007 vs熊


 相変わらずの、オブリビオン中腹。


 拳大こぶしだい魂装カルマを成功させてから、カズキの魂力チャクラのコントロールはみるみる上達していった。


 怒りつつも、冷静にその怒りを支配下に置く、という心持を掴んだおかげだった。


 今では、手の形に力を放出し安定させることで、見た目の上では右手があるように見せかけることも可能になっていた。


 ただこれはあくまでも、“見せかける”だけで、まだ実際の手のようには扱えない。


 指先でなにかをまんだり、持ったりというようなことはまだまだできず、思うままに動かせるようになるのは、至難の業と言えた。


「よし、次はメシを獲ってくるのじゃ」


「……は?」


 そんな中で飛び出した、ルタの発言。

 カズキは言葉の真意がわからず、間抜けな声を出す。


「二度も言わせるでない。メシを獲ってくるのじゃ」


「いや、それはわかるけど……え、なんで?」


「なんでと? そりゃあ生き物は皆、食わねば死んでしまうからじゃ」


「いやいや、それもわかるけど。そうじゃなく、なんで俺がメシを獲ってくるのか、って意味」


「たわけが。うぬの魂装をさらに上のレベルに引き上げるために決まっておろう。

 そもそもうぬは、回復したくせに、なんでワシに毎回メシを用意させておるのじゃ? まったく、命の恩人になんたる傲慢か」


「……うざ」


「ぬ? なにか言ったか?」


「いや、なにも」


 今日までの食い扶持ぶちは、すべてルタが確保してくれていた。


 決まった時間になると拠点としている洞窟から出かけていき、ある程度の時間が経つと獣や魚を片手に帰ってくるのだ。


 確かに言われてみれば、カズキもルタに甘えていたところはあるのだが。


 なんとなく、こき使われているだけのような気もした。


「魂装を使い、狩りをするのじゃ」


「んなこと言われたって……」


 カズキは、お金を出せばおにぎりでもパンでも、腹が膨れる物がすぐ、安全に手に入る環境で育ってきた。当然、狩猟など経験したこともない。


 アウトドアが趣味、というわけでもなく、完全な素人と言って差し支えない。


「俺が獲れなかったら……メシ抜き?」


「うむ、そうじゃな。じゃからこそ精進せい。わしは腹ペコはごめんじゃ」


「それなら、自分で獲ってくれば……?」


「たわけっ! わしはうぬのためにあえて心を鬼にしているのがわからんのか!?

 断じて、めんどくさくなっているわけではないのじゃ!」


 腰が重いカズキに対して、ルタはぷりぷりと金髪を振り乱して叫ぶ。


 カズキはその姿を見て(あーこれ絶対めんどくさくなったやつだ)と思ったが、口には出さないでおいた。


 代わりに、


「なんかほら、コツとかないのかよ?」


 と聞いた。


 カズキとしてはそのぐらい教えてほしいところだった。

 自分が獲物を捕獲できなければ、ルタもメシ抜きになるのだから。


 ルタはお腹が減ると……絶対に激ギレする。


「コツか……強いて言えば、うぬの魂装は通常とは違い、変則的じゃ。武器の創出ではなく、身体再生の方向性で育っている。それを上手く転化し、応用することじゃな」


「……つまり?」


「武器を作り出そう、とするのではなく、自分の身体を武器化するなら、という風にイメージする方がいい、ということじゃな」


「自分の身体を武器化、か……わかった。やってみる」


「うむ。健闘を祈る」


 カズキは一つ大きく息を吐き、ルタに背を向けて拠点の洞窟を出た。


 イメージトレーニングを繰り返しながら、魚が獲れるという川に向かった。




「まぁ、うぬのような魂装を使いこなす者など、そういないのじゃがな……モノにできれば、あるいは――」


 ルタの独り言は、カズキに届くことはなかった。




    †    †    †    †




「結構流れ速えな……」


 幅が四メートルほどある河川の岸。


 水流に削られ、断崖になった岩の突端で、カズキは眼下の急流を見ながら呟いた。


 流れの所々にある岩が水を切り裂き、透き通る水を白く泡立てている。


 目を凝らすと、ふわりふわりと魚影が水面をうごめいている。


「魚も速っ……。これ、どうしろってんだよ……」


 カズキは魚の俊敏さに辟易した。


 あれをどうやって捕獲しろというのか――。


 昔のテレビのように、モリで突き刺して『獲ったどー!』と叫ぶのか、もしくは罠を張って追い込むのか、はたまた別の方法があるのか……。


 いずれにせよ、今のカズキに実現可能な方法は少なかった。


 ここに来るまでにイメージしていたのは、自分の右手が鋭利なモリになり、獲物を突き刺している情景だった。

 

