第9話 ばあさまねこの大往生

 ある日、ばあさまねこがとらきちに言いました。

「とらきちや。わしが死んだら、じぶんで7の段を言うんだよ。」

「ふうん。」

「7の段のマスターになって、りっぱなとらねこにおなり。」

「うん。ばあさま、おいら、がんばるよ。」

 とらきちがそういうと、ばあさまねこはもうすっかり安心しました。

そして、とらきちに向かってにっこり笑うと、死んでしまいました。

だって、ばあさまねこは、それはそれは年よりのねこでしたから。

ばあさまの笑顔は、ばあさまが死んでからもばあさまの顔にはりついて、それはそれはばあさまを神々しいねこにしていました。

 最後のお別れの顔がどんなものかで、そのねこの価値が判断されます。

ばあさまねこはほんとうに、立派なねこ生を生きたのでした。


 とらきちはばあさまねこと約束したので、がんばってみるかと思いました。

「ごろごろごろごろ ごろにゃあごでいくっきゃない!」

とらきちは気合をいれました。

丹田に力をこめてパワーを出すのです。

あんまり覚えていないじいさまねこが、とらきちに教えたことの一つでした。

とらきちの目はらんらんと輝き、あちこちにビームが放たれました。

むかうところ敵なしの、あのライフルビームで、とらきちは、7の字をあちこちに刻みました。7,7,7,7!まちがって、自分の前足をちょっと焦がしてしまったりもしました。

でも、とらきちはそんなこと気にしたりしません。

7の続き、14、14、14!

21、21、21!

28、28、28!

そうやって35、42、49、56、70、77、84、91、98まで刻みました。

あちきち、とらきちのお腹の皮も少し焦げました。

残念なり、とらきち!

でも心配は要りません。とらきちの皮は、ほら、とっても分厚いものですから…

よし、これでもう大丈夫、用意万端、怠りなしだあ。

ばあさまだって、よくやっていたよな…

ばあさまがよく、100から7ずつの引き算をやっていたのを、とらきちは思い出しました。ばあさまは隠れてやっていたつもりでしたが、とらきちにはばればれでした。

とらきちの視力は鍛えられていますし、こと7に関しては、気配を読むのはお手の物のとらきちでしたから。


 でもね。

とらきちはかけ算が大きらい。7の段なんか、大の大の大きらいでしたよね。

「しち」っていうとき、いつだって舌をかみそうになるからです。

前なんか8回も舌をかんでしまって、そのたびに口の中が血だらけになって、ご飯がたべられなくなりました。

口の中だからなめる訳にもいかなくて、とらきちもばあさまねこも、大弱りしたものでした。

それだけではないのです。

ひげがぷるぷるしてきて、おしっこがしたくなるのです。

こういう現象は、とらきちだけではなく、どのねこにも多かれ少なかれあることでした。

白金っ子のミーちゃんも、もちろん、何回も舌をかみそうになりました。

でも、そこは白金っ子の底力といいますか、あれです。

そう、あれの、あれの、あれなんです。

がんばって、がんばって、練習したのです。

だから、割合とはやくに、7の段のマスターになりました。

がんばりすぎてお腹の毛が丸く抜けてしまったほどです。

もちろん、しろちゃんも、きなこちゃんも、そのほかのねこさんも、あのくねくねのねこさんたちもマスターしました。

あれがこれで、これがあれで、それはあれで。

まあ、こんな感じでした。

だから、とらきちにも、がんばってほしいな、って思っていたんです。

なのにとらきちはぜーんぜん頑張らなくて、いつまでたってもマスターになれていないのです。

とらきちさんたら、いつマスターになれるかしら。

ミーちゃんはそれはそれは優しいねこさんでしたから、いつも心配していました。

それに、今はなきばあさまねこに頼まれてもいましたし。

あ、これ、とらきちには内緒です。


だって。

だってとらきち、がんばるの大きらいなんだもん。

そのとらきちが…ビームで7を刻んで…

とうとう、あの分厚い腹の皮がこげこげになって…


とらきちは7の段の自主勉強、やめました。



※がんばりたくないひとにも

 がんばるのが好きなひとにも

 良い明日が訪れますように。

 あなたのばあさまねこが、ちゃんとあなたを見守ってくれていますから。

 それではまた明日の夜に。

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