第32話 元諜報員は受験者を救う
10階層のミノタウルスを適当に屠りながら、進んでいると、見るからに疲労困憊の様子の先頭を進んでいた2人に追いついてしまった。
(見るからに疲弊してるな……)
2人には少し【青焔】のドームの中で休憩してもらっている。ソラはすっかり目が覚めたようで相変わらず元気だが、リュカは少し泣いていたし、休ませた方がいいだろうと判断した。
おそらく、ミノタウルスに視姦され、『先程』の光景を蘇らせてしまったのだろう。すっかり元気になったように見えて、やはり心の傷は深いのかもしれない。
(この配慮は当然の措置だが、1人で様子を見に来るんじゃなかったな……)
先行していた2人はボロボロだ。魔力もかなり消耗している。
「どうする!? さっきは何とか逃げ切れたが、『アイツら』また群れてるぜ!!」
「どうするって、あそこが下層への道なんだから、討伐するしかないわッ!!」
「……冗談だろ? 3匹相手でも2人で、『やっと』だったんだ。軽く15匹は居るぞ?」
「だからって何なのよ! 何が『俺について来い!』よ!! これなら、『あのエルフ』と手を組んだ方がよかったわ!! あの『3人』は急に消えちゃったし、ウチは、仕方なくあんたに着いてきたのよ!!」
「なんだよ! 俺だって本当はエルフがよかったよ!! 相手にされなかったんだから、仕方なくお前にしたんだろ!!」
2人のやりとりを聞きながら「ふぅ〜……」と深く息を吐く。今、1番の『愚策』が仲間割れだ。少し考えればわかるだろうに、2人はお互いに責任を押し付け合っている。
(周囲の力量を推し量り、『急造』のパーティー結成。本来なら、この2人はもう『合格』していただろう。緊急だったとはいえ、あの事件で『試験官』を退場させてしまったのは俺か……)
試験を即刻中止にしなかった『冒険者ギルド』の事を考えると「何かしら」の対策は打っているはずだ。
(ブライアンがみすみす『受験者の命を落とす事を良しとはしない』と判断したが……)
俺は思考を続けながらも、2人の様子を伺う。疲労困憊ではあるが、言い争いできるほどにはまだ元気だ。ここで無闇に特攻しないだけでも、この2人が充分優秀である事は判断できる。
(でもいいのか……? 来てるぞ?)
グオオォオオオオン!!!!
ミノタウルスが2人に気づき、のそのそと歩みを進めている。2人は即座に反応し、剣士の男が前衛に立つと、声を荒げる。
「お、お前は逃げろ!!!! ここは俺が引き受ける!」
魔導師の女はその言葉に大きく目を見開き、即座に詠唱を開始する。
「おい! 逃げろ!! 魔力も回復してねぇだろ?」
「……黙りなさい!! ここで見捨てるなんてウチには出来ないッ!! アンタを見捨てて『冒険者』になれたとしても、ウチはそこで終わりよッ!! 《水壁(アクア・ウォール)》!!」
ザザァアー!!
水の壁が打ち上がると同時に、魔導師の女は剣士の男の肩を引き、
「退くわよ!! ここで2人で対応するには、この『数』は多すぎる!! 冷静な判断を!! 『ブライアン様』も言ってたでしょ?!」
と叫んだ。
グオオォオオオオン!!
しかし、ミノタウルスの中には水の壁から腕を出し潜り抜けようとしてきている。
「逃げろ!! お前は『冒険者』になれ!! 俺は1人で余裕なんだよぉぉおお!! 《速剣》!!」
剣士の男は「まぁまぁ」なスピードでミノタウルスに斬りかかり、腕を一つ飛ばすが、左右から2匹が出てきている事は気づいていないようだ。
「ふざけんなッ!! 2人でなるんでしょ!!」
魔導師の女が叫ぶと共に、左右のミノタウルスは全ての姿を見せる。
俺はひどく感動していた。
感動している暇なんてないのに……。
情報収集しているときに見た『冒険者』よりも、目の前にいる2人の『受験者』の方が優秀で、かっこよく、なによりも『自由』だった。
「死」が目の前にあるのにも関わらず、結局は『互いのために命』を落とす。ひどく『自己中心的』なその姿にひどく胸が撃ち抜かれる。
冒険者の死亡率は「『冒険者ランキング』に取り憑かれ、無謀な任務に挑戦しているだけだ」と感じた。でも、きっとそれだけじゃない……。
誰よりも『自由』に、何よりも『自己中心的』に『なりたい自分』を追っている。
(これが『冒険者』だ……)
目頭がグッと熱くなる。
(いいかな? 俺も『自己中心的』に動いても……。いいんだよな? 俺は『冒険者』になるんだからッ!!)
