005 爆発


 冷たさの残る乾いた風が、霊峰オブリビオンに吹きつける。

 身を震わせる肌寒さが、春が来たというにはまだ早いことを告げていた。


 そんな山の中腹に、影が二つ。


「まずは、うぬの中にあるリミッターを外す必要がある」


 声高に話すのは、小高くせり出た岩の上に立ち、教鞭をとるルタ。

 その前には、恭しく地面に正座したカズキ。


 体調がほぼ回復し、ルタによる魂装カルマの特訓がはじまっていた。


「…………ふーん」


 はじめて『魂力チャクラ』や『魂装』の説明を聞いて以来、カズキは様々な話をルタから聞いていた。


 この世界について――この世界は人間以外に『亜人あじん』や『魔族まぞく』がいるということ。

 そして魂装に絡み『魂装道具カルマ・サーダン』『魂装真名カルマ・ヴェーダ』など。


 魂装道具とは、ルタ曰く魂装真名によって発生する異能を、道具に閉じ込めて、一般人でも使用可能にしたものだそうだ。


 魂装真名とは、魂装を極めた者たちの中でも、さらに稀有な力を持つ者だけが発現させられる、超常的な力のことを指すらしい。


 この力の中には稀に、人々の暮らしに役立つものがあり、それを道具の形にして普及させようという試みが、数百年も前から続けられてきたそうだ。


 それが見事に結実けつじつした物が、まさしく魂装道具というわけだ。


 カズキも、ぜひそんな便利な力ならあやかりたいと考えたが、ルタに一蹴されてしまった。

 今のうぬには関係のない話じゃ、とぴしゃりと言われるだけだった。


 そうしてカズキは、小難しい話をここ数日、聞き通しだった。

 はじめはルタの博識ぶりに驚かされ、亜人や魔族がいるという話に胸躍らせていた。


 しかし今では、そんな驚きも薄れてしまっている。


 カズキとしては正直なところ、もう十分様々な話を聞いたため、そろそろ座学ではなく、実戦で鍛えてほしいと感じていた。

 が、それを言うとルタが怒る気がしたため、我慢して冷たい岩肌にこうして正座し、黙って耳を傾けていたのだった。


「前に話した通り、うぬは本来の力を『絞って』しまっているのじゃ。ゆえに、手はじめに全力がどれほどのものか知る必要があるわけじゃな。

 小さいものを大きくするより、大きいものを小さくする方が簡単じゃからの」


 ルタは得意気に続ける。

 カズキは冷たくなった足をさすりながら、話半分で聞いていた。


「どれ、それでは、さっそくやってみるか」


「え? もう話終わり?」


 あごで指示するルタに、カズキは思わず声を上げる。

 こんなに説明が短く済んだことが、ここ数日なかったからだった。


「うむ。まぁ、ここ数日話してばかりで少し飽きたのじゃ。習うより慣れろ、とも言うしの」


「飽きたって……」


 それはこっちのセリフだ、とカズキは言いかけて、ぐっと堪える。


「ほれ、四の五の言わずやってみぃ」


「いや、コツとかないのかよ?」


 やってみろ、と言うのは簡単だが、カズキとしてはそもそも全力フルパワーができないから、指輪のようなちっぽけなものしか具現させられないのだ。


 だからこそ、ルタに全力の出し方を教えてほしいのだが……。


「むー、強いてコツを挙げるならば、そうじゃのう……感情が昂ったときを思い出してみろ」


「感情が……昂ったとき…………」


 カズキはそう言われ、即座にあの瞬間を思い出す。


 国民全員に蔑まれ、国の魂装遣いに右手を切り落とされ、挙句国王には『無能』呼ばわりされ、山に捨てられた――思い出すだけで、激しい怒りが生々しく蘇る。


 全身の細胞が、活性していく感覚があった。


 すると――カズキの今はなき右手首の辺りが、ちりちりと熱を帯び始める。


「うむ、来たな。その調子で、感情の昂りから魂力の本質を見極め、使いこなすのじゃ」


 集中するカズキを見て、ルタは一つ頷く。

 どうやらルタには、他者の魂力の流れを読む力が備わっているようだった。


「ぐ、うぐぅ……」


 身の内から皮膚を焦がすような怒りが、カズキの全身を震わせる。


 怒りが高まっていくのに合わせて、右手に集まる魂力の熱量もどんどん上昇していく。

 高温を帯び、電気のような痺れを感じさせる。


「こ、これって……!?」


 カズキの全身が怒りで熱くなったタイミングで、光り輝く右手首が現れた。


「や、やった! 右手が、戻った! ルタ、これ、見てくれよ!」


 喜びのあまり、カズキはルタを呼んだ。

