第13話 結城真帆の刻苦事情(1)


 生まれてから十五年と少し。

 初めての、お給料。

 

 学校で何度も時計を確認した。

 ずっとそわそわしていた。

 そして今、銀行を目の前に緊張が最高潮を迎えている。

 

 部活が終わってから真っ直ぐ走ってきたことで乱れた呼吸を整え、いざ。

 

 自動ドアが開きました。中に入ります。

 人影がありません。無人です。

 前方に三台の機械が並んでいます。


「えっと、どれも同じだよね……?」


 全部同じに見えるけど、でも……うーん。


「どーれーにーしーよーうーかーな……」


 神様の助言に従って、左に足を向ける。


『いらっしゃいませ』

「はいっ、いらっしゃいましたっ!」


 ビックリした。

 思わず返事をしちゃったけど、他には何も言ってこない。

 そうだよね、機械だもん。

 はぁ、他に人いなくてよかった。恥ずかしい……。

 

 気を取り直して操作画面を見る。

 えっと、お引き出しを押せばいいんだっけ?


『通帳、またはカードをお入れください』

「はいっ、すみませんっ!」


 またやっちゃった!

 うぅ、ほんとに他の人いないよね……?

 くるくる回って周囲を確認。よし、誰もいない。


「ええっと、通帳通帳……」


 鞄からお父さんの名義で作った通帳を取り出す。

 

「ここかな? 通帳って書いてあるし……あれ、入らないよ? なんで?」


 思い出した。まずは通帳を開かないとだった。


 ええと、確かこのページだよね?

 作った時に千円だけ入れたのもこのページだったし……よし。


『お手数ですが、もう一度初めからやり直してください』

「えっ、なんで!?」


 なんだか怖くなって隣の機械に移動する。


『いらっしゃいませ』

 

 今度は返事をしない。

 黙々と操作を進め、通帳を入れる。


「やった、入った……っ」

『暗証番号を入力してください』

「はいっ! えっと、にーさん……」


 よしっ、やっとお金を引き出せる。

 いくら引き出そうかな……あれ、いくら入ってるんだろう?

 うーんと……。


『お手数ですが、もう一度――』

「ままま待ってくださいっ!」


 待ってくれるはずもなく、最初の画面に戻った。

 ……もしかしたら時間切れ?

 よし、なら次は早くやってみよう。


 ボタンを押して、通帳を入れて……とりあえず、一万円!


『ありがとうございました――』

「やったっ!」


 現れた一万円札におそるおそる手を伸ばし、ピッと引き抜く。


「い、いちまんえん……私の、一万円……」


 両手で掲げて眺める。

 透かしがある。ちゃんと本物だ。

 夢にまで見た自分のお金。

 それも、こんな大きなお金。

 毎月貰えるお小遣いは千円。

 今手元にあるのは一万円。

 これを、自由に使ってもいいんだ……っ!


「えへへ、何買おうかなぁ……」


 まずは前から欲しかった道具を買い揃えて、それからお菓子の材料を買って……えへへ、何作ろうかなぁ。


『通帳をお取りください』

「はい! えっ、あっ、すみません!」


 慌てて通帳を手に取って、一瞬だけ目に映った何かを二度見する。

 1000という数字の下に、二つの新たな数字があった。

 確か、残高だったかな?

 一番新しい数字が、口座に入っているお金だっけ。

 ということは、この数字が今口座に入っているお金?


 ええっと――七万円!? こんなに!?

 

 何度見直しても同じ数字が目に映る。

 気が付いたら、手元にあった一万円札が八枚に増えていた。


「わぁ、わわ、わわわわ」


 うそすごいおかねもちだよわたし!


「はっちまんえん! はっちまんえん!」


 これだけあったら何でも買えちゃう!

 アルバイトって、すごい……。

 ハッ!?

 誰も見てないよね……?

 どうしよう、強盗さんに襲われちゃったりしたら……。




 ――悩んだ末、一万円だけ持って最低限の道具と材料を買い帰宅した。


 お父さんとお母さんが帰るまでに一時間とちょっとの時間がある。

 最初は店長さんから教えてもらったケーキを作りたい。


 えっと、まずはスポンジを作って、それを一日くらい寝かせるんだっけ。

 あの時みたいに「……こちらが一日寝かせたスポンジです」は無理だから、今日はスポンジを冷蔵庫に入れて終わりかな。

 たしか二十分くらいだったよね……うん、お父さんたちが帰ってくるまでには片付けられる。


 道具よし。

 材料よし。

 エプロンよし。


 心の中で確認して、机に並べた道具と材料に向かって一礼する。


「よろしくお願いします!」


 右手にハンドミキサー、左手に卵を持って深呼吸する。

 

「えっと、まずは……あっ、オーブン温めなきゃ」


 オーブンオーブン……電子レンジでも大丈夫かな?




 この時の私は、それはもう浮かれていました。

 この後に起こる事なんて、少しも想像していなかったのです。

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