俺は俺の中にある『最速のギフト』を発動させる。
「《閃光》……」
絶対的はスピードは、ダンジョン内に一瞬の眩い光を走らせる。俺は冷静にミノタウルスの頭を【圧縮】させ、もぎ取る。
ザパァア……
その場のミノタウルス共の首から血しぶきが上がる。剣士の男はしっかりと魔導師の女に覆い被さり、眩い『光』に耐えているようだ。
(……一瞬で離脱しないとな)
【閃光】は自身の肉体を『一瞬だけ光』にする。魔力のない俺にできるのは30メートルほどだけだ。圧倒的なスピードを実現するが、本来なら連続使用が出来ないのが難点だ。
それを連続使用。数にして20回。一回使用で20秒の再発不能。俺は随時、【回復】と【身体強化】、【腕力強化】と【脚力強化】、そして、【空気操作】で空気の膜を張り、極限までリスクを軽減する。
それにより、連続使用の実現を果たす。【閃光】が優秀なギフトであるので、それを連続使用できるように改良に改良を重ねた結果、手にした『力』だ。
視認は確実に不可能。ちなみにこれは、貧困街の長老のギフト。俺が1番初めに『契約』したギフト。
――「おんし」は『天下』を獲れるでな!!
長老の歯が抜け散らかしている笑顔が頭に浮かぶ。諜報員(スパイ)になってからは、目立ちすぎるため一切使用する事がなかったギフト。
いつか役に立つと、誰もいない山の中で改良を加えていたがこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
「なんだ……? これ……」
「は、離れなさいよ! ……えっ?」
2人の声を背に立ち去る。
(ちゃんとゆっくり休憩してから、下に降りろよ?)
心の中でそんな事を言いながら、2人から距離を取ると、【透過】を発動させながら、ふぅ〜とその場に座り込んだ。
微かに全身が痺れている。
(まだまだだな……。俺も)
改良が完全ではなかった事を理解しながら、考察に入ろうとしたが、モワァアっとダンジョン内に熱気が顔を出す。
(……ちょっと来るのが遅いんだよ、ブライアン)
悪態を吐きながらも、とりあえずこれであの2人が命を落とす事はもうないだろうと頬を緩めた。
※※※
「何だったんだ? いまの……」
「……お、『王子様』……?」
「はっ? どんな王子だよ! どっちかと言えば、『神様』の方が近いだろ!」
「そうね……。でもおかしいわ。『魔力感知(マナ・サーチ)』に全然かかってないわ」
「お前いつの間に……。ってか、神って『魔力』あんのか?」
「……そうね。『神』なんだから、『魔』の『力』なんて必要ないわよね……」
「……ほ、本当に『神様』か?」
2人の間には数十秒の沈黙が流れる。
「……ちょ、ちょっと!! それより、早く退けなさいよッ! いつまで乗っかってきてるのよ!」
「なっ!! 俺はお前を助けようと!!」
「別に頼んでないわ!!」
「チィッ! 可愛くねぇ女だッ!」
「……まぁでも、あ、ありがとッ……。アンタがどうしてもって言うなら、正式にパーティーを組んでもいいわ……」
「……いや、俺は合格したら、もう一度、あのエルフにアタックするから……」
「何よ!! このバカッ!! あの子の顔見た? アンタなんか、相手にされるはずないでしょ!?」
2人はまた言い争いを始めてしまう。なんだか噛み合っているようで噛み合っていない『ローラン』と『エルマ』であった。
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