第14話 バルザリー家にようこそ
そこは、高級そうな装飾や家具に彩られた華やかな部屋だった。
「……え」
――カッチカッチカッチ……――
目の前には扉。
その横に置かれた柱時計の振り子が、規則正しい音で時を刻む。
「ここは……」
その部屋は、王宮にも引けを取らない煌びやかな場所だった。
しかし至るところに場違いな熊のぬいぐるみが置かれていて、チグハグな印象を受ける部屋でもあった。
俺はその部屋の中心で、これまた高そうな椅子に腰かけている。
「俺、さっきまでフロリアの路地裏にいたのに……」
すると、持っていたハズのハウザー2世が無いことに気づく。
理解の追いつかない現状に茫然としていると、後ろから低い声が聞こえた。
「お目覚めでございますか?ミナト様」
「……?」
座ったまま振り返ると、そこにはスーツ姿の男性が立ってこちらを見ていた。
彼はゆっくり俺の前まで来て跪き、丁寧な話口調で自己紹介を始めた。
「私、バルザリー家に仕える執事。ジャンと申します」
「バル……ザリー家?」
バルザリー家……?
……あれ?どこかで聞いた名だ。
けど、一体どこで?
執事ジャンは頭だけ上げて俺の顔を品定めするようにまじまじと見る。
その間、カッチカッチと重厚感のある柱時計の振り子の音が、この部屋に充満する妙な緊張感を煽って来た。
俺はたまらず……
「えっと……あの……ここは?」
と彼に問いただそうとするが……
――ダンダンダンダンッ!――
と、急いで廊下を走り抜けてくるような音が、目の前の扉の奥から聴こえてきた。
そしてガチャ!ガチャ!という扉の音が2回鳴り、扉が開く。
「……ッ!」
そして、そこから現れた紫の長い髪をなびかせる少女を見た時。
俺はバルザリー家という名前をどこで聞いたのか、正確に思い出した。
「ミナト様!」
紫色の髪の少女は、そのまま俺に抱きついてぎゅうっと力を込めた。
このぬくもり、俺は研究発表後の握手会で知っている。
そしてそのぬくもりと共に、彼女が言った言葉も思い出した。
『私、ティナと申します。生まれてから今まで……あんな音、聞いたことありませんでしたッ…!』
『貴方に恋を致しました。……驚かれると思いますが……私と結婚をしていただけないでしょうか』
『触らないでッ!私を誰だと思っているの!?バルザリー家のティナ・バルザリーよ!?』
『ミナトさん、絶対……絶対に私はあなたと結婚致します。ではまた…』
握手会でひと際印象に残ったご令嬢。
美しい紫色の髪を持つ貴族の少女。
「ティ……ティナ・バルザリー……さん?」
その名を呼ぶと、彼女はうっとりするような表情で俺を見る。
「光栄ですわ……覚えていてくださったのですね」
ティナ譲は小さい体で、俺の身体をさらに力強く抱きしめた。
すると、彼女は優しい声でこう続ける。
「ごめんなさい。貴方をこんな形で誘拐して……」
「ゆ……う…かい……?……誘拐ッ!?」
「でもでも、きっとミナト様もここの生活を気に入ると思うのです。ふふふ」
何を言ってるんだ、この女の子。
何を言われたんだ?俺は今。
俺が口を開いて何か話そうとするのに気づいたのか、ティナ譲は俺の唇に人差し指をそっと触れた。
「……ぁん。ミナト様、今は何もおっしゃらないで?私はこれから、くっだらない社交場に行かなければなりませんの。お話は今夜、ゆっくりといたしましょう?」
そこから、急な焦りで鼓動が早まるのを感じる。
誘拐と言うあまりにショッキングなワードを突然聞いたことで、さらに頭が混乱する。
あまりにも唐突なこの状況に理解が追い付いていなかったが……
この娘がかなりヤバいことだけは、体がひしひしと感じてた。
「それでは……また夜に。ふふ」
そう言ってティナ譲は立ち上がると、扉の方へ振り向いた。
彼女を視線で追うと、ここでさらに俺は今置かれている状況を再認識することになる。
彼女が今まさに出ていこうとしている扉が、二重扉になっているのだ。
(……これ、マジで監禁されてる奴だ)
そもままティナ譲は部屋を出ていくのかと思ったが……
彼女は扉の前で立ち止まり、執事ジャンに目線も合わせず小さい声で言った。
「ジャン……この時計……」
「はい……。言われた通り、街の家具屋に行って修理しておき……」
――バンッ!――
その瞬間、ティナ譲は執事ジャンの胸倉を掴み転ばせた。
