第21話 光村図書のみなさまへ、とらきちより愛をこめて

それから、幾霜年かが過ぎました。

ねずみにとってはたっぷり、ねこにとってはそれほどでもなく。

豊かに実る年もあれば、冷たい夏で飢餓に苦しむ年もありました。

でも、概ね、それぞれが安寧のうちに歴史を重ねていったといっていいでしょう。

そんなある日のことでした。ました。

あほたれねずみのチューチューが、あの大切な「7の段ポスター」をかじってしまったのです。


原因はまず、チューチューがあほたれであったこと、そしてお腹が減っていたことです。極めつけは、ポスターがおにぎりでできていたことでした。

形あるものは壊れます。お腹はすくものです。世の理というものは、そういうものですものね。

ですからポスターの宿命として、カビが生えたりシミができたりすることはどうしても避けられません。修復係がなんとか工夫してそれなりに修復するのですが、今年のラマダンには間に合いそうもなくて、修復係は大急ぎで自分でおにぎりをにぎり、とりあえずの修復をしたばかりだったのです。

どうやったらみばえがよいものになるか、修復係は小さい脳みそをそれなりに駆使しましたので、それなりのレベルのおにぎりができました。まったく、必要は発明の母であります。単にけちだっただけというのは風評です。

その、修復されたばかりのポスターが大変なことになったのです。

ねずみ国は大騒ぎになりました。チューチューはとっくに、どこかへ隠れてしまっています。


ばあさまねずみは、子どもの頃に聞かされた恐ろしい話を思い出して、

「とらきちが来る、とらきちが来る」

と言ってばったり倒れてしまいました。そのまま冷たく固まってしまって、たたいてもゆすっても溶けません。

つれあいのじいさまねずみは、腰がぬけてしまいました。どうやっても立てなくて、ぼろぼろと泣くばかりでした。

みんな、とらきちのことを考えるだけで頭はぼうっとなり、体はふにゃふにゃになり心は折れて、もうまるきり動けなくなるのです。

おしまいには、大事なじっぽまでが、ぽろん、と抜け落ちてしまいます。

しっぽがぬけたねずみに生きる資格はないと言われていますので、あわててそれらしく見えるようにしっぽを誂えなければなりません。闇市場での誂えになるので、結構な出費です。だって、普通のねずみはあっせん業者なんて知りませんから、いったいどうやって見つけたものやら皆目わかりません。それに闇市場は流動的存在で一定の場所にあるってことはないのです。

これでは、とらきちが来なくても、やる気も根気も消え失せて全滅です。


図書館の古参の学芸員ねずみが言いました。

「アルジ・ヤーノン伯爵を探そう!きっとまだご存命のはずだ。正史に死亡の記録はないのだから。」

ねずみたちは一生懸命さがしましたが、みつかりません。そりゃそうです、あの穴倉でワインの瓶を抱えたまま、とっくに骨になっていたのですから。

伯爵がみつからないので、ねずみたちはわんわん泣きました。あまりに涙が落ちるものですから、みんな少しでも落ちないようにと上を向きながら、それでもごうごうと吠えるように泣きました。ああもう、ここまでくると、ねずみの泣き競べです。

ごうごう、ごうごう。

ねずみの声が天井を突き破りそうです。

ごうごう、ごうごう。ひびが入って割れ目ができました。

ごうごう、ごうごう。ひびはどんどん大きくなります。

ごうごうとみんなで泣いていると、あらら、どこからか一つのおにぎりが転がってきたではありませんか。

いったいどうしたことでしょう。

まさか、伯爵の魔法が今になって現れたとか?


…チューチューは隠れ場所で、まさかまさかで息を止めました。

もう、息なんかしている場合じゃありません。

息をしたりしたら、おにぎりは雲散霧消するかも知れません。

救いのおにぎりだ!


ころころりん、ころころりん。

ころころりんたら、ころころりん。

おにぎりは、リズムよく、あっちに行ったりこっちにいったりして転がります。まるで何かをさがしているようです。そしてやがて、おにぎりは、「7の段ポスター」にきっちりと収まりました。

こんなことって、あります?

ねずみたちの涙はあっという間に止まりました。

ウラー、ウラー、ウラー!

まっさきに叫んだのはチューチューです。

ウラー、ウラー、ウラー!アルジ・ヤーノン伯爵に栄光あれ!



※おにぎりの話は、光村図書の小1国語「おむすびころりん」から拝借しています。

いりす、れい、はやて、ほのか、きらと、かおるさん。

ちいさいねこさんたちとの思い出を懐かしみつつ。


それではまた明日の夜に。

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