第8話 自分の城にようこそ


 後から聞いた話だと……

 研究発表は後日に延期。


 握手会が中断された後も、俺に会いたいという人はどんどん増えていき……

 結局それが落ち着いたのは次の日の昼すぎだったという。


 俺は広場が落ち着いたあとも数日間、王宮から出ることを禁止された。


(……なんかこっち来てから、ずっとどこかに隠れるように住んでるな、俺。)


 王宮としても今回の事は想定外だったようで……

 レナとチャドは連日王宮から呼び出しを食らっていた。


 どうやら俺の今後について、色々と話し合いを進めているらしい。


 与えられた部屋は豪華であるものの、暇つぶしできそうなものは本くらいしかなかった。

 ハウザー2世は豪華な装飾が施された天蓋ベッドが気に入ったのか、ボディに艶がでている気がする。


「……一体どうなるんだろう」


 つまらない部屋で過ごす4日目の朝。

 窓から外を眺めていると、レナとチャドが部屋に入ってきた。


「ミナトさん!ごめんなさい……ずっとこの部屋に閉じ込めているようで」

「平気だよ。それで状況は?」


 解答はすぐにチャドから返ってくる。


「ミナトの演奏を聞いて、王宮のほとんどの人が俺たち研究班の成果を称えてくれてるよ」

「じゃあレナとチャドの研究班も解散せずに済んだんだね。よかった」

「あぁ、それでさ……急なんだけど、王がミナトと話がしたいって言ってるんだ」


 王様が……!?


 漠然と偉い人が怖い俺。

 だけど、今の状況で悪いようにはされないだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺達はすぐ王と謁見することになった。


 RPGとかでは、玉座の間みたいな所で王から大切な話を聞くものだけど……

 王からの指示で、王宮の入り口にある例の大聖堂での謁見になった。


 王の到着が遅れているとのことで、俺達は大聖堂で数分待たされることになる。

 蒼の騎士団が慌ただしくしているところを見ると、そんなに遅くはならないだろう。


 俺は椅子に腰かけて、ぼーっと大聖堂の天井を眺める。

 するとレナが俺と同じく天井に視線を送り、尋ねるように聞いてきた。


「何見てるんです?」

「え……いや」


 俺が答えに困っていると、レナが続ける。


「そうえば、ミナトさん初めてここに来た時に言ってましたよね。『この建築どこかで見たことある』って」

「そうだったね」


 何度もここを通るうちに、その感覚は無くなりつつあったけど。

 未だに知らない異世界の大聖堂の建築に見覚えがあるのか、その謎は解けない。


「ミナトさん、もうここに来てから1週間なんですよ」

「そっか。まだ全然実感ないけど……」

「王宮がミナトさんを国民として認める正式な認可もおりたし、改めてこれからもよろしくお願いします。……えへへ」


 レナが照れくさそうに笑う。


 この笑顔とその綺麗な声を初めて聞いた時は衝撃だったな。

 もう……1週間経つのか。


 そんな話をしていると、たくさんの人を引き連れて王が大聖堂に現れた。

 後ろには交流会で俺を守ってくれていたアリスさんもいる。


「ファブリス王、こちらです」


 王は姿は、俺がイメージしている王様像とはかけ離れた人だった。


 爽やかな短髪に、ガッチリとした体格。

 とても見事な金の装飾つけた甲冑を身にまとい、明らかに他の人との身分の差がわかる。


 しかし、その風貌は王様というより兵士に近い。

 それくらい逞しく、何より若い男性だった。


 俺とレナ、チャドは王を視界にとらえ、立ち上がる。

 すると王は俺達に向かって言った。


「そのままでいいよ。敬礼もいらない」


 そう言うと、そのまま俺たちの向かいの席に着座し、大股を開いて俺の顔を見る。

 王との謁見というより、バイトの面接みたいな雰囲気だ。


「はじめましてミナト。私がこの国の王、ファブリス・アス・アレンディールだ」

「はじめまして……サクライ・ミナトです」


 王と謁見する時の作法なんて知らないので、何か失礼がないかヒヤヒヤしていたが。

 どうやらこの人は、そういう作法とかはあまり気にしない人な気がする。なんとなく。


「君を閉じ込めたみたいな形になってすまないな。君を迎えるにあたり、色々準備があったんだ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 話し方も妙にフランク……と言えば軽すぎるけど、変に緊張しない感じだ。

