第7話 楽しい握手会へようこそ
大声で何かを叫ぶ男の人、蹲って大粒の涙を流す女の人……
両の腕をめいいっぱい振って飛び跳ねて笑う子ども達、手を合わせて拝むような老人。
壊れた人形のように手を叩いている人や、口をぽかんとあけて俺を見ている人。
まるでダムが決壊したように目の前の人々は笑顔や涙、多くの感情を隠さずに俺に向けている。
人々の声の集合体が王宮前広場に地鳴りのように響く。
(一体……何が起こったんだ)
国中の人達の感情……理性の蓋が一斉に吹き飛んだのか?
皆が俺を見て何かを叫んでいるが、うるさくて一人一人の声はまるで聴こえない。
何かやらかした……本当にそう思った。
その時……
「ミナトさん、こちらへ」
「……えっ!?」
俺の手を強く引いたのは、袖で見ていたはずのアリスさんだった。
成す術もないまま、ステージの裏に連れていかれる。
そこには次の研究発表を控えた亜人の学者がスタンバイしていた。
しかし大切な研究成果であろう沢山の書類を床に落とし、彼もまた膝をついて大声で泣いている。
「あああああッ!!ああああッ!」
アリスさんは何も言わないまま俺の手を引き彼を通り過ぎて……
人気のない倉庫のような場所に俺を押し入れると、振り向いてこう言った。
「ミナト様、少しこちらで待っていていただけますか……?」
「えっと……」
その時、俺は何が起こったのか尋ねようとした。
しかしアリスさんの顔を見て、それを飲み込む。
なぜなら、アリスさんも泣いていたからだ。
大粒の綺麗な涙をこぼし、陶器のように真っ白だった頬が赤らむほど。
「いえ……わかりました」
アリスさんも俺の視線で自分の涙に気づいたのか、手のひらで拭いながら部屋を後にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
待たされること10分ほど、広場の地鳴りのような声はまだ響いていた。
「ミナト様、お待たせしました」
再び部屋に入ってきたアリスさんの顔に涙はなかったものの、まだ頬は赤いままだった。
アリスさんは座る俺に視線を合わせるため跪いて言う。
「ミナト様、よくお聞きください」
「……はい」
「現在広場は国民が押し寄せ非常に危険な状態です。ほとんど暴動化していると言っていい」
アリスさんの真剣な表情に、俺は黙ったまま話を聞く。
「これは、あなたの出したあの音によるものです。できれば、貴方に協力していただきたい」
「俺の音?……協力するのはかまいませんけど……」
「急なことで混乱していられると思いますが、どうか今は指示に従ってください」
俺が頷くと、アリスさんも僅かに微笑んで立ち上がる。
そして壁に立てかけられてあるハウザー2世を見てこう言った。
「その……『ぎたあ』は、この部屋に置いておいてください。ミナト様ここを離れている間、騎士団がお守りします」
「わかりました」
「それでは移動するとしましょう。ミナト様、移動中は私の身体のどこでもかまいません。手で触れて、決して離れないようお願いします」
(アリスさんに触れる……?)
