第15話 結城真帆の刻苦事情(3)
「うざい」
「いきなりひどいよ!?」
「ひどいのは結城さんでしょ? さっきから誰と浮気してるわけ?」
「浮気ってそんな……」
「あの日の約束はウソだったの? 私を弄んで楽しんでたっていうの!?」
金曜日の昼休み。
今日も咲ちゃんは元気いっぱい。
でも声とは違ってメロンパンを食べる顔は穏やか。すごい演技力。
大きな声だから、ちょっとだけ周りの目が集まるけど、またかよって空気になる。
こっそり恥ずかしい私とは反対に、咲ちゃんはどこ吹く風。
「んで? さっきから手放さないスマホで誰と繋がっちゃってるわけ?」
いじわるな顔をして前のめり。曖昧に笑って目を逸らした先にあったスマホがブルっと震える。
咲ちゃんは猫の様な速さで手に取ると、左人差し指を口元に当ててキラキラした目で言う。
「あららぁ? 今時メールでやりとりですかぁ? お相手は何処の何方ですかぁ?」
別に隠すようなことじゃないけど、なんか言いたくない。
「教えないと返さないぞっ?」
アニメみたいな声でウインクと一緒に舌を出す。楽しそうだなぁ。
えっと、どうしよう。べつに話しちゃってもいいよね……?
校則でダメなわけじゃないし……。
「店長さん」
「んにゃ? 店長さん?」
「うん。バイト先の」
ん~? と首を傾げた咲ちゃんが驚いたような表情になる。
「としうえっ、年上ですって!?」
「えっと……?」
「しかも店長というからには少なくとも二十歳以上! ハァッ! かわいらしい顔をしてそんなっ! ハァッ!」
身振り手振りを付けた無駄に大袈裟な反応に、ちらちらと周りの目が集まる。
ひそひそ、ちらちら。
なんだか妙に注目されているような気がして、ちょっと恥ずかしい。
「若さかっ! その若さを武器に口説き落としたのか!」
ざわざわ。
やっぱりかなり恥ずかしいっ!
「……きらい」
「ごめんなさい調子乗りました」
とっても楽しそうな目。いじわるだ。
「店長さんは店長さんだよ。これは、学園祭のことで、ちょっと」
「学園祭のこと?」
「うん」
「どうしても学校でしたいってこと?」
とても慎重な聞き方。あれ、そんなに難しいこと言ったかな?
学校でしたいって、お菓子作りのことだよね?
「うん。せっかくだし、頑張りたい……みたいな」
「やっぱり彼氏じゃないですかー! しかも! ハァッ! 学校で、そんなっ! ハァッ!」
「だからそういうのじゃないってば」
あと声が大きいってば……。
「でも好きなんでしょ?」
両手で顔を隠して、指の間から覗き見るように言った。
店長さんのことは尊敬してるし、好きか嫌いかなら好きだけど、咲ちゃんが言ってるのとは違う気がする。
でも好きじゃないって言うのも、なんか違う……。
「とにかく、咲ちゃんが思ってるような関係じゃないよ」
「じゃあどういう関係なの?」
「どうって……」
どういう関係なんだろう。
アルバイトと店長……師匠と弟子……先生と生徒……先輩と後輩?
私は店長に教えていただけて、店長も教える事で勉強になるって言ってくださったし、先輩と後輩が近いかな? ちょっと歳が遠いけど。
うーん、やっぱりちょっと違う。
もう少し距離感が遠いような気がする。
言葉にするなら、
「……互いを利用しあう関係、かな?」
あれ、なんでビックリしてるの?
それと、なんだかさっきより注目されてるような……?
「利用……しあってるの?」
「なんか言葉が悪いけど、うん、そんな感じ」
「へぇ、そうなんだ……意外だなぁ……」
「そうかな?」
「それって、結城さんは将来の為に手とり足とり教えてもらって、代わりに相手は、悦んでる、みたいな?」
将来……そうだよね。だって私パティシエになりたいんだもん。
店長さんは、よろこんでるのかな?
