第10話 続・ギタークラフトの世界にようこそ


 リリーが小城の工房で作業を始めてから数週間が経過していた。

 まずリリーが始めたのは、俺から可能な限りギター制作に必要な知識を引き出すことだった。


「俺のいた世界では、ギターに使われる木材は密度が高くて加工しやすいものが使われていたはずだよ」

「だとすると……まぁ、やっぱり広葉樹よね。ハウザー2世を見る限りそうだとは思ってたんだけど……。ちなみに、硬さとかは音に関係あるの?」

「……あると思う。ネックとボディで違う木材を使ったりするし」


 ギターの主な材料である木材には特に慎重で……

 彼女は何度もヴァルム爺の店を往復して俺に意見を聞いてきた。


 元の世界ではマホガニーやアルダーという木材が一般的だが、この世界にはそんな名前の木材はないらしい。


 木材ほどではないにせよ、象牙の代用品に関してもそうだ。

 ドラゴンや魔獣の歯、怪鳥のクチバシとか、加工できそうなものを手当たり次第持ってきては、俺の意見を聞いて材料選びの参考にしていた。


 そして城に来てからわずか5日ほどで制作に入り、現在はギター制作の佳境。

 工房の中にはすでにギターの形をした木材がいくつも壁に掛けてあった。


「うわぁ……リリーさん、やっぱり凄いです」

「へへへ、ありがとうレナ」


 俺とレナはその途中経過を見せてもらうため、工房でいくつかの試作品を見せてもらう。


 リリーは相変らず胸にサラシを巻いただけの露出度の高い恰好で作業している。

 ギターの方はどれも本当によくできていて、見た目だけならハウザー2世と何ら変わりは無かった。


 レナとリリーはこの一か月で仲がかなり深まっていた。

 もともとあまり人見知りをしない二人だし、分野は違えど専門家同士だ。気が合う部分も多いのだろう。


 ギターの試作品はどれも良くできていたが、一つ一つ使ってある木材が違っていた。

 俺はそれをリリーに尋ねてみる。


「どれも木材が違うね」

「うん。念のため色んな木材で加工の感じを確かめてるの。どの木材でもちゃんとした形にできるようにね」

「どの木材でも……?」

「だって、実際に演奏してみなきゃ良し悪しなんてわからないじゃない。原因が木材だった時、すぐ対応できるようにしたいのよ」


 それを聞いて俺は、改めてリリーって凄いと感心する。


 だって実際に作ったギターの品質が悪かった場合、考えられる原因をすでに想定し対策しているということだ。

 ものづくりの分野はよく知らなかったが、これがプロというものなのだろうか。


「ヴァルム爺もたくさん弦を作ってくれてるし、明日には実際に演奏できる試作品を渡せると思うわ」

「そっか。楽しみにしてるよ」


 壁に掛けられたギターのボディを一つ一つを見ながら、俺は横にいるレナに言う。


「リリー、本当にすごいよ。彼女に頼んでよかった」

「……そうですね。リリーさん、本当にすごいです」

「……?」


 この時、なぜか俺にはレナがあまり元気がないように見えた。


 ギターを見るたびに、何か悲しそうというか。

 ……寂しそうというか。


 そんなレナに気づいているのかいないのか、ギターを見る彼女にリリーが話かける。


「レナも凄いって。ミナト召喚したのも、レナの魔法陣なんでしょ?」

「……いえ、私なんかは全然ですよ……えへへ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そんなレナが気になりつつ、俺達は研究棟に戻る


 研究室に入ると、チャドが集中して何やら資料をまとめていた。

 俺は椅子に座りながら、彼の邪魔をしないように尋ねる。


「チャドがんばってるね。……何やってるの?」

「あぁ、おかえり。いや……ミナトが教えてくれた楽譜の読み方をまとめてたんだけど、面白いなぁって思ってさ」


 すると、チャドは自分が書いている資料を見せながら言う。


「ほら、楽譜の五線譜ってあるだろ?これって縦が音階、横が時間を示してるわけじゃん?これって古代ドワーフの作った建築用のインフォグラフィックと凄くよく似てるんだ」

「いんふぉ……?」

「わかりやすく言えば、建築で使う計算を一目でわかる図で表したもんだよ。今のアレンディル建築にも応用されたもんが使われてるんだ」

「へー……」


 チャドは普段ふざけているものの、さすがは異文化・歴史の専門家。

 自分から率先して知識をひけらかすことはしなかったが、たまにでるこういう知識は素直に感心する。


 そしてチャドはこう続けた


「ミナト。それで思ったんだけどさ、この五線譜の基本的な形式は残して……テキスト化する時には音符の表記を少し変えちゃダメかな?」

「音符の表記を変える?」


 音符はオタマジャクシなんて形容される、玉部分と旗部分で構成された♪(アレ)だ。

 この♪を構成する部分にはそれぞれ名称があり、旗部分を『符旗(ふはた)』、玉部分を『符頭(ふたま)』、そしてそれらを繋ぐ線を『符幹』と呼んでいた。


 学校でも音楽を習う文化のある元の世界の人にとって、この♪の形は、音楽を示す馴染み深いシンボルでもある。


「音符の表記を変えるって……具体的には?」

「例えば、2分音符の時はこう……4分音符は……こんな感じ。この表記はドワーフのインフォグラフィックでも使われていて、2の倍数を表しているんだ。この世界ではこっちの方が馴染み深いし、わかりやすく音符の種類を伝えられると思うんだよ」