意味は分からなかったが、俺は立ち上がり、言われた通り彼女の真っ白な甲冑に右手で触れた。
すると何か不思議な暖かさで包まれた気がして、妙な安心感があった。
俺達がそのまま扉を開け部屋を出ると……
蒼い甲冑の着た兵士たちがびっしりと廊下で待機していた。
俺とアリスさんの姿を確認すると、力強い敬礼をする。
しかし、その兵士達の顔も泣いた後のように顔が腫れている人がほとんどだった。
そんな彼らに向かってアリスさんが指示をだす。
「私はミナト様を連れて王宮の騎士団控え室に向かう。ミナト様は私の技能(スキル)で保護しているが、ぎたあ の護衛は君たちが頼りだ……。任せたぞ」
その言葉に、兵士たちは声をそろえて「はッ!」と腹から声をだす。
「それではミナト様、参りましょう」
「はい」
アリスさんの甲冑からは決して手を放さず、歩きだした彼女について行く。
すると進む廊下の先から、だんだんと地鳴りのような声が大きくなるのがわかった。
扉を開けると、そこは広場だった。
――ゴオオオオオォォォォッッッッ!!!!!!!!!――
「……わっ」
視界は全て人。
扉から俺が出てきたのを視界にとらえると、塊のとなった人々の声が一際大きくなった。
たくさんの兵士達が溢れんばかりの人々を必死で止めている。
何人かが止める兵士の上や下から俺に触れようと手を伸ばしてくる。
秩序の無くなったその光景に恐怖すら覚える。
「アリスさん……!どうやって王宮にいくんですか……?」
声をかき消されないように大きな声でアリスさんに言う。
王宮はステージ後ろの階段を上がった先。こんな状態じゃろくに歩くこともできない。
するとアリスさんが、大衆のど真ん中を指さした。
「問題ありません……。まっすぐ進みます」
すると、彼女の身体がふわっと光を放つ。
そしてそのまま歩き出し、人々の中へ入って行った。
「……え」
アリスさんから離れないよう、彼女の甲冑に触れる手に力を入れたが……
人々はまるで見えない何かに押し出されるようにアリスさんの前で道を開ける。
しかしよく見ると、アリスさんの周りだけ透明なバリアでもあるかのように人が押し出されていた。
アリスさんは表情を変えず、俺が手を離さないようにゆっくりと……けれども凛とした態度で大衆の中を歩いていく。
「これは……?」
「私の技能(スキル)……『白皙の拒絶(ホワイトヴェール)』と言います。誰も私達に触れることはできません」
俺達は大衆のど真ん中を突き進み、王宮への階段を上る。
そこにもビッシリの人がいたが、誰も俺達に触れることは出来ないようだった。
アリスさんは俺が手を離していないか、何度も確認するように振り返る。
よく見ると蒼い甲冑の兵士が人々を制そうとあちこちで奮闘しているようだった。
しかしそのほとんどが群衆に飲み込まれ、ほとんど機能していない。
「こちらの部屋です」
階段を上がると、十数人の兵士たちが大門横にある小さな扉を守っていた。
アリスさんは技能(スキル)を解除して今度は俺の後ろに回り、押し込むように俺を中へ入れた。
その部屋は剣や盾などが立てかけられている倉庫のような場所だった。
数人の兵士達が入って来た俺とアリスさんの姿を見て敬礼をする。
部屋には椅子と長机が用意されていて、促されるまま俺はそこに腰かける。
「ミナトさんはここでお待ちを」
「あの……レナとチャドに会いたいんですが……」
「申し訳ありませんが今は無理です。事情は説明してあるので、これが落ち着いたらゆっくりお話しされると良いでしょう」
「……あの、俺はこの部屋で一体何を協力すればよいのでしょうか?
暴動化している人々。
俺は状況を一切わかってない。
協力しろと言われても、何をすればいいのかすらわからない。
そんな俺にアリスさんは、こんなことを言い出した。
「ミナトさんは特に何も…………あ、いや……そうですね、手でも握ってあげて、彼らの話を聞いてあげてください」
「……彼らの……手?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこから始まったのは、某アイドルグループもびっくりの異世界人握手会だった。
「本当に感動しましたッ……!今も涙が……。本当に…本当に凄かったです!」
「ミナトさん、あなたの披露した音……本当に美しかった…ッ!」
それはもう、目まぐるしい数の人が順番に部屋に案内されては、俺と握手しながら色々な言葉を言う。