そして、そのまま執拗なまでに何度も蹴りを加えながら叫ぶ。
「どこが直ってるのよッ!不快ッ!なんなのこの音ッ!」
「もッ!申し訳ありませんッ!ティナ様ッ!」
「私はこの時計の音、小さいころからずっとずっとずっと聴いているのッ!こんなクソみたいな修理でだまして、この私を侮辱するというのッ!?」
執事ジャンはかなり体格のよい中年男性だったが、抵抗するそぶりも見せず。
ただティナ譲からの執拗な蹴りを謝りながら受け止めていた。
「申し訳ありませんッ!……お帰りになる前にッ!必ず修理しておきますッ!」
ジャンがそう言うと、ティナ譲は思い出したかのように蹴るのをやめた。
そしてまた艶っぽい表情で俺の方を振り返り、こう言う。
「今夜……?今夜はダメよ。だってミナト様との大切な時間があるのですもの……」
そして鼻で「ふふ」と笑い、二つの扉を閉めて部屋から出て行った。
――バタン……――ガチャ……バタン――
俺は無残にも足跡のついた執事ジャンを見る。
するとジャンは何事なかったかのように立ち上がり……
ティナ譲が出て言った扉に頭をさげて「いってらっしゃいませ」と言った。
そして振り返り、こう発する。
「……と、いうことでございます。ミナト様。……ご理解いただけましたか?」
「……」
(……いや、どういうこと!?めちゃめちゃ怖いんですけどッ!?あまりの衝撃で声もでないんですけどッ!?)
メンヘラ令嬢に誘拐・監禁され、目の前であんなバイオレンスな現場を見せられたあと……
その一部始終を何の抵抗もなくご理解いただけるミナト様がいるならば、少なくともそいつと俺は友達にはなれない!
執事は何事もなかったかのように続ける。
「ミナト様、今晩の食事は最高のものでなくてはなりません。何か好物などありますか?」
「いや、好物……って」
そして執事ジャン、こいつもまたティナ譲と同じくらいヤバい。
それがハッキリとわかったことで、むしろ腹がくくれた。
俺は執事ジャンにしっかり意思を伝える。
「いりません。帰らせてください」
「なりません。……それでは、夕食はティナ様の好物に致します。お二人で夜のひと時を過ごすにはピッタリのメニューかと」
「……いや、結構です。俺はもう彼女に会うつもりはありません」
しかし執事ジャンは何も聞こえてないように……
「あーなるほど、確かにまだ昼前でしたね。まずはランチのご用意をしなくては。すぐに準備いたします」
そう言うと執事ジャンは、飾ってあった熊のぬいぐるみを手に取った。
「……なんですか?そのぬいぐるみ」
俺の問いには返答せず。
ジャンはゆっくりと俺に近づき……俺の膝にそのぬいぐるみを置いた。
俺はその行動の意味が分からなかったが、ジャンはそれを気にせず、暗い瞳で俺を見た。
「『赤い13号室(ループ・ルール・ルーム)』……」
そう言われた途端、視界がキラキラと光った気がした。
「え……?」
「それでは、ミナト様……失礼いたします」
そして執事ジャンは、二枚の扉を開き部屋から出ていく。
俺はそのままとり残され、膝に置かれたぬいぐるみと目を合わせた。
「……」
あまりの出来事の連続に茫然とする。
逃げなきゃと思ったのは、執事が部屋から出ていった数秒後のことだった。
「なんでこんなことに……」
俺は膝に置かれたぬいぐるみを床に置き、すぐに立ち上がる。
そして扉の前に行き、聞き耳を立てる。
「カギを締めたような音はしなかったはず……」
扉の先からは、執事の足音が遠ざかる音が聞こえた。
音が完全に無くなるのを確認し、俺はゆっくりと一枚目の扉を開く。
続いて音を立てず、慎重にもう一枚の扉の取手に触れた。
……その時。
~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~
さらに理解不能な事態が俺を襲う。
「えッ!?」
なぜか座っているのだ。
いまさっき立ち上がったはずのフカフカの椅子に。
さっき間違いなく立ち上がり、扉を開けたハズなのに。
膝の上には床に置いたハズのぬいぐるみも腰かけている。
まるで時間が戻ったのかと錯覚するほど、俺が立ち上がる直前の状態になっていた。
「……」
もう一度。
今度はぬいぐるみを投げるように床に捨て、一枚目の扉を開く。
そしてもう一度二枚目の扉をあけようとすると……
~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~
