第3話 非情な現実にようこそ


 王宮は、とてつもなく大きい場所だった。


 俺が召喚された研究室(倉庫)は、特別質素な場所だったようで……

 部屋を出て二つ目の廊下を曲がると、もうそこは荘厳な柱が何本も並ぶ大きな大聖堂だった。


 講壇の置かれた台の前には、ベンチタイプの椅子が凄い数並んでいる。

 それでもなお解放感のある巨大な空間に、さらにたくさんの人達が歩いていた。


「王宮の一階は大聖堂になっているんです。休日はここでお祈りとかするんですよ」


 青の装飾が入った甲冑の兵士、頭が爬虫類の亜人、レナ達と同じくローブ姿の学者達。

 そこにいる人のほとんどが、俺に今いる場所が異世界だと強く意識させてくれる。


 しかし、唯一大聖堂の内装は、なぜか既視感のあるものだった。


(どこかで見たことあるな、こういう内装の建築……)

「ミナトさん、どうかされました」


 立ち止まり天井を見上げる俺に気づいて、レナが声をかけてくる。


「この建築……どこかで見たことあるなって思ってさ」

「すごい!ミナトさんは建築に詳しいんですか?」

「いや、そんなことないんだけど……。……てっ!」


 二人で雑談をしているように見えたのか、チャドが俺とレナの頭を小突く。


「ほら、さっさといこうぜ!ミナトの生活に必要なもん揃えなきゃならねぇし!街にいくぞ!街!」


 レナは随分と体幹が弱いようで、ちょっと小突かれただけなのにふらふらとしていた。

 そして不機嫌そうに自分の頭をなでながら、チャドに抗議する。


「ミナトさんはこっち来たばかりで色んな場所に目移りするのは仕方ないです。チャドさんは本当せっかちなんだから……」

「いやいや、レナ!俺たちの今の状況わかってんのか?マジでやばいんだって!3日後だぞ!?研究発表会!」


 そうえば、チャドがさっき「次の研究発表会で成果を挙げられなかったら研究班が解散させられる」みたいなこと言ってたな。

 言い争いながら歩き出す二人についていき、そのことについて疑問をぶつけてみる


「研究発表会って、具体的にどんなことするの?」


 すると2人はさっきまでの喧嘩なんてなかったかのように、元気な回答をくれた。


「ミナトさんからお話を聞いて、異世界にはこんな素晴らしい技術や知識があります!って紹介するんです!」

「アレンディルの研究発表会は凄いんだぜ!音の通信魔法陣を使って発表会の音声は国中に届くんだ!」

「音の通信魔法……?」


 よくわからないけど、ラジオとか携帯電話みたいなものだろうか。


「送信と受信用の魔法陣があって、二つをつなぐ事で音だけ転送させるんです」

「ミナトの召喚魔法陣にも転送魔法の技術が使われてるんだぜ?王宮が定期的に放送とかするから、どの家にもだいたい受信用の魔法陣があるんだよ」

「へー」


 思ったよりここの暮らしは便利なんじゃないだろうか?

 さすがにネットは無理だろうけど。


「ミナトさんにも生活に必要な魔法陣お教えしますね。それに『技能(スキル)』の習得もしてもらわないと」

「あ、確かにな。よーし、先に冒険者ギルドでミナトの技能(スキル)習得を済ませておくか」


 冒険者ギルド!?それに技能(スキル)!?

 魔法だけじゃなく……やっぱりあるのか!


 だんだん俺が知ってる異世界転生モノのファンタジーに近づいてきた気がする!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ……と、興奮したのが嘘のように。

 冒険者ギルドの受付嬢から貰った紙に書かれていたのはこんな文言だった。


【サクライミナトが現在習得できる技能(スキル)はありません】


「だはははははっ!どーやらミナトには冒険者の才能はないみたいだなーっ!」


 チャドが俺の紙の文字を見て大声で笑う。

 ギルドのロビーにいる大勢の大男たちも、俺を見て笑っている気がする。


 ショックで落ち込んでいる俺に気を使い、レナが言う。


「ミ、ミナトさん……技能(スキル)は冒険の経験を積めば、後天的に発現することもありますから……」

「……」

「それに私も技能(スキル)持ってないんです……。冒険とか戦いとか、全然ダメで……えへへ……だからそんなに気を落とさず」


 いや、少しだけ期待していたんだ。


 一見弱そうに見えて、使い方次第でめちゃくちゃ強い……みたいなのとか!

 戦闘向きじゃないけど、違う分野で凄く有用……みたいなのとか!


 まさか習得すら叶わぬとは。

 全国異世界転移&転生主人公適正テストがあったら、ぶっちぎりの最下位なのではないだろうか。


 あまりに落ち込む俺の姿を見て、レナが提案してくれる。


「ミナトさん!魔法はいかがです!?技能(スキル)と違って、努力すれば誰でも使えますし、やり方によってはオリジナルの魔法なんかも作れるんですよ!」

「魔法か!たしかにやってみたい!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ……と、期待したのが嘘のように。


「む……むずい……」


 まず見せられたのは分厚い2冊の魔導書だった。

 そこには魔法の知識が書かれているのだけれど、それがまぁ難しい。


 しかも中に書かれてるのはほぼ計算式で、適当なページをなんとなく開いただけで拒否反応が起こるほどだ。 

 レナが色々補足してくれてるけど…


「魔法陣の中には法門と呼ばれる円がいくつか描かれてあって、ここに指示を書き込むんです。それに対応するノードで指示を繋いで効果を発揮します……あ、ここが指示を書き込む部分ですね。例えば火を起こす魔法を使いたい場合、周囲の酸素と燃焼する媒介の物質をここに書き込みます。気体でも大丈夫ですが、気体燃焼による炎は得たい酸化反応の結果をちゃんと計算しておかないといけませんから気を付けてください。……えへへ。それで、こっちの法門内には空気の調整を行うための……」


 ……わからん!全然わからん!

 イメージしてた魔法と全然違う!


 すると、そんな俺を見てチャドがクスクス笑いながら茶化す。


「ミナト、もう限界か?」

「う…うん……魔法ってこう、呪文を唱えればズバッて出るものなのかと……」

「そういう魔法使い達は頭ん中で魔法陣を描いてるのさ。……魔法の勉強なんてやめとけやめとけ。俺にもさっぱりわからん」


 ……いや、嘘だろ。

 異世界に来て魔法も技能(スキル)も使えないのか……俺?


 身体に何か変化が起きているわけじゃないし、武器が振るえる筋肉がついたとも思えない。

 ……マジで俺、異世界向いてない。


「まぁ気を落とすなって。生活に使う魔法とかは、魔法陣が描かれた石板が売ってるし、全然問題なし!」


 そういうんじゃないじゃん!

 自分で使いたいんじゃん!


 再び気を落とす俺を見て、今度はレナも落ち込んだように俺に謝罪する。


「ミナトさんごめんなさい……私教えるのがうまくなくて」

「いや、いいんだ……。俺が勝手に想像してたものと違ったから驚いてるだけだよ」


 ついでに自分の才能の無さにも驚いてる。

 しかし、レナが落ち込む姿は見てられず、折れそうな心を無理やり立て直して彼女に言った。


「レナは魔法陣づくりが上手なんだね……たしか重力魔法の専門家って言っていたっけ?」

「はい!転送魔法とか、攻撃魔法の調整とか……重力魔法って色んな魔法を組み立てる基礎が詰まってるんです」


 それってどんなの……?

 と、聞こうと思ったけど、その質問をしたらまた膨大な計算式を含んだ回答が返ってきそうでやめた。


 するとチャドがレナに向かって言う。


「レナ、お前が王宮から勲章もらった時の論文のタイトル、ミナトに教えてやれよ」

「え?でも……でも難しくて、めちゃくちゃ長いですよ?」

「いいから」

「えっと……『マーリン式六芒星(ヘキサグラム)型64法門魔法陣を使った重力魔法の多重反応適合性が与える影響と法門ノード曲線の規定要因に関する研究』です」


 あー…。

 ……うんうん。


 あれでしょ?

