第15話 第777号の帰還

 ねずみランドでは、777匹のスパイねずみの帰還を、今日か明日かと待っていました。しびれがきれるほど待っても、ただの1匹のスパイねずみも戻ってきません。

だって、ねえ。

カラスのえさになったり。

ネズミ捕りにひっかかったり。

世の中は危険がいっぱい。

ハイリスク・ハイリターンなんて、そう簡単にあるものではありません。

ある情報をてがかりにA地点へたどりついても、敵はすでにB地点からC地点へ移動しています。

それどころかとっくのすでにH地点へ、O地点へと猫の目のように移動するのです。

こんなの、たまったものではありません。

騎士の魂から輝きが消えるのも、しかたないというもの。時間の問題です。

時間はすべてを解決してくれる便利なものですが…


現地で探索中に恋人ができ、騎士団から降りたいと望んでも、契約はそんなに簡単にはいそうですかと解除できるものではありません。

なにしろ、あの騎士団の誓いは、しっぽを結びあって誓った魂の誓いです。

魂の誓いを破るものには、それぞれに因果応報が待っています。

とある騎士の末期の話によれば、どうもこういうことらしいです。


「か」を頭に思い浮かべると痺れがでます。痒みにおそわれるものもいます。なんだかチクチクすることもあります。ねずみそれぞれです。


「い」耳が聞こえなくなります。最初は軽い耳鳴りくらいですが、だんだんと大きい耳鳴りになります。耳かきをしても軟膏をぬってもだめです。進行の具合はねずみそれぞれです。。


「や」しゃっくりが止まりません。ごはんを食べようとするとしゃっくり、ためいきをつこうとしてもしゃっくり、キスをしようとしてもしゃっくり。

咳がとまらなくなった者もいます。

肺が真っ白になるかならないかは、ねずみそれぞれです。


では、「く」までいったらどうなるのでしょう。

それはもちろん、くしゃみです。ただのくしゃみではありません。

「く、く、くっ、くっしゃみ!」

まるで迫撃砲をくらったみたいに、体が後ろへふっとびます。

まあこれも、ねずみそれぞれですけどね。

その後はくるしみにのたうち回るのが定石なんだそうです。

何ともこわいことです。


一般的にこうなる、という予定調和があればそれなりに心の準備というか、持てるんですけど、それぞれの騎士としての生きざまで契約解除のメニューが決まるなんて、たまったものではありません。

ねずみというものはどだい、そんなに先のことまで考えるのは無理なんです。様々な反射で行動が決まるというのは、数々の迷路の実験などでもあきらかにされている事実です。


そんな訳ですから、騎士団は友の累々たる屍を乗り越えて進むしかなかったのでした。


ここだけの話ですが、何事にも裏道はあるもの。実は解約の暗号コードだって設定されていました。何しろこのご時世です。いつなんどき、なにがあるかわかりません。リスク対応というやつです。リスクを回避するための設定はきちんとしておくに限りますよね。

これだけは内緒の秘密なので、リスク回避についての、その他の対策をすこし。


防空壕。昆虫食の準備。毒物を摂取して毒に体を慣らし耐性をつける。あ。こういうの、南総里見八鼠でありましたっけ。

もちろん、大統領とその副官しかしらないことです。

大統領夫人にも知らされません。

どこかのクラブで、イケイケのねずみに熱をあげたりする、なんてこともありますから。

ただより高い物はない、世の中は怖いものですが、恋ほど恐ろしいものもありません。燃え上ってしまったら炎はもえつくすしかないのです。

たとえ始まりはハニトラであっても、純粋な恋に、真実の愛とやらに進化することはままあります。この場合も、変に邪魔をされたら辺り一面焼け野原になります。

…口と財布はかたい方がいいみたい。どこの国でもね。


大統領は騎士の帰還を待ちわびていました。

まだかまだかと1日に千回も副官に尋ね、あきれた副官が返事をしてくれなくなっても、あきらめずに1日に千回も窓の外をみたものでした。

まちかねて、しびれもとうにきれはてて希望を失いかけていたとき、やっとで1匹だけがかえってきたのです。夕陽が沈む直前でした。夕陽が沈むと門は閉じられてしまいます。第777号は走って走って走り続けて、大好きな故郷へと帰ってきたのです。


 「伝令!伝令!」

「大統領閣下、スパイねずみ騎士団からの報告です!」

「訂正!訂正!」

「騎士からの報告です!」

なんか、かっこいいでしょう。

校長先生はいつの間にか大統領になり、ねずみランドにはいつの間にか大統領制が敷かれていました。

「大臣閣下、スパイねずみ第777号が帰ってきました!」

「よし!すぐに通せ!じかに大統領閣下に報告せよ!」

大臣が叫びました。


 スパイねずみは大統領のSPに支えられてやっとで直立を保っているという塩梅でした。かつてあんなに美しく巻いていた長いしっぽはぼろぼろで、だらんと垂れています。偵察の旅の過酷さを物語っているようでした。

「これに!これに!勇者をこれに!」

大統領も叫びました。


 それから、大統領はかねてより準備しておいた、ハバナチーズ商会の特別製の極上の葉巻を素早く取り出すとさらに素早く端をきり、一服を自分がまず吸って、それから最後のスパイねずみに渡して吸わせました。

ああ、その素晴らしい葉巻の効果と言ったら!

大統領はうっとりしました。

極上の煙を吸い込んで、第777号の朦朧としていた意識が急に明確になりました。

しゃきっとして、第777号は叫びました。

「大統領閣下、とらきちは、マスターではありません!」

第777号は旅の話を物語りました。

それから何回も語ることになった過酷な旅の話の、まずは始まりの1回目です。


※最高のハバナはヘミングウェイ他、昔も今も変わらずたくさんの人を虜にしています。今夜はハバナの夢をみて、おやすみくださいますように。

それではまた、明日の夜に。

鐘がなりますちんこんかん 鐘の音はあなたのために。

バーグマンに乾杯!

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