教えるの楽しいみたいなことは言ってくれたから……まいっか。
「うん、そんな感じ」
うそでしょ、おいマジかよ、みたいな声が聞こえてくる。
咲ちゃんも驚きを通り越して困ったような表情になった。
あれれ?
「私、おかしいこと言った?」
「逆に聞くけど、おかしいと思わないの?」
「ふつう、だよね?」
「そ、そっか……見かけによらず……」
「なに?」
「ううんっ、えっと、なんていうか……もう何回くらいやったの?」
やるって、なんだか変な言い方。
えっと、教えてもらった回数だよね。
それなら先週ケーキを作ってもらったのが初めてかな?
「まだ一回、かな」
「そう、なんだ……あのさ、やっぱり、痛いの?」
「え? そんなわけないじゃん。楽しかったよ?」
「楽しかったんだ、へぇ……」
「うん。ほとんど見てるだけだったけどね」
「あ、うん、そうなんだ……やらされたりは、しなかったの?」
「やらされるって、失礼だよ」
「ごめん……えっと、やらせてもらったり、したの?」
「すこしだけ」
「ど、どんなこと……?」
「どんなこと?」
なんだろ、もしかして咲ちゃんも興味あるのかな?
……なんか嬉しいかも。
えっと、あのときは確か……生クリームと仕上げを少しやらせてもらえたから……。
「かきまぜたり、ぬったり……あと後片付けかな」
「あとかたづけ? はじめてなのに?」
「うん。綺麗にするにもコツがあって、すごく勉強になったよ」
「……そう、すごいね」
ほんとに変な咲ちゃん。いつも変だけど。
といっても、まだ出会ってから二ヶ月くらいなんだよね。
時間で言えば、店長さんとも同じくらいなんだ……長いような、短いような。
「ねぇ、もしかして咲ちゃんも興味あるの?」
「えっ、あ、あたしには……ちょっとハードル高い、かな」
「そっか……」
少し前まで前のめりだった咲ちゃんが、今は少し遠くにいる。
もしかして照れてるのかな? もっと恥ずかしい事いっぱいしてるのに、どんな基準なんだろ。
「ねぇ、それ興味あるんだヶど、ぃい?」
「う、うん。いいよ」
びっくりした。突然声をかけられちゃったよ。
御門さん、だっけ?
おとなしそうな見た目だけど、普段の発言とかを聞いていると、ちょっと怖い印象のある人。
興味あるってことは、御門さんもパティシエを目指してるのかな?
……それはなんだか嬉しいかも。
「そいつって金払ィいい?」
なんだかすっごく上からの言い方。しかも失礼。
お金って、お菓子じゃなくてバイトの方に興味があるってこと?
なんか……なんかやだ。
「うん、いっぱいもらえるよ。でも今は募集してないって」
「っ、んだよ」
舌打ちって……。
しかもそのまま何処かに行っちゃった……。
もやもやしながら咲ちゃんに向き直ると、人差し指を口元に当てて、小さな声で何かを言っていた。
「咲ちゃん? どうかしたの?」
返事がない。
何だろうと考えながら何度か呼びかける。やっぱり返事がない。
やがて小さく頷いた咲ちゃんが真剣に言った。
「正直、ビックリした。でも、でもね結城さん。あたし、結城さんのこと大好きだから」
「な、なに突然……」
「どんな結城さんでも、友達だからねっ」
また演技の練習かな。
でもいつもより真剣な顔。
うー、わかんない。
「お友達は良くても、クラス委員としては見逃せません」
犬飼君……?
見逃せないって、何が? バイトのこと?
「……えっと、校則で禁止されてるわけじゃないのに、なんで?」
「結城さん、お金を得る方法なら、他にいくらでもありますっ!」
な、なんでそんな真剣な感じ?
他にって……え?
そんなことより、
「あの、お金の為にやってるわけじゃありません」
思わず、私の口調も強くなる。
だから少し驚いたのか、彼の眉がピクっと動いた。
「なら、何のために?」
「何の為にって……好きだからです!」
この時の委員長の顔は、今でも覚えています。
もちろん、咲ちゃんのことも。
なんであんな顔するんだろうなーって、とにかく疑問でした。
ただひとつ、この日から、なんだか視線を感じるようになりました。
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