人見知りなんてする余裕はなく、俺は彼らの言葉を聞くのに必死だった。
そして、彼らからもらう沢山の賛辞によって、俺もゆっくりと現状を理解してはじめていた。
どうやら俺の演奏は、この世界の人たちにとても強く響いたらしい。
「お願いします……うちの娘の頭をなでていただけませんか?」
「あああっ!ううううっ!」
中には涙で何を言ってるのかよくわからない人もいた。
とても慌ただしかったが、俺はできるだけ彼らの言葉を聞き逃さないように握手した。
だって彼らの感情を理解したとたん、無秩序に見えた人々の表情がとても優しいものであることに気づいたから。
そして、その言葉ひとつひとつが……
まるで「この世界へようこそ」と言っていくれているような、とても満たされる時間だった。
しかし……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから……なんと約7時間。
俺はその部屋に拘束されたまま、ひたすら人々と握手し続けた。
「大好きです……ッ!私はあなたと出会うためにここに来たのかもしれない……ッ!」
「あなたがこの世界に来てくれたことを神シエル様に感謝いたします……ッ。私、この時代に生まれてきて本当によかった……ッ!」
「お願いします……母の手を握っていただけませんか……?ありがとうございます。私もとても、とても感動して……」
数時間以上握手しているのにも関わらず、外から聞こえてくる音も、案内されてくる人も全然減らない。
兵士達も人を捌くのに慣れてきたのか、決まった時間が過ぎると強引に俺と握る手を剥がして次の人をいれる。
その振る舞いはまさにアイドル握手会のハガシさんそのもので……
おそらく死線をいくつもくぐって来たであろう屈強な兵士さん達が疲労でふらふらしている。
「どうか一列にお並びくださいッ!非常に危険ですッ!」
「順番にご案内いたしますッ!押さないでくださいッ!押さッ……!押すなッ!!」
小さな部屋の中であらゆる感情が飛び交い、目まぐるしく人々が移り変わる。
手の感覚はとっくに無くなり、表情も作れなくなってきた
当然、ほとんどの人が顔を覚える間もなく過ぎ去っていったが…
そんな中でも印象的な人もいた。
一人は高級そうなドレスを着た貴族の少女。
おそらく年齢は俺より低く、紫の髪がとてもきれいな可愛い女の子だった。
彼女は目にいっぱい涙を浮かべ、口にハンカチを当てた状態で部屋に入り……
俺の手を強く握って、他の人と同様とても興奮していた。
「私、ティナと申します。生まれてから私……あぁ、今まであんな音、聞いたことありませんでしたッ…!素晴らしかった……。ミナト様の音は、まるで失っていたとても大切なものが、私の中に戻ってきたような……とても暖かい感動だった……」
「あ……ありがとう」
とても上品な印象がある子だったが、凄い熱量に押される。
俺の目をまっすぐ見ながら、とても強く手を握る。
そして突然こんなことを言い出した。
「私、貴方に恋を致しました。驚かれると思いますが……私と結婚をしていただけないでしょうか」
「は!?え!?……結婚ですか?それは…えっと……」
俺が返答できずにいると、兵士が彼女の手を引き「時間です」と声をかける。
すると、彼女の表情は俺に向けていた柔らかなものから一変し、手を振り払って大きな声で兵士に訴える。
「触らないでッ!私を誰だと思っているの!?バルザリー家のティナ・バルザリーよ!?」
彼女の一変した態度に俺は驚いていたが、兵士はそれをわかっていたようで……
決して動揺せず凛とした態度で応対した。
「存じております。しかし三名家のご令嬢と言えど、この状況では特別扱いは出来かねます。ですからどうか、民衆の見本たる貴族の振る舞いをお願いいたします」
「……ふん、わかっておりますわッ!」
そう言って部屋を出る去り際、彼女は俺にこう言った。
「ミナトさん、絶対……絶対に私はあなたと結婚致します。ではまた……ふふ」
その時の彼女の表情は、寒気がするほどの冷酷さを感じさせた。
慌ただしい場でなかったら凍り付いてしまいそうなほどだ。
他にも印象に残った人がいる。
ティナ譲からさらに1時間後、部屋に入ってき15歳前後の少年だ。
彼は俺の前でも深くフードを被り、ティナ譲とは似ても似つかぬボロボロの装いだった。
手を握ると小刻みに震えていて、彼もまたとても興奮して目に涙をいっぱい浮かべていた。
しかし、彼は他の人と明らかに違う空気を持っていた。