うん、まぁ、結構好きな番組だったし……。


 だが、頭の中で自分の都合よくイメージするだけと、実際に動く生物を目の当たりにした後では、まったく持って勝手が違っていた。


 イメージ段階で持っていた自信は、一気にしぼんでしまった。


「あぁーあ、どうしたもんかなぁ…………ん?」


 カズキが懊悩おうのうしながら川面を眺めていると――

 耳に、妙な音が届いた。


 オォ、シィーッ。


 オォ、シィーッ。


「……っ!?」



 振り向くと――熊がいた。



 興奮しているのか、目が血走り後ろ足で立ち上がっている。

 その巨体はゆうに二メートルを超えている。この至近距離では壁のようにさえ感じる。


 カズキの頭上へ、口から涎が垂れてきた。


「グオオオォォ!」


「し、」


 ――死ぬ。


 カズキは再び、死を覚悟した。


 意識は恐怖で塗りつぶされて、身体は硬直し、鋭く曲がった熊の爪によって八つ裂きにされる……はずだった。


 しかし、ここ数日のルタとのトレーニングで、カズキの無意識が鍛えあげられていた。


 闘争本能、生存本能が本人の意識を超え、熊が振りかぶった右前足に反応し、魂装する。


「ぐっ!」


 右腕の先から、大きな板状の盾を展開し防御する。


 が、熊の膂力は受け止めきれず、右後方にふっ飛ばされる。


「あぶっ、ふぅ!」


 落ちた先は川の中。


 冷たい水が肌を刺すが、なによりも酸素を欲した。水中に飛び込んだ際に、肺の中の空気をすべて吐き出してしまっていたからだ。


 慌てて、酸素を求めて水面から顔を出す。


 カズキはまず反応できた自分に驚きつつ、大きく息を吸い、立ち上がろうともがく。

 川は足がつく深さではあるが、流れが早いせいで上手く立つことができない。


 足を取られ、踏ん張れないのだ。


「ウグオオォォ!」


 興奮状態の熊が、カズキ目掛けて飛びかかってくる。


 巨体にもかかわらず俊敏極まりない迅速な動きで、喉元へと黒い爪を飛ばしてくる。


「う、うぉ!」


 魂装で爪を受けるが、そのパワーに押し込まれ、再び川の中へ倒れこむ。

 そのまま組み敷かれ、重量で押しつぶされるか……と思った瞬間。


「こ、ん、のぉぉぉぉ!!」


 カズキは自分の右手が、どこまでも鋭利に天へと伸びていくイメージを強く強く願った。


 右手首から先が、そのイメージに合わせて金色に光り輝き、盾状の板を展開したまま、中心部が天高く尖っていく。


「グゴォォォォォォォォォォ!!」


 鋭くどこまでも尖り伸びていくカズキの金色の右腕に、喉元を貫通された熊が、血を吹き出しながら喚く。


 事切れる寸前のもがきか、両前足を振り回してカズキの盾へ爪を食い込ませる。


 叫びに合わせて血しぶきが細切れに震え、カズキの眼前に降り注ぐ。

 おびただしい量の返り血が、盾全体を赤く染め上げた。


「はぁ……はぁ……」


 カズキの息が、白くなって中空に消える。


 熊の目から生気が消え、動かなくなっていく。

 カズキは下敷きにならないよう体をずらし、川底に熊の巨体を投げ捨てた。


 熊の血液で、川がどす黒く変色する。


「熊に…………勝ったどぉーーーー!」


 思わず、勝鬨かちどきを上げる。


 期せずして、思っていた以上の成果を手にしたカズキなのだった。



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