第12話 新しい学校ととらきちのユーリイカ

 先生たちは、とらきちのことをとても心配していました。

とらきちがまた、7の段のマスターになりたい時が来るかもしれないので、先生たちは、あたらしい学校に「7の段学校」という名前をつけました。

とらきちがどこにいても、すぐにわかるようにね。

まあ、とらきちにしたら、えらい迷惑な話ですけれど。


 先生たちは、生徒だったとらきちに無限の責任を感じていました。

先生たちは、生徒には全員、7の段のマスター資格をとらせるという義務があったのです。

そして、7の段にはそれだけの価値があったのでした。

…なあるほど、だから先生、居残り勉強なんていう、ねこの国ではいまだかつてない前代未聞のイベントを考え付いたんですね。

実は先生、がっかりしてそれはそれは反省しておいででした。

だって、あのままだったら、それはそれなりの不幸なできごとだけで終わってたのに、

「居残り勉強」と口走ったばっかりに、山のようにたくさんの不幸な出来事が押し寄せてきたのですもの。

学校まで移転するなんて。

誰も先生に責任をおしつけたりはしませんでしたが、先生というものは、海よりも深く反省するものです。

「なんであの時、わたしは蔵の掃除なんかしようと思ったんだろう?」

「なんであの時、ねこ専用教育指導要領なんものがでてきたんだろう?」

「そもそもあんなのがねこ国で発行されたなんて聞いたことがない。」

先生は頭をふりふり、自分の早とちりを嘆きました。

ふってるうちに早とちりのことはすっかり忘れましたので、また元気になって教室へと出かけていきました。

ね、ねこの国はよい国でしょ。


…先生たら、ちょっとカッコつけたかったのかしら。宇宙の秘密に精通したという算数の先生なのに、ほんと、虚栄心というものは危険なものです。


で、とらきちはどうしたかって?


とらきちはね。

頭にきて歩いているうちに、みーちゃんのこともみんなのことも先生のことも、大好きなばあさまのことも、きらいな学校のことも、ぜーんぶ忘れてしまいました。

だって、本当に、その日の空ときたら、あおい あおい、底なしのあおさだったのです。

とらきちのたましいが、あおい空に吸い込まれていくのがはっきりと見えました。


にゃーにゃーにゃにゃーん。にゃーにゃーにゃにゃん。

おれさまは とらきちさ。

にゃーにゃー にゃにゃん。にゃーにゃーにゃにゃん。

とらとら とらとら とらきっち。

とらきっちよりトラッキー。

…あれ?とらきちって、誰だったかなあ。

まあ、いっか。


なあんてでたらめ歌をどんどん歌って、どんどん歩きました。

どんどん歌ってどんどん歩いたので、おなかがどんどん減ってきました。

くそっ、給食を食べてくればよかったなあ。

ちょっとだけ後悔しましたが、後からするのが後悔というものです。

え?それにしてもさ、給食ってなんだっけ?

あんまりお腹が減ったので、給食のことも忘れてしまいました。

もう、お腹がへったことしか考えられません。

苦しくて、苦しくて、もうだめだ…

とらきちはばったり倒れてしまいました。

そのときです。

そのとき、とらきちは、あまい やさしい、なつかしいにおいを感じました。

これは…もしかして…もしかして…もしかして!

とらきちの元気が少し戻ってきました。

とらきちは、はうようにして歩き始めました。

おなかと背中がくっついていたからです。

何と言っても、匍匐前進のクラスでは第一等賞をとったとらきちですもの、こんなの、めじゃありません。

たとえお腹の皮が背中から突き抜けたとしても、とらきちなら、いけいけです。



 とらきちはドクダミ草の角を曲がりました

甘い香りは、ドクダミ草の葉陰から漂ってきていたのです。

そんな微かなひそやかな香りをキャッチするなんて、とらきちはさすがです。

だてに試験の回数をこなしたのではありません。

着々と力をつけていたのです。

7の段の威力はすごいものです。まさか、こんな効果があったなんて、ねえ。

まあ、あの落第がこんな幸運を引き寄せるとは、まったく、ねこ生なにごとも侮るなかれとばあさまがとらきちに諭した、亀の甲より年の劫なのでありました。


おお!あれは!

