第7話 快刀乱麻の要求事情(後)
「……ではせっかくの機会なので、皆さん何か困っていることはありませんか?」
「てんてんが傍にいないと寂しくて死んでしまいそうになります。どうすればいいのでしょうか」
「同じバイトのMHさんがウザ過ぎて発狂しそうになります。どうすればいいのでしょうか」
「……結城さんは、何かありますか?」
「はい! えっ、あっ、えっと、仕事は慣れてきました。けど、そうですね……たまに、クレームとかあると、困っちゃいます」
「……クレームですか」
「ああいえ私が失敗しちゃった時は仕方ないなぁというか申し訳ないなぁって思うんですけどっ、その、えっと……」
「あーわかる。たまにスゲェうぜぇのいるよな」
「…………そんな感じです」
悪質なクレーマーということかな。
初めて聞く話だ。
店長を呼べっ! と呼ばれた経験が無いので、問題ないと思っていた。不覚だ。
「……具体的には、どのようなクレームが?」
「えっと、たとえばお料理を出すときに『こちら、いちごのショートケーキになります』と言ったら『なるの? じゃあ今のこれはなんなんですか? 分からないんですか? わけのわからないものださないでください』みたいな感じで……」
「あー分かる。いるよな頭おかしいやつ」
「……その時は、どのような対応をしましたか?」
「すみません、逃げちゃいました……」
「……そうですか」
他に何も言えない。
ただ、大事にならなくて良かったなと思った。
「……矢野さんは、どのような対応を?」
「みく? うっせーばーかって言ってるよ?」
「……やめてください」
「いや直接じゃなくて間接的にだよ?」
「……やめてください」
「けどさ、どうしようもなくね?」
確かに、言いたいことは分かる。
日本語は難しい。日本人ですら間違えている言葉が沢山ある。
だがそれは多くの場合において習慣や慣習が新しい意味を与えた言葉であり、一概に誤りとは言えない。
結城さんは、注意していても間違えると言った。
間違えてしまったものは仕方がない。
だから、その為の対応策を考えるべきだと思う。
「……どうしましょうか」
「はい! てんてん! はい!」
華が元気よく挙手をした。
何かいい案があるのだろうか。
「こちら、いちごのショートケーキになります」
華は一瞬で雰囲気を切り替えると、隣の結城さんに向かってケーキを差し出す動作をした。
結城さんは少し遅れて意図を汲み取る。
「じゃ、じゃあ今のこれはなんなんですかっ……?」
「此方は、スポンジにクリームを塗り、いちごを乗せたものです」
「えっと……こ、この店は、そんなものを客に出すんですかっ?」
「お客様。料理は、お客様の口に入り、美味しいと言っていただけることで、初めて料理になるのです。だから、どうぞお召し上がりください。私達が真心を込めて作ったこれを、いちごのショートケーキにしてあげてください」
「えっと……はい、いただきます」
「ありがとうございます」
思わず拍手してしまいそうになった。
その通りだ。
売れ残ったケーキや、食べてもらえなかったケーキは捨てられてしまう。
果たしてそれを商品と呼べるだろうか、否、それはただの廃品だ。
すなわち、お店が売っているのは全て廃品であるのと同じ。
この廃品が、お客様の口に入り、美味しいと言っていただけることで初めて商品に「なる」
すごい。
「すごいです丸井さんすごいです!」
「ふふん」
華がキラキラした目で此方を見ている。
「……はい、皆さんも今後は今の様な対応をしてください」
「やったぁ! てんてんに認められちゃったぁ! えへへっ」
「でもさ、それで納得するやつなら、そもそもこんなクレーム言わなくね?」
「そういう時はこうします」
確かに、と思う間も無く、今度は矢野さんに向かって同じ演技をする。
「――いちごのショートケーキにしてあげてください」
「は? なに言ってんのバカじゃねぇの? んなこといいからいちごのショートケーキだせよタコ」
矢野さん、迫真の演技だ。演技だといいな。
「うぅ、私あんなこと言われたら直ぐ逃げちゃいます……」
結城さんが呟いた。
全力で同意します。
華は、どう返すのだろう。
「お客様? 他のお客様のご迷惑となりますので、おかえりいただけますか?」
「はぁ?」
思わず結城さんと一緒に「えぇぇ」という声が出る。
だけど華はやりきったという顔で腰を下ろした。
「このあと警察を呼んで、近くにいた人を証人にします。すると、まずは不退去罪で賠償金がお店に、続いて恐喝及び脅迫の罪で慰謝料が私に入ってきます。ついでにクソ野郎に前科がつきますわ」
おーほっほっほと高らかに笑う。
その声を聞きながら、華を怒らせるのは絶対にやめようと誓った。
そして華の笑い声が止んだ頃、結城さんがきょとんとした表情で言う。
「ぜんかって何ですか?」
「嘘でしょオマ小学生?」
「高校生ですっ!」
「マジかよ大丈夫かよ義務教育」
「えええ、そんなにですかっ?」
「たく。なんか罪を犯して、警察のお世話になるともらえんの。前科持ちとかテレビで聞くっしょ? あれ過去に罪を犯した人って意味」
「そ、そうなんだ……」
そんなやりとりの裏で、またも華がきらきらした目を向けている。
「……では、最終手段ということで」
「いいのかよっ!」
矢野さんの声が飛んできたけれど、個人的に、そんな迷惑な人は警察の方になんとかしてもらいたいという気持ちが強い。だって怖い。
ところでキッカさんは先程から難しそうな表情を浮かべている。
確かに難しい話だ。
あとで説明しよう。
どうやって説明しよう。
保留。
「……他には、何かありますか?」
「あの、またですけど……なります、って言わないようにして、です! って言うと『え、君がケーキなの? いただきまーす!』みたいなお客さんがたまにいて……」
「あー分かる分かる」
「……そのときは、どのような対応を?」
「逃げちゃいました……」
「みくはうっせーばーかで済ませてるよ?」
「……やめてください」
「ちなみに今のは直接言ってるよ?」
「……本当にやめてください」
「え? でもあいつら喜ぶよ?」
「それは特殊なお客さんだけです!」
「いやそもそも特殊な客しかセクハラしてこねぇし」
「はい! てんてん! はい!」
不覚にも納得しそうになったところで、またしても華が手を挙げた。
「いちごのショートケーキです!」
「ええっと、き、キミがケーキなの? イタダキマースっ」
「えへへ、腹話術でした。どうでした?」
「えっと、かわいかったです。でも私には出来ないかもです……」
「ならセクハラで前科つけてもらうしかないわね……」
「それも、ちょっと……」
改めて、華を怒らせるのはやめよう……。
「えっと、そろそろ、じかん、だよ?」
頃合いを見計らったようにキッカさんが声を出した。
言われた通り、いつのまにか開店十分前である。
皆の目が此方に向けられる。
どうしよう、今の話をどうやってまとめよう。
「……それでは、クレーム対応は華に任せるということで」
「やったぁ! てんてんに頼られちゃったぁ!」
「えっと、あの、お願いします」
「任せて、てんてんの為なら貴女にだって力を貸してさしあげますことですよ」
「いや意味わかんねーし」
「あら? そんな口の利き方をしてもいいのかしら?」
「みくはいつもどーり、うっせーばーかでいくから」
「……やめてください」
洋菓子店スタリナ。
オープンしてから一ヶ月。
売り上げはどうにかなりそうだと思った矢先。
もっと大きな問題を見つけてしまった。
なにはともあれ。
「……それでは皆さん、本日も宜しくお願いします」
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