第7話 とらきちと7の段の秘密
ねこの学校で、大切な勉強はかけ算です。
その中でも7の段が最重要学習と定義されていました。
なぜなら、7の段には世界の秘密が隠されているからなのです。
えっ、そんなのありえないって。
そんなのあなた、ここに秘密があるって、言ったら秘密は終わっちゃいます。
秘密とは、だって、そういうものですもの。
…なのに、とらきちは、かけ算が 大の大の大きらいでした。
中でも、7の段が特に大きらいだったのです。
肌にあわないというか。
もしかしたら、アレルギーだったのかもしれません。
その証拠に、最初はちゃんと言えるんです。
それが、途中からおかしくなるんです。
…7の段が一番大切なんて、まったくもって人生の皮肉です。
本当にえらいことでです。
だから、とらきちも常々、こう思っていました。
「こいつはもう、最高の人生の皮肉だぜ」
ミーちゃんならこういったことでしょう。
「とらきちくん、それ、人生最大の皮肉っていうんじゃいの?」
ってね。
7の段は、本当に難しい段です。
だって、誰だって、かけ算では7の段で苦労したでしょう?
とにかく舌をかみそうになるし、コースだって、順番~逆~ばらばらの試験で何回も失敗しちゃったものでしょ?
「しちし にじゅうはち」を「しちし にじゅういち」って言い間違えて、頭ではわかっているのに何べんやっても言い間違えて、くやしい気持ちばっかり思い出すのが7の段じゃない?
え、そんなことなかったって?
そりゃあなた、すこしばかり、ねこの国の風に当たってません?
まあ、そこのところはおいといて。
…とらきちはもう、100回以上もやってるのに合格できてなかったのです。
そのわけは、算数の先生が、それはそれは厳しい先生だったからでした。
100回ときたら、いくらねこの学校でも、どえらいチャレンジ回数です。
なのに合格しないなんて、とらきちでなくても泣きたくなります。
7の段に合格しないと卒業もできません。
「アンビリーバブルだああああ、ごろにゃあご。」
そんなとき、とらきちはいつも、一人でこっそり「アンビリーバブルソング」を歌うのでした。もちろんこれも、とらきちの作詞作曲です。
「ちょっと哀し気に歌うのが、こつだよな」
とらきちはそこまでわかっていて、また、実に哀し気に歌いました。
とらきちによれば、これは「哀愁系」なのだそうです。
でも、算数の先生は、どうしてそんなに厳しいんでしょう?
算数の先生は、ねこの国ではとても尊敬されています。
算数の先生になろうと思っても、そんじょそこらで簡単になれるわけではありません。
栄養学・薬草学・醸造学・哲学・教育学・発達心理学・青春蹉跌学・比較音楽理論・音声学・スポーツ学・歴史学・比較文化学・歴史学・地政学・舞台理論・関節運動神経領域学など、たくさんの学問を修めなければならなりません。ここには書ききれないので書いていませんが、能舞台にかんする実技などは、ねこには本当に役に立つ学問です。足さばきは失敗したら大変ですから。
そして、マスター論文を提出したとします。そうすると、算数アカデミアの777人の会員による査問会が開催されます。質疑応答に真摯に答え、98%以上の会員の賛成を持って初めて認定が成立して算数の先生になれる、というおそろしくハードルの高い職業でした。
ふう、そんなのやってられっか。なんて考えるねこはそもそも受験しません。
毎年、たくさんのねこたちが試験に挑戦します。10回挑戦しても、100回挑戦しても、たとえ1000回挑戦しても、あきらめずに挑戦することこそ素晴らしいと、みんなが思っていました。
実際それは、ねこの国でねこが生きることと密接につながっていたからです。
自由とは何か。
正しいとはどういうことか。
平和とはどういう状況か。
どうすれば、世界は幸福になるのか。
気高さとは。
宇宙の根源とは。
波動理論とスペクタル分析で異世界との交流は可能か。
膜宇宙での次元上昇は何次元までが認可されるのか。
その他もろもろの現象について、または具体的事象の実際における解決策とは。