そこにあったのは、ねずみランドの中学校でした。

「◎△◎△〇←-_ ;〇★」

小さいけれど立派な扁額があり、こんなマークがありました。

普通は読めない文字ですが、とらきちは一発で解読しちゃいました。

ね、とらきちの実力はなかなかでしょ。

ちなみに「ねずみランド中学校」と解読するらしいです。

マスターになれば、どんな文字でも勝手に意味が頭に浮かぶらしいのです。

まあ、噂ですけどね。


ねずみのいいにおいが、あたりいちめんに、甘く、やさしくにおっています。

「おお~、あそこに、うまそうなネズミがいっぱいいるぞお!」

とらきちは夢かと思って、自分のひげを3回引っ張ってみました。

「うん、痛い。夢じゃないんだ。よっしゃあ!」

にゃああごう~!

とらきちはひとのみで、ちいさいねずみをいっぺんに28匹も食べたものでした。

次のひとのみでまた28匹、そのまた次で28匹、その美味しいことといったら!

よだれをたらすひまもありません。


 とらきちは、ネズミをいっぱい食べたので、お腹がいっぱいになりました。

お腹がいっぱいになったねこがすることは、決まっています。

お昼寝です。


 いっぱい食べて、いっぱい眠って、とらきちはすっかり元気になりました。

ひとりかけっこをして、食べて、お昼寝をして、食べて、ひとりジャンプをして、ひとりぐるぐるをして、また食べて、またお昼寝をして…

なんて健康な暮らし!


 とらきちは、お腹が減るといつでも中学校へきて、ねずみをいっぱい食べました。

もちんろん、いつでもたべる数は7の倍数です。

そこだけは譲れないさ、とらきちは思います。

とらきちはいつのまにか、7の段が出来るようになっていました。

と言っても、マスターにはまだまだのレベルですけれどね。


「よし、ごちそうランドと名付けよう」

ある日、とらきちは言いました。

早速、とらきちの部下になったねずみが全校生に命令を下しました。

「名称変更、名称変更。以降、ごちそうランドのみが正式なあるいは正式でない名称とする。この名称以外を使用した場合、即刻、厳罰に処されるものとする。」

厳罰って…もちろん、恐ろしくて言葉にはできない、あれです。

ねずみたちは恐怖に震えました。でも、もともと、脳みそが小さかったので、震えはすぐに止まりました。

「だいすき学校の方がいいかなあ?」

とらきちはちょっとだけ悩みましたが、「学校」っていうのはあんまりすきじゃないなと思ったのでやめにしました。よく覚えていたことです。とらきち、やるわね。


とらきちは、ねずみをいっぱい食べて、前よりもっと大きなとらねこになりました。

残念だったことは、途中から、色々なことが7の倍数じゃなくなったことです。


もしもとらきちが7の倍数にもっとこだわって、途中からでも7の段のマスターなれていたら、とらきちはどんどん大きくなってジャックと豆の木よりも大きくなって、天にも届くねこになっていたかもしれません。


・・・ねえ、とらきち。

そんなにおおきくなって、どうするの?

えっへん。ちちんぷいぷいんのごろにゃーご。

そんなの、しらないさ!

おいらは今からお昼寝さ!

とらきちのお腹はぱんぱんで、きつきつで、破れそうでしたが大丈夫。やさしくなでているうちに伸びてくるのです。

とらきちは自分のお腹をこりゃ便利と枕にして、毎晩ぐっすりと眠りました。


※とらきちのまっすぐの魂に、ねずみジュースで乾杯!

それではまた明日の夜に。

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