第11話 とらきち、出奔する
とらきちは叫びました。
「フンっ、学校なんか大きらいさ!」
とらきちの口が勝手に動いて、とらきちの足が勝手に走り出しました。
どんどんどんどん走って、学校を出て、学校の前の角を曲がって、とらきちはあっという間に見えなくなりました。
「まるで台風の風のようだったよ」
「そんなもんじゃないよ。おいら、雷に打たれたかとおもった。」
「あたし、とらきちさんのあしのかかとのところに、羽が生えたの、みたわ。」
と調査官の質問に対してみんなは口々に言いました。
調査官も、さすがだと、居残り勉強というものの効果を確認しました。
ねこのかかとに翼まで生やす、どえらい効果です。
それほど、とらきちの足は速かったのです。
ミーちゃんもなにか言いたそうでしたが、特に声に出すことはありませんでした。
お腹が減ったらまた、ふらっと戻ってくるんじゃないかな。
そう思っていたからです。
だからあんまり心配もしていませんでした。
だって、とらきち、いつもそうでしたから。
…でも、このあと、居残り勉強は完全廃止になりました。不健全不健康1000害あって一利なしだということが証明されたからです。
とらきちが成し遂げたよいことの一つでした。
まあそんな訳で、とらきちはすごく頭にきていたので、トイレに寄るのをわすれちゃったんです。出発前のトイレ確認はいつもしていたのに、完全に忘れていました。
トイレじゃないところでおしっこってどうかな、と思いましたが、いまさら、のこのこトイレに戻ってはとらきちがすたるぜ、というもの。
いったん心をきめたからには、すぐ実行するのがねこです。
後でいいや、なんて思っていると、逆襲のシャア!が待っています。
え、逆襲のシャアってそんなの知らないって…そんなんあかんですよ!
…ねこがびっくりすると毛が逆立つの、常識ですよね。ねこもそれなりに情報収集しているので、タイマーをかけて必要事項を絶対忘れないようにしているんです。
たとえば、夜中の0:30に筋向いのキジサバに決闘の申し込みにいく、とか。
多摩のじろきちとの手打ちは、そのあと14:00からとか、そんなことです。
忘れちゃってえらい目にあうこと、お決まりなんです。で、頭の先からしっぽの先まで毛が逆立っているのに、本人はなぜ逆立つのか、皆目わからない。
周りのねこさんは反応してシャア!って対戦モードになってるのに、ねえ。
おいら、なんでそんなに怒ってんの?
誰か教えてよ。
なあんて、火事場泥棒じゃあるまいし。
そうそう、とらきちのトイレ確認の話。
よっしゃあ、やったるでえ!
どこから湧いてくるんだか、と思うくらいおしっこはいっぱい出てきます。しぶきで虹さえかかりました。
「きれいだなあ。」とらきちはもっとあちこちにおしっこをかけました。
もっと高く、もっと高く、もっともっと、天まで届け!
とらきちは大きくてかしこいねこで、大きくてかしこいねこは、おしっこも多いものなのでした。
でも、かけてもかけても、虹はたまに見えたりしますが、胸のあたりの熱くてもやもやな気持ちときたら、いっこうに収まらないのです。
ここでとらきちの七不思議なのですが、もやもやするほど、おしっこもどんどん湧いてくるのです。
頭のどこかで、お別れのベルが鳴り響いていたのかも知れません。
みんながとらきちのことを忘れたりしないように、特に誰とまでは説明できないんだけれど…なにしろカンだけは鋭いとらきちでしたので。
もしかして、おしっこはとらきちの涙だったのかしら。
まさか、ねえ。
そればっかりは、考えすぎというもの!
それからとらきちはどこかへいってしまったのですが、どこへ行ったかは、誰にもわかりません。
だってとらきちにもわからないことでしたから。
まるで、ここはどこ、おいらはだれ?ってとこです。
今風に言うなら、見当識障害ってやつです。
え、そんなのしらない?
