第9話 ギタークラフトの世界にようこそ


 王に与えられた城は、大きく3つの建物で構成されており、それぞれが城壁で繋がっている。


 俺達は3つそれぞれの建物を工房棟(こうぼうとう)、研究棟(けんきゅうとう)、生活棟(せいかつとう)と役割ごとに名づけた。

 まぁ、今は皆が暮らす生活棟以外、ほとんど空き部屋なんだけど。


 だが音楽を普及させるためには、作った楽器の大量生産を行う体制を作らなければならない。

 俺達はいつか工房棟を多くの職人が集まって作業できるような場所にしたいと考えていた。


 チャドとレナは、研究棟を音楽の学校のような施設にできないか画策している。

 今はガラガラの城だけど、いつか音楽を愛するたくさんの人で溢れることになれば、それはきっととても素敵なことだと思う。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 小城を与えられてからの数日間。

 俺達は連日、メイドさん達の作る美味しいご飯を食べながらそんな計画を話してた。


 王に名を与えられた俺達『異世界音楽研究班』の目的は、この世界に音楽を普及させること。


 それはつまり、俺が一方的に音楽を演奏するだけではない。

 この世界にいる誰もが平等に楽器を持ち、音楽を作り、演奏し、楽しむことができるようにするということだ。

 その為に必要な第一歩は決まっていた。


 楽器の制作と、正しい知識のテキスト化。


 すなわち異世界から持ってきたハウザー2世ではない、この世界初、アレンディル王国産の楽器制作と量産体制の確保。

 そして音楽の正しい知識を、誰でも読めるテキストにするということ。


 それがどれほど大変なのか俺にはわかっていなかったけど……

 その第一歩を進めるため、俺はアリスさんと共に『ヴァルム工房&材料店』に向かっていた。


 革材で作ったギターケースに、ハウザー2世を入れて。


「ミナト様、前は見えにくくないですか?」

「うん、大丈夫だよ」


 と、言っても俺もアリスさんも有名人。

 深くフードを被って工房区を歩く姿は、怪しい。


 店の前につくとリリーが店の前で小さなノコギリで木材を小さく分けていた。

 あいかわらずリリーの恰好は胸に布を巻いただけのような出で立ちで、木を切るたびにオレンジのポニーテールと大きな胸がふわふわ揺れている。


 俺達は彼女にこそこそと近づき、小さい声で話しかけた。


「リリー……」

「!?」


 俺の顔を見ると、リリーは一瞬固まる。

 そして……


「ミナト……ッ!」

「え……ッ!?」


 リリーは雑に道具を置いて俺に近づき、強引に手を取った。


「わ、私っ!ミナトの演奏聴いてたっ!通信魔法陣で……ッ!すごい……すごい感動した!」

「あぁ……うん、ありがとう!」

「聴こえてきた音……私、私本当に驚いて……」


 リリーは一生懸命俺にその感動を伝えてくれる。

 あんなに饒舌に売り込みをしてた彼女が、興奮して上手く話せないのは愛らしくも見えた。


 握手会で国中の人から賛辞を貰ったけれど、知ってる人からの言葉は素直に嬉しい。


「ヴァルム爺さんに会いたいんだ。中にいる?」

「うん!店番してるよ!」


 リリーに連れられ店内に入ると、ヴァルム爺さんは前と同じく隅の椅子に腰かけていた。

 ポッポッポとキセルの煙を吐き、俺の顔を見ると嬉しそうにニコッと笑う。


「こんにちわ、ヴァルム爺さん」

「ほっほ……」


 俺はヴァルム爺さんに目線を合わせるようにしゃがみ、まずは感謝を伝える。

 そう……俺が研究発表会で演奏できたのは、この人のおかげだと知っていたから。


「俺の弦……レナに頼まれて作ってくれたのはヴァルム爺さんだったんですね」

「……ほほ」

「本当に、ありがとうございます」


 ヴァルム爺さんは特に返答するわけではなかった。

 しかし彼が微笑むだけで、なぜかとても安心した。


「あの……今日はお願いがあって来たんです」


 ヴァルム爺さんは黙って煙をふかす。


「今、王宮の研究班でギターを作ろうと思ってるんです。ギターっていうのは……」

「音を出す木製細工じゃろ?お前さんが手に持ってるそれかい?」

「え?……はい」


 俺はケースからハウザー2世を取り出して、ヴァルム爺さんに手渡す。

 ギターを受け取ると、ヴァルム爺さんはじっと全体を眺め、ひっくり返して先端を見たりしていた。


 ギターってのは高級品だ。

 楽器の知識の無い人に手渡すと、扱いに慣れてなくてドキドキしたりするもんなんだけど……

 ヴァルム爺さんの職人の手は妙に安心できる。


「ふむ……つまり、ワシにこれを作って欲しいと……?」

「可能であれば……なんですが。正直、俺は演奏するだけでギター制作なんてしたことなくて」


 ヴァルム爺がギターを眺めている間、リリーも初めて見るギターに興味深々だった。


 正直ギター制作がこの世界でどれほど難しいものか俺にはわからない。

 本格的な制作を行うためには、かならず木材に精通した専門家の力が必要だ。


 俺はレナが持ってきたあの弦に驚いた。

 見本として切れた弦を渡してたにせよ、この世界に存在しない弦をたった二日で作ったんだ。

 アリスさんから勧められたのもあるけど、ヴァルム爺の技術は俺が身に染みて実感していた。


 木材を見ながら、ヴァルム爺は俺に言う。


「この……ゲンを巻き付けてる機構はなんだい?」


 ハウザー2世は、俺の爺ちゃんが30年以上前から愛用していたギター。

