第14話 結城真帆の刻苦事情(2)

「助けてください!」

「……裏から、お願いします」

「はい! えっ、あっ、わわわわ!」


 先週にも見た光景だ。

 何やら慌てている様子だったけど……助けて?

 

「あの学校で私あの学園祭であの助けてください!」

「……落ち着いてください」


 裏口が開くと同時に結城さんが早口で言った。

 いつもより多く回っていて相当に慌てた様子。

 それはもう、制服のスカートが舞うくらいに……。


「ふぁぅぅ、目が回りましたぁ……」

 



 火曜日の朝。

 寝かせておいたスポンジ等を持って登校し、部活で使う冷蔵庫に入れた。


 昼休み。


「おーい」


 生クリーム、うまくできるかなぁ。


「結城さーん」


 えっと、声を聞くんだよね……どんな声なんだろう。


「結城、さん? うそでしょ、ねぇ、お願い返事をして! 結城さん!」

「はい! えっ、あっ、え?」

「やっと返事した。どしたのさ、昨日からぼーっとしちゃって」

「咲(さき)ちゃん? どうして泣いてるの?」

「あっ、これ泣いてるように見える? 見えちゃう?」

「もしかして演技の練習? すごいね」

「やーめーてーよー、演劇部期待の新人だなんて言われたら照れちゃうよぉ」

「あはは……」


 前の席の山本咲ちゃん。

 昼休みはいつも二人で食べる。

 

「それで、何かあったの?」

「……なにもないよ?」

「咲ちゃん相手に嘘なんて千年はやいんだぞ」

「…………」

「ふむふむ。週明けから突然様子がおかしくなった。ちらちら時計を見て落ち着かない様子。しまいには声をかけても気付かない、つまり考え事をしている……ここから導き出される答えはひとつしかない! 結城さーん、それならそうと言ってよもぅ!」

 

 周囲を確認したあと、私に耳打ち。


「……彼氏できたんでしょ」

「ちがうよ?」

「ありゃりゃ? じゃなに? なんなの?」

「……えっとね」


 その日の午後。


「すごい! すごいよ結城さん!」

「ほんとっ?」

「テスト期間中に部活の冷蔵庫を私物化しちゃうなんて! すごい!」

「あ、そっち……」

「あとケーキも美味しい! 美味しいよ結城さん!」

「……そっか、えへへ」


 次の日の朝。


「作りすぎちゃったんだ……」

「……うん、どうしよう」

「クラスで配ったら?」


 また次の日の朝。


「これ結城さんが作ったの!?」

「すげぇ! うめぇ!」

「ケーキとは、これほど美味しくなるものなのですね……」


 今日の朝のST


「えー、昨日までのテストお疲れ様でした。さて学園祭の話なのですが、先生が言うには、この時期に決めておかないと時間が無いそうです。何か案はありますか?」

「はい! 喫茶店がいいと思います!」


 委員長の犬飼(いぬかい)君の問いかけに、咲ちゃんが即答する。


「結城さんがいるんだもん。ゼッタイ盛り上がるよ!」

「……ちょっと、咲ちゃん」

「そうですね。昨日のケーキは素晴らしかった」

「……えっと、あの」

「賛成でーす! 面白そう」

「俺も!」

「私も!」

「……あの、みんな」

「せっかくだし、オリジナル商品とかどう?」

「それいい!」

「……え、オリジナル?」

「メイド喫茶!」

「今時メイド縛りとかないわ。古い」

「コスプレ喫茶!」

「それだよそれ」

「皆さん、少し待ってください。いったん話をまとめましょう」


 コホン。


「その前に、大前提を忘れています。結城さんは、どうですか?」

「……えっ、わたし、ですか?」


 正直、むり。

 でもクラス中から注がれる期待に抗う術なんて、あるわけなくて……。


「……やってみよう、かな」


 降り注ぐ拍手と歓声の中で、ひたすら上を見ていました。




「……なるほど」


 幾分か落ち着いた結城さんから話を聞いて、大筋は理解できた。


「……頑張ってください」


 そのうえで応援する他ないと思ったのだけど、結城さんは涙目のままだ。


「……良い経験になるのでは?」

「うぅ、それは、そうなんですけど……」

「……何か、問題が?」

「オリジナルなんて、無理です……」

 

 なるほど。それで助けてください、つまりアドバイスを要求されているのだろう。


「……難しく考えないでください」


 ぐすんと鼻を鳴らして顔を上げる。

 期待の込められた眼差しが妙に重たい。


「……たとえば、形を変えるだけでもオリジナルになります」

「かたち、ですか?」

「……はい。通常は丸いスポンジを星形に変える、それだけでも立派なオリジナルで…だよ?」

「だよ?」

「……いえ、気にしないでください」


 最近妙に「です」という言葉遣いに違和感を覚えてしまう。

 何か代案は無いものか……。


「かたち……」


 いつにもまして真剣な表情で呟いた。

 正直、偉そうに助言できるような立場ではないのだけど、少しは役に立てただろうか。


「あの、店長さん!」


 やがて顔を上げた結城さんが、何かを決めたような表情で言う。


「よかったらそのっ、手伝ってくれませんかっ?」

「……手伝い?」

「はい! 私、一度見たら忘れられないようなものなんて作れないよ、皆にガッカリされちゃったらどうしようってすっごく不安だったんですけど、店長さんのおかげでとっても楽になりました」


 一度見たら、忘れられないようなもの?


「でも、やっぱり私だけじゃ可愛くて面白くて美味しいものなんて作れません……」


 かわいくて、おもしろい?


「でもでも、店長さんが手伝ってくれたら、出来るような気がするんです!」


 ……。


「ダメ、でしょうか……?」


 正直なところ、力になれそうにない。

 見た目というのは自分にとっても課題なわけで、店にも魅力的なオリジナル商品なんて置いてないわけで……。

 だけど結城さんから注がれる期待に抗う術なんて、あるわけなくて……。


「……はい、こんな未熟者で良ければ」

「未熟なんてそんな! 店長さんのケーキは世界一です!」

「…………過度な期待は、しないでください」

「やったぁ! 店長さんが手伝ってくれる! わーい!」


 コンクールで優勝したみたいに跳び回って喜ぶ結城さんの声を聞きながら、ひたすら上を見ていました。

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