第12話 夢見る乙女の作家事情(後)
ふとした時に考える。
あの時あなたに出会わなかったら、どうなっていたのだろう。
「ほらこっち、もうちょっとだからね」
私の腕を引く男の人は、今日初めて出会った人だ。
名前は知らない。
夜の街を一人で歩いていた。
ただふらふらと、目的なんて無い。
夜な夜な家を出ては、ふらふら。
そんなある日、声をかけられた。
一目で怪しい人だなって思った。
だけど抵抗しなかったのは、どうなっても良かったから。
だんだん人目が少なくなっていく。
違う、この人がそういう道を選んでいる。
滅多に人が通らない路地に入った。
奥へ奥へと進み、やがて行き止まりになった。
あれ? 直ぐに襲われちゃうのかなと思ったのに、なかなか近付いてこない。
こん、と背中が何かにぶつかった。
壁だ。
次の瞬間から彼が近付き始める。
そっか、逃げちゃってたんだ。
何で逃げたんだろう。
べつに、どうなってもいいのに。
「……助けて」
あれ? 誰の声?
なんだか頬が冷たい。
泣いてるの? どうして?
疑問があった。
考えようとは思わなかった。
このまま全部壊してくれればいいなと思った。
そんなとき、彼が現れた。
彼は何も言わずに間に入ると、そのまま私の手を引いた。
「おい、なんだよおまえ!」
怒鳴り声をあげる男が彼の肩を引いた。
振り返った彼の鋭い目が男を射抜く。
たったそれだけで、男は何も言えなくなってしまった。
広い道に出ると彼は手を放した。
私は急に力が抜けて、その場にへたりこんでしまう。
「……大丈夫ですか?」
初めて彼の声を聞いた。
少し低めの声は、弱々しく震えているように感じた。
「ありがとうございます……」
差し伸べられた手を取って驚いた。とても震えていたから。
「怯えているの?」
立ち上がりながら聞くと、彼は困ったように笑った。
「どうして助けてくれたの?」
「……助けてと、聞こえたので」
偶然通りかかった彼は私が路地に入るところを見た。
私の表情が気になり、こっそり後を追ったそうだ。
相当おかしな表情をしていたのだろう。
「……何か、あったのですか?」
たった一言。
なのに、私の口からは雪崩のように言葉が溢れ出た。
それは緊張が解れたせいか、他の理由があったのかは分からない。
とにかく、全てを話してしまった。
彼にとっては意味不明な内容だったに違いない。
それでも彼は黙って耳を傾け、ようやく話し終えた私に向かって、こう言った。
「結婚しよう」
「……はい?」
――これは、プロポーズから始まる物語。
~霧の向こうでベルが鳴る~
絶賛執筆中!
キャーっ!
キャーキャーっ!
書けちゃった書けちゃったーっ!
これよこれ! これこそ私とてんてんの前奏詩(プロローグ)だよ!
てんてんがこれ読んだらどう思うかな?
……
キャーっ!
だめだめそんなの! 絶対見せられないっ!
……ハッ!?
もしかしてこれがラブレターを書いた女の子の気持ち?
キャーっ!
やだ、わたし、もうっ……
「てんてん大好きぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!」
抑えきれなくなった気持ちが弾けて部屋中を跳び回って私を包む。
幸せな気持ちに満たされていく。
この気持ちは、てんてんがくれたもの。
この気持ちは、私が生み出したもの。
まるで二人の子供だねっ!
あはっ、やっぱり?
ダメダメまだ早いよぅ!
「うへへへぇ、幸せっ」
私達の物語は、まだ始まったばかり。
ここから先は自分で書き上げるんだ。
どんな物語がいいかな、どんな物語にしようかな。
んん~っ!
恋って素敵。
考えているだけで幸せな気持ちになれちゃう。
「……早く会いたいな」
抱きしめた枕をもっと強くぎゅっと抱きしめる。
そこに顔を埋めて目を閉じた。
きっと今日はいい夢が見られる。
きっと明日もいい夢が見られる。
その次も、次の次も――
広い部屋に一人。
震えるほど強く枕を抱きしめながら願い続けた。
きっといい夢が見られますように。
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