 チャドの提案した記号は、『符頭』部分を丸ではなく、少し湾曲した別の形に変化させるというものだった。

 本来は全音符を〇、4分音符を●……みたいに表記するところを、ドワーフの図式を使って倍数ごとに形を変える。

 それはこの世界の文化的な知識のない俺には出てこないアイデアだった。


「2分音符から16分音符はいいとして、全音符はどうするの?」

「全音符はミナトの世界の楽譜表記にする。そうすれば休符に使う形も、本来の楽譜の意味を変えずに使えるだろ?」


 面白いアイデアだ。

 この世界の人にわかりやすく伝えながらも、『符頭』部分を変えるだけだから元の楽譜にさほど影響もない。

 何より倍数ごとに決まった形があるから、音符だけでなく休符にも使うことができる。


 ……もとの休符の形って2と4と8分でそれぞれ違う形だから、成り立ちを知らない人にとっては覚えにくいって聞くし。


「うん。いいアイデアかも。採用するかまだわからないけど、一度作ってみてもらえるかな?」

「おう!まかせとけ!」


 もし実際に使ってみて違和感がなければ、五線譜の良いところは残しつつ、こちらの世界の人にもわかりやすいテキストになるかもしれない。

 チャド、すごいや。


「レナ、チャド凄いね、こんなこと思いつくなん……て……」


 俺がチャドのアイデアに驚き、レナを振り返ると……

 そこにレナの姿は無くなっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……」


 レナは城庭のベンチでぼーっと空を眺めていた。

 工房でのことといい、明らかに変だ。なぜか元気がない。


 俺は彼女が心配になり、彼女の横に腰かけて話しかけることにした。


「レナ、大丈夫?元気ないみたいだけど……」

「ミナトさん……。あ、いえ……」


 するとレナはシュンと肩を落とす。

 この娘は本当に思ってることがわかりやすい。


「くだらないことなんです。本当に」

「……言ってみてよ」


 するとレナは、もじもじと話始めた。


「本格的に私たちの活動が始まってから……リリーさんもチャドさんも凄いなって思って」

「……?」

「自分の専門分野の知識を、ちゃんと音楽で活用している。私は音楽に関して……いっつも、ミナトさんに頼るばっかりなので」


 ……なるほどな。


 確かにレナの専門は魔術。

 ギター制作にもテキスト制作にも、それが活用できるところは少ない。


 王もそれを懸念してたし、本人もできると思ってたけど……

 他の2人が上手くやってるのを見て、不安になってるわけか。


「そんなことないよ。ここまでレナが頑張ってくれたから、俺も演奏ができるし……」

「わかっては……いるんですけどね、けど……」

「……?」

「リリーさんとチャドさんみたいに、ミナトさんのお役にたてないことが……なんだか歯がゆいんです」


 そう言ってうつむく彼女の顔は、相変わらずとても美しい。

 綺麗な声から放たれる言葉は、例えネガティブなものであっても……こんなに気持ち良い。


 俺は、この世界に来た時。

 彼女のこの声に救われたのに。


「俺達には、レナが必要だよ」

「……」

「自分の得意分野が、自分のやるべきことと同じ人なんて……きっと本当に少ないと思うんだ」


 レナが俺を見る。


「でも、自分のできることを積み重ねていけば……いつかその二つが交わる瞬間が訪れる。俺がそうだったから」


 何の役にもたたない、俺の音楽知識。

 それがこんな形で異世界で評価されるなんて夢にまで思わなかった。


 けれどそれは、レナがあの時俺にこう言ってくれたから。


『あなたが、この世界で初めての音楽を演奏するんです』


 アレが俺にとって、得意なことがやるべきことと”交わる瞬間”だった。

 本当に、本当に感謝しているんだよ。レナ。


 そんな俺の想いが伝わったのか……

 レナはニコっと微笑んで俺に言う。


「そうですね。確かにそうかもしれません……」

「レナ……?」

「今は自分にできること、やるしかありません……」


 そして、俺がこの世界に初めて来たときと同じ笑顔と声で……こう言った。


「ミナトさん、この世界に来てくれて……本当にありがとうございます……えへへ」


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