って研究室に戻ってきた。

 部屋の前にアリスさんの表情は、いつもの凛としたものに戻っていた。


 なんとなく気まずくて、何も言わずに研究室に入ると……

 工房から持ってきたそれをレナ達の前に置いた。


「……なんだこれ!?」

「箱?」


 それは、四角い作業椅子に5枚の板を張り付けただけの箱だった。

 板は側面に4つと足の下に張り付けられており、側面の板の一面には丸い穴があけてある。


 板は全てネジで固定されていて、リリーが作業する横で、余った素材で作ったものだ。

 彼らにその箱が何なのかを説明する。


「これ、カホンって呼ばれる打楽器なんだ。チャドの話を聞いて思い出したんだよ」

「楽器なんですか!?これ!」

「……うん、チャドの好きなリズム楽器」

「すげぇ!どうやって演奏するんだ?」


 カホンはスペイン語で「箱」という意味を持つ、とてもシンプルな打楽器だった。


 演奏するにはカホン自体に腰かけて、穴の開けてある板の反対側の面を叩く。

 すると、打音が中で反復され外に出てくる。


 打面の板のネジを少しだけ緩めると、端を叩いた時にバチンという高くて硬い音が出る。

 板の中心は少しこもった低い音が出るので、それを使い分けて音色を変える。


「こうやってカホンに座って……こんな感じ」


 そう言って簡単な16分音符のリズムを叩くと、二人がまるで子供のように喜んだ。


 本当であれば鈴や響弦(スナッピー)と呼ばれるものを内側に取り付けて、響き伸び(サスティーン)を調節できるようにするんだけど……

 まぁ、原始的なペルー式カホンはマジで『ただの木箱』だったらしいし、こんなものだろう。


「おおーっ!すごい!俺にもやらせてくれ!」

「ミナトさん、わ、私も良いですか……!?」

「うん。楽器はやっぱり実際に触ってみるのが一番だしね」


 そう言うと二人はカホンに順番に腰かけ、少し不細工で愛嬌のあるリズムを奏で始めた。

 二人が本当に楽しそうなので、俺まで自然と笑顔になる。


 そういや、最近ハウザー2世をちゃんと弾いてやれてないな。

 今日は久しぶりに、たっぷり相手してやろうかな。


 そんなことを考えてふと扉を見ると、カホンの音が気になったのか……

 アリスさんが扉を少しだけ開けて、中を確認するように覗き込んでいた。


 しかし俺と目が合うと、アリスさんは申し訳なさそうに扉を閉める。


「……アリスさん」


 真っ白な甲冑を身にまとう、国内最強の騎士。

 きっと俺を守ることを誇りに思ってくれているのだろう。


 しかし正直、彼女は俺なんかより国のために戦う方が向いてるとは思う。

 せめて俺の護衛してる時は、ちゃんと休んでもらいたい。


 さっき強く言ってしまったことに罪悪感のあった俺は、ちゃんと今の気持ちを彼女に伝えようと決心した。

 部屋をでて、彼女に話しかける。


 ――ガチャ……――


「アリスさん……?アリスさんも一緒にやる?」

「あ、いえ……申し訳ありません。急に音が鳴りだしたので、気になってしまい……」

「いや、いいよ……。余った木材で作ったわりには、結構良い音するでしょ?」


 扉越しに聞こえる不細工なリズムを聞きながら、アリスさんが微笑む。


「えぇ……そうですね」


 そんなアリスさんに、俺は自分の想いを伝えた。


「アリスさん、貴方に守られていること、とても光栄に思ってます」

「ミナト様……」

「だけど正直……俺はアリスさんが心配なんだよ。俺なんかのために毎日ずっと気を張って……。正直、そっちの心配で気が滅入ってた」


 アリスさんは真剣に俺の話を聞く。


「アリスさんも、レナみたいに休むときはしっかり休んでほしい。これは命令じゃなくて、お願いだよ」


 すると、アリスさんは少し考えこむようにうつむと……

 芯の通ったその声で俺に言った。


「確かに……ミナト様の気持ちを、私は全く考えてなかったような気がします」

「……」

「ここは安全ですし……私も考えを改めなければいけないのかもしれません」

「うん……。仮にも一緒に暮らしてるのに、俺は甲冑姿のアリスさんしか知らない。もっとなんていうか、普通にしてほしいだけなんだ」


 アリスさんが食事をしているところを、俺は一度も見たことがない。


 彼女は食事も風呂もトイレも全部、俺が眠ったのを確認してから一人で済ます。

 しかも夜には庭で訓練をしてるところも見たことがあった。


 こんな俺に、自分の時間のほとんどを割かれているんだ。

 いつ来るかわからない、役目を全うするためだけに。


「アリスさん、俺はあなたを信頼してる。けど、だからこそ自分のためにも生きてほしいんだ……」


 俺が真剣な顔でそう伝えると、表情を変えず肩で溜息をもらす。

 そして数秒考えたあと、つぶやくようにこう言った。


「わかりました。これからは私も適度に休憩を頂きながら、貴方をおささえ致しましょう……」


 その言葉を聞いて、俺は少しだけホッとしたが……


「ただし、条件があります」

「条件……?」

「えぇ……」


 この後出された条件は、俺には特に重大なものには思えなかった。

 こちらが特に何かするわけでもなかったので、俺はその条件を飲む。


 しかし、アリスさんのその言葉をには本当にたくさんの意味があったこと……

 後から俺はしっかり噛みしめることになる。


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