「……ッ!?」
また、俺はフカフカの椅子の上で膝にぬいぐるみを置き座っていた。
扉もそれが当然のように閉まってる。
「これ……」
おかしな現象が連続して起こったことで、むしろ俺の頭は冷静に働いた。
どう考えても魔法か技能(スキル)による現象。
2枚目の扉を開くと、まるで俺と部屋の状態がリセットされたかのように戻る。
数々の異能力バトル漫画を見てきた俺だ。
まず最初にこう言った発想にたどり着く。
「まさか時間を……」
扉の横にある柱時計を確認し、時間が戻っているのかを確認。
いや、さっきよりもしっかり先の時間だ。ちゃんと正確に動いてる。
ということは戻ったのは時間じゃなくて、俺と部屋の状態のみ。
残念ながら俺は自分が戦闘方面がからっきしだと言うことは嫌と言うほど自覚していた。
だとすれば倒したりできなくても、せめて逃げる方法を探らなくちゃいけない。
俺はぬいぐるみを置いて立ち上がる。
そして1枚目の扉を開いて、2枚目の扉を凝視する。
(どう考えても、この扉に仕掛けがあるんだよな……)
1回目に戻った時も2回目に戻った時も、どちらも2枚目の扉を開いた瞬間にリセットが発生した。
正確に言えば2枚目の扉を開けようと動かした瞬間。
つまり……
この2枚目の扉を開かずに外に出ることができれば、脱出できるんじゃないか。
「別の出口を探さないと……」
俺は部屋を見る。
すると扉の反対側に窓があることに気づく。
中から外を確認すると……
(うそでしょ……)
見えた景色は林と、その先の街並みだった。
林は木々のてっぺんが良く見える……つまり、死ぬほど高いのだ。
まるで塔のような場所に幽閉されてる事実に今気づく。
古き良きRPGのお姫様のように。
(ここからは……さすがに出れない……)
ゲーム中でお姫様を救った経験はあるにしろ、実際に閉じ込められる経験は当然はじめて。
それどころかあまりの高さに少しクラクラするぐらい貧弱さ。
強さは確かにお姫様レベルだ。
俺は一応外に出られるスペースがないか確認しようと、窓を開けて周囲を見てみることにした。
しかし……
~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~ ☆ー☆ ~
「……え?」
窓を開けた瞬間、また例のリセットが発生する。
膝の上のぬいぐるみが、俺の目をずっと見つめてる。
「なんで……?2枚目の扉には触れてすらいないのに……」
考えろ。
改めて自分の行動を確認するんだ。
一度目と二度目のリセットの時、俺がとった行動は3つ。
①ぬいぐるみを取り、②1枚目の扉を開け、③2枚目の扉を開いた。
今さっきは2枚目の扉を開いていないため、③だけが『窓を開く』に置き換わる。
2枚目の扉が部屋をリセットするスイッチではない……ということは。
「もしかして……」
俺はある仮説立てる。
そしてすぐにそれを検証するため、部屋の中で色んなことを試し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結果から言うと、俺の仮説は正しかった。
「間違いない。……物を動かした回数だ」
どうやら部屋のリセットには扉や窓は関係なく、『この部屋にあるものを3回動かした時』に発生することがわかった。
部屋にある色々な物で試したけど、どれも3回目に物を動かした時に同じ現象が起こった。
つまり、この部屋を脱出するまでに2回までしか物を動かせないということになる。
しかし……
「そういうことか……このぬいぐるみ」
技能(スキル)の正体がわかったことで、あの執事が俺の膝になぜぬいぐるみを置いていったのかの理由もわかった。
俺は部屋がリセットされた時点で、必ずぬいぐるみを動かして立ち上がないといけない。
つまり、たった2回しかない物を動かすチャンスが、ぬいぐるみで1回削られるというわけだ。
そして出口である扉は2枚。
当然それらは1回づつカウントされるため、扉からの脱出は不可能ということになる。
だとすれば、脱出経路は窓のみ。
(性格わるッ!)
俺はぬいぐるみを床において立ち上がる。
次に、何か使えるものはないかと自分のポケットを漁った。
しかし、そこには今朝ヴァルム爺から貰った長いギター弦しかない。
(……これを命綱に、窓から降りる?)
