第33話 ギルドマスターはあまりの才能に身震いする



 ブライアンは『銀翼(シルバー・ウィング)』のダックと別れ、すぐに3階層へと足を運んだ。


(今回はかなり優秀なヤツが揃ってるな……)


 などと観察しながらも、ここ最近の冒険者のレベルの低さに、「はぁ〜……」っと深く息を吐いた。


 ブライアンは正直、15階層まで潜れる『初心者』は絶対にでないと考えていた。よほどの胆力がなければ、『初級』とはいえ難しいのだ。


 それほどにダンジョンは魔境なのだ。


 その中で、自分の力量を把握し、実質的な試験通過の判断はだいたい7階層を超えた者達と思っていたのだ。


(『引き返す勇気』のあるヤツは引き上げてやりたいが……)


 冒険者を夢見る若者をみると、ついつい引き上げたくなってしまうのがブライアンの悪い癖だった。


 身の丈に合わない依頼を受けないように、ランクごとに受けられる依頼を精査しているのにも関わらず、死者が多い事を反省し、そもそもの試験でふるいにかけようと考えたのだが、今回の受験者達は『優秀すぎる』。


(こんな事は通常あり得ないはずなんだがな……。すでに冒険者の連中でも最下層のヤツらは7階層は無理だろうなぁー)


 ブライアンは苦笑しながら周囲を見渡し、ある事に気付いた。初めは違和感を感じた程度だったのだが、確信に変わったのは8階層に入ったところだった。


(……なんでこんなに魔物が少ねぇんだ?)


 それにいつもならうじゃうじゃ湧いているはずのホブゴブリンの数が異常なほどに少ないのだ。


(……こりゃあ……、ちとヤバいな……)


 試験だけを見れば、かなりの受験者が7階層まで潜れている。でも、それはその場に無数に散乱している「魔石」の数のおかげだ。


 『誰か』が魔物を『討伐しすぎ』ている。


 拾われていない「魔石」は、それが受験者の中にいるという証拠のようなものだ。


 ブライアンの脳裏には少しだけ見えた紺碧の瞳が蘇っていた。少し喜んでいるような、悲しんでいるような、そんな複雑な感情を感じさせる『強者』の瞳だった。


(コイツは……『くぐってる』な……)


 ブライアンは直感的に理解し、一切軸のぶれない歩き方を見て、それを確信に変えた。一切の足音がしなかった事に気づいたのは、少し時間が経っての事だ。


(確かに『魔力』はなかった。それは間違いない。前職は、『暗殺』か……?)


 ブライアンは『ベイル』の事をそのように判断していた。一刻も早く、ベイルに追いつきたいのだが、ゾクゾクと現れ始めたホブゴブリン達は、この場の受験者達には討伐不可能だ。


(……コイツらは『ただついて来た』んだな? 『アイツ』に!! ハハッ!! なんてヤツだ!!)


 ほぼ全ての『魔物』を討伐しながら進むなんて、本来ならあり得ない。ダンジョン攻略の肝はいかに魔力を温存しながら、戦う相手と躱す相手を切り分けて進むのだ。


(……『魔力ゼロ』か……)



 ホブゴブリンから受験者達を守りながら、自分の身体が小刻みに震えている事を理解する。


(……『アイツ』を超える逸材か、それとも生まれ変わりか……。どちらにしろ『ヤベェヤツ』って事に変わりねぇ!!)


 ブライアンの脳裏にはかつての自分が絶対に勝てなかった『同志』、冒険者ランキング1位【零(ゼロ)の双剣】の『夫婦』の姿があった。


 ダックが8階層に入った事を瞬時に理解したブライアンは、ベイルの姿を一目見ようと全速力で下層に向かった。




※※※



 俺はブライアンが10階層に到達した事に頭を抱えた。


 おそらく、『あの件』で斥候の役割をブライアンが担ったと言うことなのだろうが、『ギルドマスター本人』が動くなんて事は、何か裏があると考えていいだろう。


 基本的に『上』の人間は指示を出すだけで、決して自分で動こうとする事がないのは、これまでの色々な組織に潜入して、重々理解している。


 つまり、別の「何か」があるのだ。


 そこまで思考した段階で、俺は気づいてしまった。


(……俺は『虚偽』を報告してしまっている!!)


 まさか、リュカを連れて行くとは思っていなかった俺は、リュカの保護までお願いしているのだ。それなのに、現場にはリュカの姿はなく書き置きなども残していない。


 つまりは……、


(『責任』を追求される!! この『失敗』はでかい!! 試験内容をクリアしたとしても、この『失態』が『不合格』に直結する可能性もある……)


 俺はゴクリと息を飲み、ブライアンよりも早く2人と合流しようと考えながら思考を続ける。


 まず、絶対に果たさなければならないのは15階層までのダンジョン制覇。


――文句は言わねぇよ。


 ブライアンの言葉に嘘はない。つまり、ここでこの場をやり過ごし、『15階層まで制覇』をしてしまえば、ブライアンと言えど合格させるしかない。


 ここで見つからなければ、なんの問題もないと言う事だ。なんだ……、思ったよりも『簡単』だ。


(流石に速いな……)


 ブライアンの移動速度を感心しながらも、難なく2人と合流を果たす。


「説明している暇はない。……おいで?」


 俺が帰って来た事に喜んでいるソラとホッとしたようなリュカに、腕を広げながら言うと、


「ベイル様ぁあ!!」


 と即座に俺の胸にダイブしてきたソラとは対照的に、リュカはボンッと音を立てて顔を真っ赤にして倒れた。


(……そ、そうか……。リュカはさっきのミノタウルスからの視姦でトラウマが再発したばかりだった!!)


 俺は自分の配慮のなさに愕然としながらも、ブライアンがあと20秒ほどでこの場に到着する事に少し焦る。


「リュ、リュカ! すまない! まだ少し怖いかもしれないが我慢してくれッ!!」


 俺はソラを抱いたまま、グイッとリュカを抱き上げると、即座に【擬態】を発動させ、【隠蔽】でソラとリュカの魔力を隠し、ダンジョンの壁と同化した。


「べ、ベイルさん……」


 トロンとした翡翠の瞳と密着した柔らかすぎる身体に、思わず息を飲む。


「少しだから……、我慢してくれ……」


「……心臓のドクドクがベイルさんに伝わっちゃう……」


 少し荒くなっているリュカの呼吸は、(もうなんか、それ『怖がって』なくないか?)と思ってしまったが、必死に理性をかき集める。


「ベイル様?」


 口を尖らせ少しