第4話 首都フロリアへようこそ
昨日の一件から、レナの態度は急変した。
朝起きると、到底この家の本だらけのキッチンでは作れないような立派な食事が机の上に並べられている。
「えっと……昨日は……大丈夫だった…?」
「心配してくれてありがとうございます。けど、私の心配なんかしないでください」
肉、野菜、パン……豪華というよりも凄くバランスが良さそうな健康的な食事。
レナは俺がそれを食べるのを真剣に見ている。
「そんなこと言われても……昨日のあれは少し驚いたよ」
「平気です。それよりしっかり食べてください。ミナトさんを病気になんかしたら……私……」
なにかよくわからなったけれど。
レナの目には何か決意めいたものを感じた。
「ミナトさん……ハウザー2世のゲン……でしたっけ?あれは直せないんですか?」
「弦?そうだね。ふつうは切れたら交換するんだけど、この世界じゃ弦ないだろうしね」
「……」
レナは俺が残さず食事するのを見届けると、荷物をまとめて言う。
「ミナトさん、私、ちょっと出かけてきます」
「……え?うん。でも、研究発表会だっけ?もう時間あんまりないんでしょ?」
2人の話を聞く限り、研究発表会はかなり重要な行事らしい。
そこで成果がでなければレナとチャドの研究班は解散になるとも言っていた。
「ミナトさんは、心配しなくて平気です」
「……そう?」
「はい……。今日なんですが、帰るのは夜になるかもしれません。お暇でしょうから、街にでてもいいですが……絶対にこの紙に書いた場所へはいかないでください」
そういうと、何かが箇条書きにされたメモを俺に渡す。
そこに書かれた”行ってはいけない場所”は、かなり多かった。
「ここは、最近人通りが多くて危ないです。こっちは人通りが少なくて逆に危ないです。この通りは冒険者ギルドがあるので、血気盛んな人たちが多くて危ないです。こっちは…」
どれくらい危ないのか想像もできないけれど……
商店街みたいなところもあるし、昨日は普通に出歩いてた通りの名前も入ってる。
明らかに過保護すぎるリストアップな気がする。
「そんなこと言ったら、どこも危ないんじゃ……?」
「ほ……本当はずっと家にいてほしいくらいなんです……ッ」
「ちょっとくらい大通りの方行っちゃだめかな?……異種族のお店とか、少し興味あるんだけど……」
そう言うと、レナは顔をグッと近づけて俺の手を握り力強く言う。
「研究発表会までの数日だけです。……どうか、どうかお願いします」
眩しくて目を伏せたくなるほど整った顔と、寒気がするほどの美しい声。
その圧に押され、俺は情けなく「わ、わかった」と返事をする。
するとレナは少しだけ安心したような表情で微笑み、家のドアに触れた。
出ていくのかと思いきや、何かを思い立ったように振り返り俺に言う。
「ミナトさん……切れたゲン……あれ、お借りしてもよろしいでしょうか」
「いいけど……」
俺が切れた弦をハウザー2世から取り除き、彼女に渡すと……
レナはそそくさを家を出てしまった。
昨日は気楽にお散歩しようみたいなこと言っていたのに。
一晩で小学生の母親みたいに過保護になったレナ。
一体なにがどうしたって言うのだ。
「街にでてみようかな」
俺はやることも無いので、街にでようと思い立つ。
しかし、街の地図とリストアップされた場所の名前を見て絶望する。
「これ……実質ここしかいけないじゃん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その場所は、街のこじんまりした工房区だった。
商店はほとんどなく、カンカンと鉄を叩く音や木材を切る音がする通りだ。
ちょっとしたお店もあったが、どうやら工房の余った材料を並べてるだけの”業務用”っぽい雰囲気の店ばかり。
道を歩く人たちも仕事中の職人ばかりで、作業着や作業道具を身に着けている。
少なくとも、観光地ではなさそうだ。
「俺が入れるお店とかあるのかな……」
路地を挟んだ向こう側の市場はたくさんの人で賑わっている。
なにやら活気があるし、正直あっちに行きたい。
しかしレナの表情を思い出しグッとこらえると……
俺はとりあえず自分でも入れる店はないかなと作業音のする工房区を進みはじめた。
「……たしかに、この場所に危険はなさそうだ。」
工房区の人々は何かしらの作業に夢中で、道のど真ん中を歩いてる俺に見向きもしない。
道も広くて子供や老人とかも一人で歩いてる。
街の風景を眺めながら歩いていると……
こじんまりした木造の建物に『ヴァルム工房&材料店』と書かれた店が目に入る。
他の工房と違って、なんというか店構えがちゃんと“お店っぽく”開かれており、中に入りやすい。