 王はそのまま話をつづけた。


「今後のことについて話したいんだが……その前に君と行かなければならない場所がある」

「……行かなければならない場所?」

「まぁ……国のしきたりというか、形式的な儀式というか……そんな感じだ。でもすぐに終わる。他の者はここで待っててくれ」


 そう言うと王は立ち上がり、そそくさと歩きだす。

 俺が慌てて王について行くと、後から数人の兵士もついてきた。


 王はズンズン王宮の奥へ進んでいき、歩きながら俺に言う。


「すまんね。王政の爺さん方がうるさいんだ……さっさと終わせて戻ろう」

「あの、どこへ行くんですか?」

「神様のところだよ」


 神様?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 連れてこられたのは、大聖堂の裏にある大きな廊下の先。

 大きな扉を開けると、地下へ続く階段があった。


 王に続いて俺も階段を降りると、兵士達は同行せず、階段の上で待っていた。

 階段の下にはまた大きな扉があり、どうやらこの先は王と二人だけで部屋に入るらしい。


「うい……しょ」


 王は重そうな扉を押して開く。

 俺も手伝おうと思ったが、さも王が当たり前のようにやるのでその隙がなかった。


「…よし。入っていいよ」


 そうして王に言われるまま中にはいると、そこは巨大な円形のホールのような場所だった。

 中心には立派な装飾が施された大きな台座があったが、それよりもその上に置かれた”それ”の存在感に目を奪われる。


「我らアレンディル王国の神……聖シエルの黒像だ」


 それは黒い石像だった。

 美しい少女の姿をしていたが、近くに行かないとその形が理解できなかった。


 理由は簡単で、異様なまでに黒いのだ。

 部屋はたくさんの松明で照らされているのに、石像は一切の光を反射していない。


 そもそも……石ではないのか?

 明らかに俺が異世界で見た何よりも異質なオーラを放っている。


「ここに」


 そう言って王は彼女の前に来ると、深く頭を下げた。

 俺もそれを真似して頭を下げる。


 数秒ほどで頭を上げると、王が言う。


「私たちはこの黒像を……何百年も神として崇めてきた」

「神として……?」

「あぁ。神を象った像ではなく、これ自体が我らの神なんだよ」


 神の像ではなく……神が像……ってことか?

 すると王は俺の方をみて、少しだけ微笑みこう言った。


「わけわかんないよな」

「……え?」

「さぁ、戻ろう」


 そう言うと、王はそそくさと部屋を出る。


「え?もういいんですか?」

「あぁ、誰も見てないし……別にかまわんだろう」


 彼についていくと、部屋から出る直前……

 聞こえるか聞こえないかのような小さい声で。


 王はこうつぶやいた。


「何かを成すのは、神ではなく結局は人間だからな」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その後、場所を王宮の大きな会議室に場所を移し、今後のことについて語ることになった。

