第10話 いのこり勉強

 さて。話は続きます。


良く晴れた、ある春の日の午後でした。

「とらきちくん。きょうは居残り勉強です。」

先生がとらきちに言いました。


先生は、朝から少し、いつもよりへんな感じだったのですが、お昼をすぎたころからもっと変な感じになって、落ち着きがないのがばればれでした。

「こいびとでもできたんちゃう?」

「まっさかあ。生涯、算数命って言ってたやん。」

「お腹にカビでも生えたとか?」

「うわ、それちめいてき…。」

みんな、先生を尊敬していましたし、えこひいきなんか絶対にしませんから、本当に純粋先生のことを心配していました。

先生はみんなの心配そうなまなざしをしっかりと受け止め、大きく息をすってからゆっくりと息を吐きました。

そして、とうとう、先生はきっぱりと言ったのです。

居残り勉強なんて、聞いたことがありません。

ずっと前のころ、詰め込み勉強華やかなりしころならあったのですが、最近はとんと聞いたことがありません。

…それなんだっけ?

でも、どうやら、あんまり楽しいことではなさそうだ、というのは何となくわかりました。

みんな、とらきちの方を振り向きました。

みんなが見るものですから、先生の話を聞いていなかったねこまで、あわててとらきちを見ました。


とらきちは、どきっとしました。

とらきちのひげがぷるぷる震えました。

次に、とらきちの目が7の形になってぐるぐる回り出したかと思うと、ばくはつしそうになりました。

ばくはつしたら大変です。

とらきちはあわてて、両手で目を押さえました。

先生が優しく言いました。

「とらきちくん、7の段の表をみてごらんなさい。」

とらきちは、さっきより手に力をいれました。

「とらきちさん、7の段の表をみてがんばりましょうね。」

先生の声は、さっきより少し大きくなっていました。

とらきちは、前よりもっと手に力を入れました。ついでに、丹田にも力を入れました。

「とらきちさん。手をはなして。」

先生がゆっくり言いました。

でも、とらきちの手は、まるでぴったりと目に張り付いてしまって、どうしても離れません。

とらきちはどうしようかと思って、ひげがぷるぷるの7倍、震えるのが分かりました。これは、にしち14回です。

先生の声は、もっと大きくなりました。

みんなはじっと固まったようになって、とらきちと先生をみています。

わざと目をはずして、みないようにしているねこもいます。

先生の声が、もっともっと大きくなりました。

みんなはしん、となりました。

これから何かとてつもないことが起きることになる、そんな予兆のようなものがあふれて、みんなぴりぴりしたものを感じていました。

とらきちの頭の中で、何かがぐるぐる回り始めました。と思ったら超高速回転になりました。

洗濯機みたいだったのが、ハイスペックモデルのスムージーマシンみたいに回って…それから…

キーン、という音さえ聞こえてきました。

ピリピリで辺りは充満して一触即発の気配がみなぎってきました。

みんなは心配そうにとらきちと先生を見ました。

わざと知らん顔をしているねこは、もういません。

恐怖と興奮と期待が入り混じった表情で、わくわくと何かが起きるのを待っています。

居残り勉強って、これだったのか!すっげー。

さすが、居残り勉強や!


とらきちは、どうなったかって?


…みんながあれっと思った瞬間、とらきちの目から両手が外れました。

とらきちは思い切って目を上げました。

7の段の表が見えてしまいました。

7の段には、おにぎりの絵がかいてありました。

ねこの好きな、おかかおにぎりです。

禁断の7の段の表が、とらきちの頭にいっぺんに流れ込んできました。

きーん、きーん、きーん!

とらきちの頭の中ではブラックホールが極大まで拡大し、それから瞬間止まったと思うと縮み始めました。そして…

ああ、もう、なにもかもがめちゃくちゃ!



※確か、算数の先生はすべての事象に精通してるんでしたよねえ。

そんな先生もとらきちには手を焼く、ああもう、とらきちって最高!

自主規制なんて頭の隅にも存在したことがない、とらきちってほんと、いいやつ!

…みなさんの一日が、今日も明日も最高でありますように。

ではまた明日。

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