第5話 クローバーの花の野へ
とらきちは腕組みをして考え込んでいます。もちろん、恰好だけです。だってとらきちですから。
とらきちを見ているミーちゃんの目が、もう少しはっきりと、上の方に上がりました。それから少し考えて、ミーちゃんは言いました。
「ねえ、とらきちくん。はっきり言わせてもらうわね。すごすぎて、みんな、耳が痛くてたいへんなの。しろちゃんなんか、耳のお医者に行ったくらいなのよ。」
「へーえ。しろのやつ、それで休んだのか。耳かきしすぎ、ってうわさ、おいら聞いたぜよ。」
とらきちはこの時、長崎ちゃんぽんを食べたばかりでした。
それと、ねこも耳かきをするので、時々、耳かきのしすぎで耳が痛くなるねこがいるのです。
「きなこさんはもっと大変だったのよ。急にお腹がさしこんで、医務室で5回ももどしたのよ。」
ミーちゃんときなこさんは大のなかよしねこで、それなものですから、ミーちゃんはとても心配したのです。
「うわっ。きなこ、5回もげろったのか。おいらには2回って言ってたし。あいつ、ごまかしたな。おいらには、じゃこどんの食い過ぎだって言ってたぞなも。」
医務室のげろ袋がいっぱいになったりしたら…とらきちは考えるのをやめました。
思考停止はねこの特権です。
「きなこさんは、キャットグラスのハーブティーで、やっとで元気になったのよ。」
「あれ、美味しいよねえ。」
とらきちの頭の中に、ミーちゃんと二人でキャットグラスのお茶を飲んでいる風景が浮かんできました。きっと、楽しいだろうなあ。
「ミーちゃん、うちのばあさま、キャットグラスのハーブティーの専門家だって知ってた?今度、うちに招待するよ。キャットグラスもいっぱい育ててるから。」
…えーっと、ユキノシタだろ?ゲンノショウコだろ?ドクダミ草もあったよなあ。
オオバコもいい草だって、ばーちゃん言ってたなあ。キャットグラスなんての、あったかなあ…考えているうちに、何を考えていたのか分からなくなって、はじめに戻ることにしました。
そうだよ。
おいらの歌の話をしてたんだよな。
ミーちゃんがおいらの歌を気に入ってくれてたって…へへっ…そりゃ、知ってたけどさー…
とらきちのひげがいつもよりかはまっすぐ伸びて、まるで気を付け!をしているようでした。
ちょっと照れたので、とらきちは、歌ってごまかすことにしました。
もちろんこれも、ねこの特権です。ごまかしは大事な学問の一つです。
「とらとら とらとら トラッキー 黄色と黒でゴー!ゴー!ごごーのゴー!」
ミーちゃんが一緒なので、とらきちはいつもより声をハイトーンで整えました。両手は胸のあたりに組み、背筋をぴん!と伸ばして姿さえも格調高く歌いあげます。
これは、音楽実技の時間に勉強したことの実践で、かかとをあわせるのがコツでした。ねこはつまさきで歩きますから、かかとを合わせておかないとどうしても姿勢がだらけてしまい、かっこよく見えないのです。長時間は持ちませんが、なに、ミーちゃんの前で歌うくらいの時間はぜんぜん大丈夫。とらきちはがんばるのだ。
ミーちゃんが耳を伏せたようですが、ねこはあまりに感動すると耳を伏せることがあるのを、とらきちは知っていました。
ミーちゃんの目が、もう、はっきりと上に上がりました。
「とらきちさん。」
「学校で歌う歌なら、もう少し優しい声で、きれいに歌わなきゃ。」
とらきちは少し、目を伏せました。
「一応、これ、マーチなんだけど。」
「TPOを考えるのが、高学年生の責任よ。」
えっ、TPOって、それなんだっけ。とらのぱんつでオッケー…じゃないよなあ…
とらきちのこころは、少し しん としましたが、そんなことを気にしていては、とらきちの看板がすたります。
「みーちゃんて、ほんとのほんとのところさ、ちょっとうるさいんじゃね?」
知らん顔をして、みーちゃんは続けました。
「それに、音楽の先生だっておっしゃってたわ。とらきちくんは、本当は、とってもいい声の持ち主だって。」
「そうだろ、そうだろ。」
とらきちはもう、すっかり嬉しくなって、もっともっと大きな声で、どんどん どんどん でたらめ歌を歌いました。
「ごろごろ ごろごろ ごろにゃあご」
「学校大好き とらきちさ ごろん ごろん ごろりんごん」
そして、
「おおー。ごろん ごろん ごろりんごん、こいつもなかなかいいや。ミーちゃん、どう思う?」
とらきちは、いつもより大きくぱっちりと目を開けて、ミーちゃんを見つめました。
ななめ45度、カメラ目線、決まりだぜ!
ミーちゃんはなんて言うかなあ。
ミーちゃんは、こないだの作曲の時間、一等賞をもらっていたもんなあ。
「作詞作曲・とらきち 編曲・ミーちゃん」
というのもいいよなあ…
そんなとらきちの気持ちを知ってか知らずか、ミーちゃんはふーっと長いためいきをつくと、あっちの方へいってしまいました。
だって、
ぱーんつ ぱーんつ とらぱんつ
なんて、これ以上、聞きたくなかったんですもの。
ミーちゃんのほっそりした長いしっぽが、クローバーの白い花の中で、上を向いたり舌を向いたり、横を向いたりしているのがちらっと見えて、それから見えなくなりました。
とらきちはちょっとだけ変な気持ちになりましたが、あんまりお天気がいいので、すぐに忘れてしまいました。
だって、それはそれはきれいな、青い空でしたからねえ。
クローバーの花がそれはそれは白く咲き誇って、あたりはクローバーの甘い香りで包まれていました。揚げ雲雀が、遠くの空高くで鳴きかわしています。
もしも目を凝らしたなら、クローバーの花の間に、3匹のそれはそれは小さいねこがゆっくりと、白いねこの後をついていくのが見えたことでしょう。
3匹はくねりくねりしながら、でも確実にクローバーの花の間を歩いていきましたっけ…
※ミーちゃんと3匹の小さいねこさんが摘んだクローバーの花を、小さい環飾りにして読んでくださったあなたに。どうぞよい眠りを!
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