 細かな部品はオリジナルの物ではなく、色々とカスタマイズされている。


 ヴァルム爺さんが気になった糸巻(ギヤ)と呼ばれる部分は、クラシックギターの調律をする上で最も重要な部品だった。


「これはギヤと言って、ペグと言う部分で弦の巻きを強くしたり弱めて、音を整える時に使うんです」

「ほう……この部分はなんの素材だ?……歯か?」

「象牙……ゾウという俺のいた世界にいる動物の牙です。他の動物のそれに比べて適度な弾力があって、手のひらの温度をそのまま吸収するんで手に良く馴染むんです」


 ヴァルム爺は俺の説明を受けながらハウザー2世を凝視する。

 そして今度はボディを顔に近づけてじっと表面を見つめた。


 そして……


「ワシがもう少し若けりゃのう……」


 ヴァルム爺さんは、少しさびしそうにそうこぼした。

 そしてギターを丁寧に俺に渡すと、リリーに向かってこう言った。


「リリー、ミナトさんを手伝っておやり」

「……え?」


 それを聞くと、リリーはとても驚いた表情を見せた。

 ヴァルム爺さんが俺に言う。


「ミナトさん、リリーはワシの一番弟子だ……こんな老いぼれよりもずっと役に立つ。いかがかな?」


 その言葉を聞くと、リリーがヴァルム爺さんに尋ねる。


「ヴァルムさん……それってつまり……私に任せてくれるってこと?」

「あぁ……」


 するとリリーは俺にも聞く。


「ミナトは、それでいいの?」

「ヴァルム爺のススメなら、断る理由はないよ」


 するとリリーは顔を赤らめ、涙をこらえるように言った。


「ありがとう……」


 嬉しそうなリリーを見て、ヴァルム爺は満足そうにタバコをふかす。

 そして俺にこう続けた。


「弦は、これからもワシが作りましょう」

「そうですか、消耗品なんで助かります」

「ミナトさん……」

「……?」

「リリーを、よろしくお願いいたします」


 そしてホッホと笑い、ヴァルム爺は一番弟子の門出を祝う。

 こうして、俺たち『異世界音楽研究班』のギター制作に、リリーが加わってくれることになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 音楽を普及させるために必要なもう一つのこと。

 つまり音楽知識のテキスト化。こちらは研究者であるレナとチャドの仕事だ。


 本来であれば、実際に楽器を手に取って理解しながら進めていくものだ。

 実際に音に触れず蓄える知識はただの勉強で退屈だし。


 しかし、そこは研究者だけあって2人は非常に好奇心が強く、心配いらなかった。


「曲には調(キー)って呼ばれるものがある。わかりやすく言えば、その曲がどんな音階を使って構成されているかを示すものなんだ」

「えっとつまり、曲によってキーは違い、使われているキーによってそれぞれ構成音も違うということですか?」


 レナはとにかく理解が速かった。

 しかも机上の説明のみで音の理論を具体化し、理解した先の質問も活発。


 チャドは一つ一つ覚えるのは苦手だったようだが、実際に音を出しながら解説すると早かった。

 言葉だけの説明をするたびに、こんな感じでふてくされていたが……


「まじかよ!一つ一つ覚えなきゃいけないのか!?」

「規則性があるんだ。例えば音楽の基礎で習うC(ド)D(レ)E(ミ)F(ファ)G(ソ)A(ラ)B(シ)……。これはCメジャーキーというキーの構成音なんだ」


 説明をしながら、順番に音を出す。

 チャドは音で理解する、典型的な実践型プレーヤーだった。


「CメジャーキーにおいてはC(ド)という音を1として考えるとわかりやすい。そこから数えて他の音が何番目に配置されるのかを覚えておくと、キーが変わっても同じ順番の音を配置するだけで別のメジャーキーになる。これにはいくつか種類があって、決まった音階の集合体をスケールと呼ぶんだ」


 音の知識を解説する時にずっと思っていたのは、とにかくピアノが欲しい……と言うことだ。


 ピアノの鍵盤は白鍵がそのままCメジャーキーの構成音になっている。

 だから元の世界では、Cメジャーキーの構成音であるドレミファソラシドを音楽の最初の授業で習う。


 ある意味、元の世界の音楽学習は鍵盤楽器を使うことを前提に最適化されている気さえする。


 その点、鍵盤楽器に比べてギターは教育に使いづらい。

 ギターのフレッドは半音づつ順番になっているため、隣あうフレッド同士を同時に鳴らすと必ず不協和音になる。

 一つでもポジションを間違えると曲のキーから外れる場合も多く、ミスが目立つのはそのためだ。


 フレットを抑える指の形さえ覚えればピアノに比べて簡単に和音を弾ける分……

 音を解説する上で前提的な知識を持っていないと、本筋とは関係のない疑問を生み出しかねない。


(今後絶対に必要になるな……ピアノ)


 それに音楽は音階だけじゃない、リズムにも相当な量の知識がある。

 そこまでいったら、いよいよ言葉だけで解説するのが困難な領域に入っていくぞ……。


「大変そうだな……」


 しかい俺の感情は人生で一番高揚していた。

 人の力になれることがこんなに嬉しいことなんて想像もしていなかったから。


 そして俺達はついに本格的な異世界産ギター制作に入ることになる。

 俺らのこの活動が……国を超えた新しい物語の始まりになることも知らずに。

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