 マーリン式へきさ……なんとかに関する研究……ね。

 ……知ってる知ってる。


 それを聞いたチャドがはぁあっと深い溜息をつき、俺の肩を叩いて言う。


「……な?」


 まぁ、言いたいことはなんとなくわかった。


「つまり、魔法ってのはこういう頭の中計算式がびっしりつまった勉強バカがちまちまやることなんだって!俺たちとは住む世界が違うわけよ」


 そう言われるとレナが不満そうにチャドに返した。


「ちょっと!誰が勉強バカなんですか!ミナトさんを召喚した魔法陣だって私が……あ!」


 するとレナの表情が何か閃いたようにぱっと明るくなる。


「ミナトさん!召喚魔法なんていかがです!?意外にシンプルなんですよ!契約の手順と転送魔法の基礎があれば使えます!」


 召喚魔法……ね。

 俺にできるのかな。


「うん、ありがとうレナ。2人の研究を手伝う以外にやることなんてないし、勉強してみるよ」


 運動神経のない俺は剣士にはなれない。

 頭の悪い俺は魔法使いにもなれない。

 どうやら専門的な役職も無理そうだ。

 

 俺って……この世界で、やっていけるのだろうか。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その後、街で生活に必要そうなものをそそくさと買い込む。


 いかにも異世界ファンタジーな街並みは俺の興味を強く引いたが……

 2人があまりにテキパキと買い物を済ませるのでじっくり見る時間はなかった。


 レナは「研究発表が終わったらゆっくり来ましょうね」と、例の綺麗な顔と声で俺に言ってくれる。

 発表会は2人にとって大事な行事らしいし、やることが山積みなんだろう。

 ……あと3日って言ってたし。


 買い物が終わり、俺はレナの家に泊めてもらうことになった。

 チャドが別れ際、ニヤニヤしながら「変な気おこすなよ」と茶化してきたので「しないよ」と軽くあしらう。


 とは言いつつ……

 女の子の家なんて元の世界でも行ったことがない。


 少しの期待を寄せて、二人で居住区と思われる路地を歩きながら彼女の家の前にやってくる。


「ここです。どーぞ!」


 ――ガチャ…――


 しかし、レナの家の中は、家と言うより物置だった。


「ご、ごめんなさいっ!最近研究室にこもりっぱなしで……」


 膨大な数の本が所せましと並んでおり、キッチンと思われる台や窯の中にも本が積み上がり頭をだしてる。

 レナは慌ただしく一番奥の部屋に入り、中の本を片付け始めた。


 部屋が一通り片付くと、レナは例の綺麗な声で微笑み、俺に言う。


「私は今日のことを書類にまとめなければいけません。ミナトさんは部屋でゆっくり休んでください……えへへ」

「うん……ありがとう」


 扉が閉まり、部屋が閉鎖された空間になると……

 身体の力が自然にぬけ、俺は「ふぅ……」と息をついた。


 買い出しにいってる間、質素な研究室に置き去りになっていたハウザー2世は随分と不機嫌そうで。

 切れた弦がそっぽ向くように、壁に向かってうなだれている。


 心の中で彼に謝罪をしつつ部屋の隅に立てかけて、俺は質素なベッドに腰を落とした。


「なんだか……すごい疲れた」


 たくさんの情報を脳が一気に咀嚼したからだろうか。

 身体はまだまだ元気なのに、瞼が勝手に閉じる。


 終焉の冬霜(とうそう)……だったか。寒冷化する厄災から復興する世界。

 そして異世界を研究し、復興した国に新しい文化を芽吹かせようとする学者。


 想像したものとは全然違う異世界。


(どうやら、この世界にチート能力を使う異世界転移主人公は必要ないらしい……)