いやいやいやいや。
この高さ、どう上手く着地したって全身骨折からの内臓破裂必至コース。
そもそもちゃんとしたロープがあったところで降りれるか怪しい。
正攻法で出るのは不可能。
じゃあ一体どうすればいい……?
――ガチャ……バタン……――ガチャ……――
その時。
二枚の扉が開き、執事ジャンが食事を持って入ってきた。
丁寧に二つの扉を閉めながら……
開いた窓から外を眺める俺を見て言う。
「おっとミナト様……まさかとは思いますが、そこから飛び降りようなどと考えないでくださいね」
飛びおりる……?
飛び降りる……か。
「ランチをお持ちしました。」
執事ジャンはそう言うと、食事を部屋の隅にあるテーブルにゆっくり置いていく。
俺はとある作戦を思いつき、少しでも時間を稼ごうと彼に話しかけてみることにした。
「あなたが部屋の物を動かしても、リセットは発生しないんですね」
すると執事はなんの躊躇もなくこう返す。
「えぇ……私の技能(スキル)『赤の13号室(ループ・ルール・ルーム)』がカウントするのは、ミナト様がこの部屋の物を動かした回数のみでございますから」
自分の技能(スキル)に相当自信があるのだろう。種明かしするには早すぎる。
どうやら、すでに俺がその結論に達しているのは予想通りらしい。
ジャンは続けた。
「色々と試行錯誤していただいたみたいですね……答えは導きだせましたか?」
「いえ……まだです……」
そう言うと、執事ジャンはテーブル前に椅子を移動させる。
そして椅子の向きこちらに変えて、俺に座るよう手で促した。
「では、謎解きの前にランチと致しましょう。どうぞ、こちらに」
あれを……やるしかないのか。
正直マジでこわいけど。
俺は極力冷静を装いながら、窓の外を見つめ……
つぶやくように彼に言った。
「いえ……俺にはもう無理です」
すると異様な気配を感じ取ったのか、ジャンは俺に強い視線を向けた。
「何か企んでいらっしゃるようですが、おやめになった方がよろしいかと」
「そうかも……しれません」
「……おや、諦めるのがお早いのですね。結構なことです」
「なので、死にます」
俺がそう言うと、執事から表情が無くなった。
「…………は?」
そして俺の方をじっと見つめ、聞き返す。
「……死ぬ?……今、死ぬとおっしゃったのですか?」
「はい。……それでは、さようなら」
そして……
俺は開いた窓からポーンと身体を投げ捨てて……人生二度目の飛び降りを決行した。
――ガタガタッ!――
しかし、その瞬間……
さっきまで余裕そうだった執事ジャンの表情が一変し、まっすぐに飛び降りる俺の方に向かって走ってくる。
そして体ごと自分も身を外へ放り出し、俺の腕を強引につかんだ。
しかし……
「ッ!!」
ジャンはバランスを崩し、落下しそうになる。
しかし、そこは俺とは違って鍛えているんだろう。
窓のふちを片手でだけつかみ、映画さながら、見事にもう片方の腕で俺の手を握った。
「なッ!」
「……」
「何を考えているんだッ!?ミナト様!まさか本当に飛び降りるなどッ!」
さっきまでヤバいヤツと思っていた人に、まっすぐな正論をぶつけられる。
俺は自信満々に、敗者の勝利宣言をぶちかましてやることにした。
「俺……自殺はじめてじゃないんで……」
混乱する執事ジャンの表情は完全に混乱していたが……
俺が”手に持っている、ある物”に気づく。
そして俺が何をしようとしているのかをすぐに理解し、さらに表情が曇った。
「ミナト様……ま、まさか……」
「気づきましたか?」
俺が握っていたのは、ヴァルム爺さんから貰った長いギター弦だった。
それは二人分の体重を支えるには余りにもか細い命綱だったが、この勝負においては俺に決定的な勝利をもたらすもの。
ギター弦は俺の手から、部屋の中に伸びている。
そしてその先は、窓際のサイドテーブルに置かれたティーカップに引っかかっていた。
「俺がこのまま落ちれば……弦が引っ張られて、そのティーカップも床に落ちます」
「ッ!」
「そうなれば、部屋の状態がリセットされ……窓は閉まり、俺だけ部屋の中に戻る」
そう……ジャンのスキルは、俺が物を動かした回数をカウントしている。
そして当然もとに戻るのは、部屋の状態と俺。
「ジャンさん……俺の勝ちです」
俺を助けてくれるのは、やはりいつも音楽に関するものだ。
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