 俺はレナとチャドと王の向かいの席につく。


 部屋には護衛なのか、アリスさんを含めて数人の『蒼の騎士団』もいた。


 あの真っ黒な石像を見た後だからだろうか。

 アリスさんの白い甲冑がヤケに眩しく感じる。


 そして王は微笑み、俺達に言った。


「さて、シエル様への謁見も済んだことで、ミナトも勲章を受け取る権利を得た」

「勲章?」


 レナとチャドを見ると、嬉しそうに視線を返す。


「あぁ、君はこれで我がアレンディル国民になっただけでなく、国の英雄として後世に語り継がれることになるだろう」

「え……英雄……」

「あぁ、終焉の冬霜(とうそう)以降、この国には暗いニュースしかなかったからな。それほど君の音には多くの人が熱狂し、同時に希望を見出した。改めて感謝するよ」


 そんな……大事な儀式だったのか。

 さっきの黒像への謁見。


 さらに王はレナとチャドを見て続ける。


「そして君たち二人も、長年誰にも成し遂げられなかった異世界召喚を成功させただけでなく、間接的に新たな文化をこの世界にもたらした功績は大きい。君たちにも相応しい称号を与えることになるだろう」

「ありがとうございます!」


 そう言うと、王は俺たちの見ている前で高級そうな紙に高級そうな印を押し……

 俺たちの前に一枚づつ置いた。


「それは君たち各々の功績を認める証書だ。まぁ、記念品程度に思っておいてくれ」


 レナとチャドはとても嬉しそうに自分の前に置かれた証書を見ていた。

 俺にはその紙の凄さはよくわからなかったが、2人が嬉しそうにしてると、こっちも嬉しくなる」


 王は話をさらに続ける。


「それで、今後の研究の計画についてはどのように考えているんだい?」


 レナが緊張した顔で、王に返答する。


「ミナトさんが教えてくれた音楽は、我々が終焉の冬霜(とうそう)以降、ずっと求めてきた新たな文化の礎になり得る財産です。未だこの世界にあるどの芸術も、あれほど人を熱狂させるものは存在しません」

「あぁ、それには同意せざるを得ない」

「私たち『異世界研究班』は、ミナトさんから音楽に関する知識を学び、それをこの国と人々に伝える義務があります。ミナトさんがよければ……ですが」


 レナのこの言葉が、俺には凄く嬉しかった。

 俺はすぐに了承する旨を王にも伝える。


「俺も、もちろんその研究に協力していきたいです」


 その言葉を聞いて、王が言う。


「今まで異世界研究という分野が、我々に一体何をもたらすのか誰も想像もしてなかった。しかし君たちは最高の形で、国民にその必要性を証明できただろう」

「はい!」

「しかし、水を差すわけじゃないんだが……。研究の主題を異世界のさらに音楽という分野に絞れば、これまで君たちの研究はこれまでと異なる方向に進んでいくだろう。チャド君の専門は異文化研究だったね?」

「その通りです」

「音楽は異文化研究の延長線上にある気もするが……。レナ君の専門は魔術だろう?異世界召喚の魔法陣が成功し、音楽と言う新しい研究目標ができた今、すでに君の専門分野とは逸脱し始めている気がするが……」