 まぁ少なくとも、この物語の主人公は俺ではなさそうだ。


「はぁ……」


 でも、正直そっちの方が気楽。


 世界を救う大冒険はないにしろ、こんな俺でも役に立てることがある。 

 それだけでも少しは救われる。


 大きく息を吸い込むと、部屋に充満した本の香りが妙に気持ちを落ち着かせてくれた。

 一度死を経験したからだろうか。イレギュラーばかりのこんな状況なのにめちゃくちゃリラックスしてる。


 吸った息を雑に吐いて立ち上がり、俺はハウザー2世を手にとった。

 そしてもう一度ベッドに腰を落とし、頭を空っぽにして適当にギターを弾く。


「……」


 楽器を演奏する人ならわかると思うが……

 その日、初めて演奏する曲ってのはだいたい決まってる。


 いや、曲というよりほぼ手癖と言っていいだろう。

 チューニングも兼ねた聞き心地のいいフレーズとか、運指(うんし)の練習とかで弾く雑なリフ。


 なにも考えずに癖のまま弾くと、切れた弦を弾くときに指がスカる。


 その違和感がなんだか少し楽しくもあり、ハウザー2世の音のノリも良かったので……

 そのままベッドに頭も落として目も閉じて……爺ちゃんが好きだった古臭いブルースを弾いてみる。



 音楽のない世界で、ハウザー2世が歌う。

 どこでもこいつは変わらない。……まぁ、緊張とか無縁そうなヤツだし。


(もしかしたら今弾いてるこの曲が、この世界で初めて演奏される音楽なのかもな)


 そんなことを考えながら俺は、ハウザー2世との時間を楽しんでいた。

 すると…


 ――ガタガタガタンッ――バタッ――パリィンッ――


 と、ただ事じゃない音が扉の前で鳴った。


「……え?」


 色んな物が落ち、堅いものが割れ、重いものがたくさん落ちた音。

 これって……人が倒れた音?


「レナ?」


 俺はハウザー2世をベッドに寝かせ、慌てて立ち上がる。

 最悪の場合レナが扉の前で倒れていることも考え、扉をゆっくり開きながら廊下を確認すると……


「レナッ!」


 レナが膝をつき、手で顔を覆うようにうつむいていた。

 まるで何者かに襲われたかのように怖がっているのか、体を小さくし小刻みに震えてる。


 床には積み上げてあった本が散乱して、暖かい飲み物の入ったカップが割れ中身が床を濡らしてた。


 俺は膝をつき、彼女の安否を確認するため肩に触れる。

 身体の震えが手のひらに伝わってくる……。いったい何があった!?


 俺はもう一度彼女に声をかけた。


「レナ?……レナ?……何があったの…?大丈……」

「ミナトさん……ッ!」


 その時、俺を見上げた彼女の顔は真っ赤で、大粒の涙を流していた。


 その表情があまりにも美しすぎて……

 涙できらきらと輝く大きな瞳は、まるで宝石のようにすら見えた。


「いまの……い…はっ…今の音……うっ……うぅ…」


 しかし、何か伝えようとしている彼女は、上手く呼吸すらできていないようだった。


「落ち着いて?……レナ。大丈夫?…ゆっくり呼吸するんだ」

「はいっ……うぐ…はい…」

「いったい何があったの?」


 彼女の背中をさすると、レナは涙をこらえながらゆっくり話はじめた。


「わかりません……ミナトさんの部屋から聴こえてきた音を聴いたら…うぐ……」

「……?」

「胸の奥がいっぱいになって……」


……ん?


「どうしようもなく感動して……しまいました……」


 感動……?

 弦の切れたギターで弾いた、曲とも言えない古いブルースのリフだぞ……?


 しかし彼女の肩に触れた俺の手には、熱くなる彼女の体温が確かに伝わってきていた。

 あんなに俺に気を遣ってた彼女が、まるで感情の落としどころが見つからない子供のように、わんわん泣いている。


「……これは」


 この時、俺はその片りんを垣間見ていたんだ。

 この世界の人達にとって、音楽が一体どんな意味を持つのか。


 魔法とか技能のように、まったく種も仕掛けもないただの『感動』という感情が……

 一切の例外なく世界中のあらゆる人を圧倒する、絶対防御不可の兵器にすらなりえる力であることの片りんを。


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