うーん、お若いですね。
とらきちのおしっこはたいそうくさくて、ねこの国でも最高にくさいおしっことして有名でしたので、ねこの学校の先生たちはとっても困りました。
たとえばミーちゃんは、学校に一歩足を踏み入れただけで、ふらふらになって倒れてしまいました。
しろちゃんは、しろい顔が真っ黒になりました。
きなこさんは、シャーって全身の毛が逆立ってしまって、そのまま治りません。
みんなで「いい子だ いい子だ」と何度もささやいて、やっとで毛が落ちつきました。
音楽の先生は、げろげろと朝ご飯をぜーんぶ吐いてから顔が緑色になって、熱を出してねこの病院に入院しました。緑色、これはたいへん危険な兆候です。
緑色のよだれを流しながら、うわごとで、「いい子だ いい子だ」って言い続けています。でもいったい何のことやら、誰にもわかりません。なので、誰かが、これはシャアの呪いかもしれない、だとしたら持たないかも…なんて言い出した時、みんなは信じるしかありませんでした。
みんな覚悟を決めました。でも、ねこのこころは本来つよいものなのです。まとまりさえすれば、ね。
ねこの知恵とまごころで、なんでも乗り越えられるもの。
本来、それがねこの国のあり方なのです。
いよいよもうだめか、というとき、算数の先生が静かに言いました。
「みんな輪になろう。みんなで心を感じあおう。もうそれしかない。」
「病という鎖に縛られた魂を、みんなのこころで浄化して正しい道に引き戻すのだ」
みんな一心に祈りました。にゃあ、にゃあ、にゃあと美しいハーモニーが流れます。先生が教えてくれた五重唱です。音程なんかはずしている不届きねこはいません。
しばらくして先生の目が開きました。あの忌まわしい色のよだれも、止まっていました。そして、先生の声がハーモニーに加わりました。これでもう大丈夫です。峠は越えました。
他の先生たちもねこさんたちも同じような症状が出ましたが、幸いなことにかかりつけ医の尽力で軽症で済み、学校パンデミック宣言の発出は見送られたのが、幸いといえば幸いでした。
困ったことが起きたのお昼の給食です。
届けられたねずみパンは、びっくりして全部とけて消えてしまいました。
きょうのメニューだった、
「チーズ乗せみどりのチャオのねずみパン」は、ねずみパンの中でも1年に1回しか出ない大ごちそうのねずみパンだったので、みんなとてもがっかりしました。
まあ、ざっとこんな感じ。そんなことが毎日続きましたからねえ。ほんとにどうしたものでしょう…
さて。
とらきちのおしっこのにおいは、洗ってもみがいても、どうしてもとれません。
新入生のねこなんかは、学校の1キロもさきなのにおしっこのにおいにあてられて足がすくんでしまい、腰くだけのねこになってしまいます。
一度腰くだけになると、元に戻るのに結構な時間がかかるので、みんなとても困りました。
きれいな花が咲いていたクローバーの白い原っぱも、きんぽうげが優しくゆれる黄色い花むらも、おしっこのにおいですっかりしおれてしまっています。揚げ雲雀はどこかへ行ってしまったのでしょう、かすかな声も聞こえてきません。
すごく困った先生たちは、新しい学校を作ることにしました。
とらきちのおしっこがにおわない、遠くの遠くの山のてっぺんです。
白い雲からいつだって清涼な風がふうわりと吹いてくる、そんな山のてっぺんです。
とらきちのおしっこから解放されて、みんなはやっとで安心しました。
よかった。これでもう、大丈夫。
前よりちょっと遠くなりましたが、なに、ねこの足ならてんで大丈夫。
登下校にエネルギーを消費するので、給食の残菜が減り、調理士さんたちは大喜びしてましたっけ。
※とらきちのくさいくさいおしっこは、実はスプレーだったのかもしれません。
この話、エロもグロもないですけれど、ゲロだけはあります。でもなるべくお上品にしときたいので必要最小限にしときました。そういう訳で、ゲロがお好きな人、ごめんなさい。
大雨警報に阪急電車のトラブル、きょうはややこしい一日でした。
警報が出ると学校が休校になるところもあるそうです。いいなあ!
ではまた明日!
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