灰色の髪と、まるで鮮血で染めたのではないかという真っ赤な瞳。
顔立ちが妙に整っていて……ティナ譲とは違う冷たさを感じる少年だった。
「ぼぼ、僕……ヴラドって言います。み、ミナトさん……すごかった……本当に凄かったです!」
「……ありがとう」
「僕、あなたのようになりたいんです……あの木製細工……僕にも作ることはできるのでしょうか?僕もあなたのようにあんな音を奏でてみたいのです」
「作るのはどうだろう……不可能ではないとおもうけど。奏でること自体は練習すれば、きっとどんな人でも出来ると思うよ?」
「どんな人……でも?」
そう言うと、ヴラド少年の真っ赤な瞳が、少しだけ光を失って濁った気がした。
彼はその瞳で俺を見ながら言う。
「やっぱり……人でないと、ダメ……ですか?」
「え……?」
ここで、兵士によって彼は連れていかれた。
亜人の子だろうか。
彼が言った言葉はもちろんだが、少なくとも普通の人間ではない何かを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、今に至る。
俺は握手のし過ぎで震える手を見ながら、ポツリとつぶやく。
「指紋って意外に無くならないものだな……」
自分でも何を言ってるのかよくわからなかったが、気持ちだけ理解してくれれば幸いだ。
心の中で現実逃避にも似た意味不明な自分語りをしていると…
アリスさんがローブ姿の男性と中に入ってきて俺に言う。
「お疲れ様です。平気ですか?」
「はい……あ、あとどれくらいいるんでしょう……?」
「それが、通信魔法でミナトさんのギターを聴いた国民が、どんどん広場に集まっているようで……」
その先を聞くのが怖くて何も言えなくなる俺を、アリスさんは心配そうに覗き込む。
しかし、しっかりと絶望的な数字は言った。
「もともと広場だけで数万人規模の式典です。市場の方まで人が溢れていることを考えると……最低でも2~30万人以上かと」
その数に圧倒され、ゴクリと唾を飲む。
アイドルの握手会だって数千とか数万とかそんなレベルなのでは?
ポール・マッカートニーのライブでも最高で20万ちょいくらいの動員数じゃなかったっけ。
「王宮にミナト様の部屋をご用意いたしました。『ぎたあ』もそこに。……交流はこれくらいにして、本日はそこでお休みください」
「……わかりました」
「それと、王宮の魔導士を連れてまいりました。本来は禁止されていますが、緊急ですので転送魔法で部屋の前までお送りいたします」
すると、アリスさんは一緒に入ってきたローブ姿の男性に「頼む」と声をかける。
男性は俺の手を掴むと、身体がふっと暖かくなる。
その姿を見ながら、アリスさんが少しだけ微笑んで……
「ゆっくりお休みください……お疲れ様でした」
と言って軽く頭を下げた。
――ひゅん……――
そして気付くと、俺は一瞬で大きな廊下の真ん中に立っていた。
荘厳な柱の装飾を見ると、おそらく王宮の廊下だろう。
目の前には大きな扉があり、そこには二人の兵士達が立っている。
彼らは俺を待っていたようで、姿を見ると敬礼し、その大きな扉を開いた。
体力的にもかなり疲れていた俺は、ふらふらとその部屋に入る。
そこはかなり大きな部屋で、立派な天蓋ベッドと一人で使うには持て余す大きなダイニングテーブルが置かれていた。
そしてそこには……
あの2人がいた。
「ミナトさんッ!」
「ミナト!」
「レナ…チャド……う”ッ!!」
レナとチャド。
レナは俺の姿を見るな否や、飛びつくように抱きついてきた。
疲労により俺の筋肉は大きな衝撃を受け流すほどの余裕はなかったようで、情けなくバランスを崩す。
「あっ!ご、ごめんない……私、嬉しくて……」
「大丈夫だよ……少し座っていいかな」
そう言って俺がベッドの上に腰かけると、チャドが目の前にきて、俺の手をとり強く握った。
「ミナト……」
「……?」
「凄かった……本ッ当に凄かったッ!」
そして、チャドは涙をこらえるようにうつむいて……
「ありがとう」
と、心の底から温度を込めた感謝を言ってくれた。
「ははっ……うん」
そんな二人の嬉しそうな顔が、なぜかとても嬉しくて。
ここで初めて自分のやり遂げたことに実感が湧く。
気付けば、俺の胸の中には一生分の感謝で満たされていた。
この時俺は思ったんだ。
俺はこの異世界で、生きていける。
いや、生きていきたいって。
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