 しかしルタは、カズキの喜びに反して、深刻な表情を浮かべていた。


「なんと……魂装で人体の欠損部位を再現するなど、聞いたことがない……」


「お、おいルタ! どうしたんだよ?」


 ルタのどこか落ち着きのない態度に、カズキは微かな不安を覚える。


 このままではなダメなのかと思い、視線を右手に戻す。

 未だ、黄金色に明滅した右手がそこに在り、指先は不規則に宙を彷徨さまよっている。


 やはり、右手が現れている。

 これが魂装のおかげなのかどうなのか、今のカズキには知る由もなかった。


 しかし――

 せっかく、こうして右手が出たんだ。どうせならもっと――


 カズキは痛いくらいに胸を叩く心臓の鼓動に合わせて、全身の毛穴が開いていくような気がした。


 熱と痺れを伝えてくる右手首を左手で掴み、言い表せない興奮を抑えつけるように、力を込めて握り直した。


 その瞬間、左手から、なにかの力が右手首から先へ向かって、荒々しく脈打ちながら流れ込んだのがわかった。


 なにかくる――カズキの生物としての勘が、告げていた。


「これは……っ! いかんッ! 今すぐに魂装をやめろ!!」


「え、ど、どうし――」


 ルタが叫ぶと同時、足場にしていた大岩の影に身を隠した。


 言葉の意図を確認する暇もなく、カズキの黄金の右手が、突如として大きく膨れ上がり、そして――



 爆発した。



「ぐあっ!?」


 爆発の轟音ごうおんが周囲を揺さぶった。


 カズキは爆発の衝撃で、後方に数メートル吹き飛んでいた。

 背中を地面に強かに打ち付け、肺から酸素が一気に吐き出される。


「ごほっ、げほ! ……な、なんなんだよ、一体……!?」


 大量の土埃が舞い、辺り一面を灰色の幕が覆っている。

 視界不良の中、カズキは自分の右手がなにを引き起こしたのか、判然とせずにいた。


「ルタ……おいルタ! 大丈夫か!?」


 気がつき、カズキは呼ぶ。


 無事なのか?


 急ぎ岩の影に隠れたのは確認していた。しかしもし、爆発が岩ごと吹き飛ばしていたら――嫌な想像がカズキの頭を埋め尽くした。


「あぁ……」


 爆発は、ルタが身を隠した巨石を半分以上えぐり、吹き飛ばしていた。

 カズキの全身に虚脱感が充満し、胸中に深く暗い感情が溢れていく。


 俺が、ルタを――




「うぬっ、わしを殺す気かっ!!」


 聞こえてきたのは、ルタのおかんむりな声だった。

 半分残っていた岩陰から、顔だけ出して怒鳴っている。


「ルタ……!」


 生きていた。

 カズキの身体から、今度は良い意味で力が抜けていった。


「よかった……」


 安堵感に思わずへたり込むカズキ。

 そこへ、怒髪天どはつてんを突いた金髪が、土煙を切り裂いてむんずむんずと向かってくる。


「こんのぉ、たわけがっ!」


「あいでっ!」


 そして容赦なく、カズキの足を蹴り飛ばした。


 一発喰らわせたあとも、ルタは「こんにゃろ、こんにゃろめ!」と何度も何度もポカスカとカズキをタコ殴りにする。


「い、痛い、いた、いてぇってば! お、俺まだ病み上がりだっつの!」


「この阿呆め! 全力を出せ、とは言ったが、限度があろうが!

 命の恩人を殺す気なのかうぬはっ!? 恩を仇で返す系アウトローなのかうぬはっ?!」


 小さな身体で目一杯怒りを表すルタ。

 目が恐ろしく吊り上がっている。


 その姿はカズキからすれば、ほんの少しだけドラゴンのように……見えなくもなかった。


「毎度、あんな思いをさせられてはかなわん! 必ず『魂力』のコントロールを覚えろ! いいなっ!?」


「は、はい……」


 ルタの迸る怒りに、カズキはただただ怯えて返事をするしかなかった。

 だがそれ以上に、相棒であるルタが生きていてよかった。


 同時に――


「…………これを、俺が……?」


 カズキの視界でやんややんやと騒ぎ立てるルタの背後。

 巨大な岩がいくつも転がっていた山の中腹は、異様な殺風景に変わり果てていた。


 視界にあったものがほぼ吹き飛び、巨大なクレーターができあがっていたのだ。


 その情景が、カズキの力が暴走したときの危険さを、寒気がするほどに物語っていた。


 カズキは、今はない右手首から先を、見つめることしかできなかった。



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