 確かに……レナは魔術専門の学者だ。

 音楽を普及させるための研究に魔術は必要ないようにも思う。


「誰も成し遂げられなかった異世界召喚という功績は非常に大きい。今なら君が望む魔術専門の研究班に移動させることもできる。それでもいいのかい?」


 王のこの問いに、レナはハッキリ言った。


「魔術以外で、こんなにワクワクするの初めてなんです。ミナトさんがこの世界に持ってきてくれた音楽が、私たちにどんな未来を作ってくれるのか……見届けたいんです」


 王はこの言葉を聞くと優しく微笑み、俺達に言った。


「いいだろう。これより君たちの班は新たに『異世界音楽研究班』と命名し、この国に音楽の普及することを目的とした王宮研究班として正式に認可する」


 『異世界音楽研究班』……。


「研究班の班長は、引き続き君がやるといい。レナ・キーディス」

「はい!ありがとうございます!」


 俺は今までにないほどワクワクしていた。

 この世界に来てから、自分が何者なのか……ずっと考えていたから。


 これで俺は、この世界に音楽を普及させるためにやってきた。

 そう胸を張って思える。


 すると今度は、王が俺に向かって話をする。


「それでミナト君、君も重々理解していると思うが……君は今や『異世界音楽研究班』だけではない、国中で最も注目されている重要な存在だ」

「……そうみたいですね。少しづつ実感してきました」

「君の命を守ることは、この国の未来を守ることと直結していると思ってる。そこで、彼女を君につけることにした」

「……彼女?」


 すると、王の後ろに立っていたアリスさんが一歩前にでた。


「ミナト様……私、王宮直下『蒼の騎士団』総長改め、ミナト様の個人警護の任を任されました”拒絶”のマリア・ヒルドルです。これからこの身を、永遠に貴方に捧げます」

「え!?」


 これにはレナ達も驚いたようで、それがすぐに言葉にでる。


「マリアさんは王宮を守る『蒼の騎士団』の総長ですよね!?王様を守るための重要な役目があるんじゃ……」


 すると、王はそれを聞かれるのを待っていたように返答した。


「側近達にも同じことを言われたよ。確かにマリアはこの国最高の騎士だ……。しかし『蒼の騎士団』は彼女だけではない。最強の騎士がずっと頂点に鎮座していては、下の兵士は育たないのさ」


 そう王が微笑むと、アリスさんは俺に深く頭を下げる。

 そしてさらに王は続けた。


「それと、もうひとつ。君たちは王宮内でも注目の的だ。ここじゃ集中して研究もできないだろう」

「……?」

「ミナトもずっと王宮暮らしという訳にもいかない……そこでミナト名義で、勝手ながら君たちの新しい拠点を用意させてもらったよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そう言ってアリスさんに案内された拠点は……デカい城だった。


「もともとは領主ベルン家の小城です。ベルン様が『終焉の冬霜(とうそう)』時代に亡くなってから暫く誰も住んでいませんでしたが、王の計らいでミナト様が新しいオーナーとなります」


 首都フロリアからほど近い山の中。

 来る途中からでもその巨大さがわかった。


 小城……小さいのかこれで。


 確かに王宮よりかは小さいのだろうけど、全体のサイズ感が視認できるからか、むしろ巨大に感じる

 アリスさんが小城について色々と説明してくれたが、ほとんど頭に入ってこない。


「『終焉の冬霜(とうそう)』が終わったのって10年くらい前なんですよね?それにしては随分綺麗ですね……」

「もともと王家の別荘のようなものでしたし、ミナト様が王宮にいる間、メイド達が総出で掃除しておりました」

「メ……メイドさんもいるんですか……?」

「えぇ、12人ほど。彼女たちも私と同じく王宮から給与が支払われます。24時間体制の住み込みでミナト様のお世話をさせていただきます」


 たった数時間でメイドさん12名を抱える小城の主になってしまった。

 怒涛の展開に立派な小城の前で立ち尽くしていると、レナが俺にいう。


「ミナトさん……あの……」

「え?」

「えっと……わ、私もここに住んじゃダメでしょうか……その、お部屋はたくさんあるみたいですし……少しでもミナトさんのお役にたてたら嬉しいなって思って……その」


 レナが恥ずかしそうにうつむく。


 いや、うん。

 どう考えても俺一人じゃ持て余すし。

 そもそも研究所の拠点として使えって言ってたし。


「どうせ俺一人じゃ、城の半分も使いきれないよ。一緒に住もう」

「あ、ありがとうございます!」


 そしてアリスさんにも俺が言う。


「アリスさんもここに住んでくれるんですか?」

「えぇ、ミナト様の警護が私の役目ですから」


 すると、その話の輪にチャドが強引に入って来た。


「おいおい!まさか女子だけとは言わねぇよな!ミナト!」

「……もちろん、チャドも一緒に住もうよ」

「っしゃあ!!!」


 こうして『異世界音楽研究班』は城を拠点とし……

 この世界に音楽を広める研究を行うことになった。


「ミナトさん……まずは何からはじめましょうか」

「そんなの、決まってるよ」


 音楽を普及させるために最初に必要なもの……それは。


「ギター制作……俺達で、この世界初の楽器を作ろう」




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