レナから少しおこづかいを貰っていた俺は、何か異世界のモノを買ってみたいという衝動に駆られていた。
開かれた扉から中を少し確認して、ふらふらと中に入る。
すると…
「わッ!」
「!」
中から出てきた女の子とぶつかりそうになる。
お互い見合わせると、女の子は少し不機嫌そうに俺に言う。
「びっくりした……え!?なに、あんた客?」
「……えっと…そうで…す」
かなり強気な態度だったので、同じくらいの年齢の少女につい敬語になる。
少女は目が覚めるような鮮やかなオレンジ色のポニーテールを揺らす美少女だった。
上半身は胸にサラシを巻いただけのような……なんというかかなり防御力の低そうな恰好だ。
どうしても目に入る大きな胸に対して、そのあまりに無防備な恰好に一瞬戸惑ったが……
下半身が作業着だったのと手にトンカチのような物を持っていることで、この工房で働く作業員なんだなと理解する。
そんなことを考えていると、少女が振り返って工房の中に大きな声で言う。
「ヴァルム爺ーッ!客-ッ!」
すると店の奥から弱々しいかすれた声で「あいよー」と返答があった。
それを聞くと少女は俺に向き直る。
「いらっしゃい、私リリー。店番のヴァルム爺は耳遠いから、支払いの時は大きい声でお願いね!」
「あぁ、うん……わかったよ」
「あたし外で作業してるから、大きい物買う時は声かけて!オススメはアルフヘイム産の木材!じゃ、ごゆっくり!」
えらく流暢な話口と愛嬌のある笑顔で軽い営業を掛けると……
リリーはオレンジのポニーテールを揺らし、店前で何やら木材の採寸を始めた。
俺はとりあえず店の中に入り、まずは一通り中を見てみる。
その店は小さかったが、所せましと木材や鉄材が置かれてた。
店の奥には鉄製の機材のようなものが少し見えていて、作業場のようなものが併設してある。
視線を隅に移すと、凄く身長の小さい亜人のお爺ちゃんが椅子に腰かけてた。
昨日買い物する時に似たような見た目の亜人さんは見かけていて、確かノームと呼ばれる小人だったはず。
(あれがヴァルム爺さんだろうか…?)
キセルのようなものでポッポッポッと煙を口から出している。
店に充満するタバコのような香りは、どうやら彼の仕業のようだ。
俺は店に視線を戻し、箱に大量に詰められたピンポン玉ほどの木材のかけらを手に取った。
(家に帰っても暇だしな……木材でピックでも作るか)
ピックとは、ギターを演奏するための小さくて薄い板である。
と、レナとチャドに説明する時の文言を頭の中で考えながら……
堅そうな木片と商品であろうヤスリを数種類手に取ってヴァルム爺さんに持って行った。
「これください」
少し大きな声でお爺さんに言う。
しかし、返事がない。
(声が小さかったか……?もう一度)
「これ!くだ……ッ」
「何か作るのかい?」
すると、年季の入った良い声でノームのお爺さんが俺に問いかける。
予想外の反応に少し戸惑いつつ……
「えっと……はい」
と答えると、ヴァルム爺さんは嬉しそうにポッポと煙を吐いた。
「ものづくりは楽しいからなぁ……」
「え?……はぁ」
混乱した返事を返すと、お爺さんはまた嬉しそうに煙を吐き「2ゴールドだよ」と金額を言う。
俺がお金を渡すと……
「おい、リリー」
と、外で作業するリリーを呼んだ。
するとリリーがポニーテールを揺らしながら店に入ってくる。
「なに?ヴァルム爺」
「そこに立てかけてあるヤスリ、この子にあげなさい」
「ヤスリ……?あぁ、はいはい」
リリーは作業を中断し、店の壁に置かれた数種類のヤスリを手に取ると俺に手渡す。
そして俺の買った小さい木材を見て言った。
「何作るの?」
「……まぁ、趣味で使うものかな」
「ふーん。じゃあコレも上げる。樹脂で作った油性の溶剤」
(樹脂と溶剤……?あぁ、ニスか)
そういって彼女は棚の上に置いてあった瓶詰めの液体を俺に手渡した。
「……いいの?」
「えぇ。ヴァルム爺の作る樹脂製品は、王宮にも納品してるくらいの逸品よ。……だから、これからもごひいきに。お・きゃ・く・さ・ま」
そう言って二ヒヒっと爽やかな笑顔を向けると、彼女はまた作業に戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ヴァルム工房&材料店』でのちょっとした出会いを終え、俺はレナの家に帰る。
紙を敷いた机の上で黙々と木材を削りながらレナの帰りを待つ。
しかし、結局その日は俺が寝るまでレナは帰ってこなかった。
レナとチャドは俺から異世界の話を聞いて、研究発表で使うと言ってたけど……
大丈夫なのだろうか。
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