第8話 無名職人の休日事情

 定休日となった月曜日の昼。

 暇だ、やることが無くて、逆に落ち着かない。

 長いこと経験していなかったせいか、休日になれない。


「……なにか、しないと」


 明日の準備はとっくに終わっている。

 店の掃除は三度繰り返した。


「……アンケート」


 ふと、まだ読んでいなかったことを思い出した。

 のそのそと歩いて、ベッドの横に置いてあるファイルからアンケートを取り出し、机に広げた。

 相変わらず「店員がかわいい」ばかりだ。肝心のケーキに関しては「あとケーキが美味しい」とオマケのような評価しかない。悲しい。


 確かに、皆さんは素敵だ。

 外見はもちろん、内面も。

 食べ物も同じで、美味しそうと思ってもらえるだけの見た目があって初めて食べてもらえる。自分の作るケーキには、見た目の華やかさが足りない。だから「あとケーキが美味しい」と評価されるのだろう。彼女達のおかげで食べてもらえて、そのついでに評価していただけただけなのだ。


 ……昔と同じ。


 フランスで職人学校に通っていたころと同じだ。どうにも、自分にはコーディング(見た目を良くすること)のセンスが絶望的に足りないらしい。


 我々パティシエが名を上げるにはコンクールに入賞する必要があり、それには見た目という評価項目があるからだ。見て楽しみ、食べて楽しむ。いや、見て楽しめたからこそ、食べて楽しめる。


 とてもまずそうだけど美味しかった。そんな感想は滅多に生まれない。

 すごく美味しそう、だから食べた、やっぱり美味しかった、満足。これが常だ。


 ……このままではいけない。


 約束がある。

 絶対に果たさなければならない責任がある。

 この店をもっと大きくしなければいけない。


「……ケーキを、作ろう」


 約束を果たす為に自分に出来る事は、これしかない。


 この日は、一日中ケーキを作っていた。

 何度も何度も同じことを繰り返した。

 だけど、満足出来るケーキは一度も作れなかった。

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