とまあこんな感じで、街角のカフェではねこたちがいつも、こんな会話をしているのでした。
たとえばねこの行動規範については、こんな感じです。
「生き方こそが理論を確定するものであるのだから、理論のみに追従するのでなく、現実の行動のみが最重要課題であると規定されるのであることが証明された。いかにねこのために生き、よりよい関係を構築しようと努力したかこそが問われるものである」
などなど。なあんか、何を言っているのかこんがらがってきます。ですが、こんな感じで、たくさんの事柄がねこの国のコモンローとして国民ねこに深く浸透し、この宇宙において、ねこの国が存在できる理由にもなっていたのです。
7の段から、まさかこんなことになるなんて。
…まあ、何ごとにも、表と裏があるってことですかね。
とらきちじゃなくても、もういっか…になっちゃいます。
そうそう、おまけの情報があります。
算数の先生から、注文がありました。
絶対に書くべきことを書いてない、そういうことでは困るという連絡です。
では、主に実習に関する事柄を追加で。
頭をひねって思い出して、いくつかお知らせしますね。
①菊で菊人形を作るときの、枝の生育に関しての注意点
…これは、菊人形の内部が切羽詰まった時の隠れ場所として利用できるからです。敵に追われた時、ここに隠れて気配を消せば、見つかることは絶対にありません。
②茶事実習…まず、表か裏か、それ以外かを選びます。お道具に関しての選択眼は重要です。たとえば、とっさに一つを選んで破壊しなければならないとしたら、どれを選ぶのか、です。この場合は、できるだけ価値の低いものを一瞬で選ぶ必要があります。全く、人生もそうですが、ねこ生もリスクは避けては通れません。裏切りと2枚舌はには要注意です。
③絵画実習…将来9尾のねこになあった場合、特に重要です。日頃から観察眼を鍛えてもののフォルムをしっかりと身に着けてさえいれば、どんな姿になっても見破られることはないのです。
④射撃実習…いまのところ、ビーム射撃とエアライフル射撃の二つです。とらきちは両方とも成績がよいのですが、どちらかといえばビームが得意です。自分のビームを相手の目にまっすぐ当て、そのままキープすること。それだけだけど、その困難なことといったら!息はゆっくりと吐き、丹田に力を込め、とにかく目線を外さないことの難しさは、やったねこでないとわかりません。…とらきちはプライマリーの時、シニアの選手に勝利したことがあって、ねこの国の特別強化選手に選ばれていました。エアライフルの方は、なにせとらきち、極厚の自前の皮を着ているからなんぼ当たってもへっちゃら。平気だと思うと落ち着きだって集中力だって最高です。むかうところ、敵なし…なんですが、実はライバルがいました。タケル兄(にい)です。タケル兄の素早さ、正確さといったら、それはもうたいしたもので、訓練の先生が教えを乞うほどです。タケル兄はさらにステップアップのために留学中で、とらきちはいつも、タケル兄みたいになりたいなと考えていました。
⑤鍛治実習…玉鋼から小さいナイフをつくり、研ぎあげます。これはいつも持ち歩くことが前提で、「ごはんのおとも」ならぬ「ねこさんのおとも」です。自分の爪がなまったらこの実習を生かして研ぎ上げますし、抜けてなくなったりしたら、この小さいナイフで代用したりもできます。とにかく素晴らしい切れ味で、算数の先生の友だちの「黒埼打刃物ねこ支店」の社長さんが実習の先生なのです。とにかく、その素晴らしいナイフときたら、ねこの国の国民の垂涎の的なのでした。
社長さんの話によれば、先生はちょっと爪が弱くなってきたみたいなんだそうです。風のうわさですけど。そういえば、先生の家には「黒崎妖刀」マークの包丁がずらりと並んでいましたっけ。
とりあえず、お知らせはこの5つの実習について。
また先生から連絡があれば、お知らせいたしますので、よろしくお願いいたします。
それではまた明日22時にお会いしましょう。
どうぞすこやかな眠りを!
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