第23話 勝負!

最後の勝負は名前です。

「おじいさん、お別れに名前を教えてください。」

「また会えるためのおまじないです。」

そうきたか。じいさまはやっぱりな、と思いました。

こいつら、小さいくせに油断も隙もあったもんじゃない。

酒池肉林でぼーっとしてたら、たいがいのやつは個人情報もなにもあったもんじゃない。名前くらいぽろっとしゃべってしまうよな。で、エンドロールってわけだ。

さすが、あいつはだてに伯爵を名乗ってたわけじゃなかったんだ。


えっ、じいさま、伯爵を知ってたの?


「ヤマトってんだ。」

「それ、上の名前?下の名前?お名前全部教えてください。」

「かいえだやまとってんだ。覚えとくといいことあるかもしれないよ。」

視野のはしっこのほうで、すばやくメモをとるねずみの姿がいます。

まあがんばれよ。

きっといいこともあるからな。


…霧のロンドン。シンジケートを相手に伯爵とともに戦った若き日の思い出が、おじいさんの脳裏をよぎります。

…ここはお前の国だったか、タケル。伯爵と呼ばれようが公爵と呼ばれようが、見間違えるはずがない。たとえどんな姿に成り替わっていても、おまえのたましいのかたちをわたしが読み間違えるはずがなかろう。

思い返せば、あちこちにタケルの影がちらほらする、そんな地下の国でした。

…かしこいねずみなら、「ヤマト」で反応しそうなものだが、あいつは自分の名前を最後まで教えなかったのか…

それは二人でかわした血の誓いでした。

じいさまの胸を熱い何かがよぎりました。

J to T。

誓って言おう、タケル。約束は果たされた。血の誓いはここに成就した。


「おじいさん、国境までお送りしましょう。」

「それはなんともありがたい。」

国境には門があります。ねずみにはたいそう大きな門ですが、おじいさんには小さすぎる門でした。

「門を出たら、坂道があるから、ゆっくり歩いて上ってね。」

「ふりかえっちゃだめだよ。」

「ふりかえったらまいごになるよ。」

「まいごになったらしらないよ。」

「しーっ。そいつはひみつだよ。」

「ねずのひらさかっていうんだよ。」

「ねたらダメなんだよ。」

「前を向いて歩くんだよ。」

ねずみたちは口々にアドバイスを始めました。

「ねずみだけのまほうのみちだよ。」

「ふりかえったらみみずになるよ。」

「ちがうよ、なめくじだよ。」

「そんなこと言ったらこわいよ。」


おじいさんは、心の中で、

「こいつらなんじゃい。」

なんて思いました。まあ、脳みそが小さいからな。社交儀礼なんぞ、知ってる筈ないしなあ。それにしても、みみずとなめくじかい。せめて、カタツムリかカエルか、それともがまがえるなんて言えないものかねえ。ねずみの国の教科書を見てみたいものだ。

おじいさんはちょっとだけ、教育委員会からの仕事を請け負ったことがあったのです。


「おじいさん、さようなら。」

「とらきちがまたきたら、たすけにきてくださいね。」

え?とらきちだって?そいつはうちのねこじゃないか。あいつもすみにおけないねえ。


おじいさんは全部のねずみとハグをしてから、ねずみの門を出て、ねずのひらさかとやらをゆっくり歩き始めました。

まるでねずみみたいなちいさい文字で「足元注意」「Watch your step」 「清小心脚下」と書いてあるお札があちこちに貼ってあるのが見えます。

なんだい、三か国表示だけかい。やっぱりねずみだねえ。

伝統がないとこういうもんだ。

せめてこの倍はほしいところだよ。

甘くみられたもんだ。



おじいさんは門をでました。

ゆるい坂道です。

ねずみたちは門のところでわいわいと手をふっているようですが、おじいさんはもう後ろをみないことに決めていました。せっかくもらったおたからですもの、無事に家まで持って帰らなければなりません。千載一遇のチャンスです。たいがいはここでアウト、そしてあの「注文の多い料理店」行きです。そんなの金輪際、ごめんです。


少しずつ傾斜がでてきました。ねずみの小さい姿はさらに小さくなりました。

ねずみたちは口々に何かをさけんでいます。

いかにもおじいさんとの別れを惜しんでいるように見えます。

ほうほう。丁寧なもんやなあ。ふりかえりたいが、ここはがまんだ。

みみずもなめくじも、わしゃあごめんだね。


どうやら、「ヤマト~」とか「かいえだ~」とか言っているようです。

しきりに首を傾けて考えているのは、ばあさまねずみでしょうか。

どうやら、名前をよばれたらふりかえる、そういうシステムになっているようです。

なのに、いくら呼んでもおじいさんはいっこうに振り向きません。

これはおかしい。

伯爵のかけた呪は完璧だ、なのになぜふりかえらない?

ばあさまねずみがギンギンに目を光らせてじいさまを見ています。

目は充血して真っ赤っ赤、もうそれこそ血の涙が垂れそうです。

まさか…まさか…まさか…!

見破られたか、このくそったれが!

ばあさまねずみは悔しさのあまり、ひっくり返って倒れてしまいました。

泡を吹いています。

もしかして、どこかの血管が破れたのではないでしょうか。

おそろしやおそろしや。


ばあさま、お大事にね。


海江田艦長はまだ眠り続けているのでしょうか。

目覚めるときはいつなのでしょうか。

それでは明日の夜にまた。

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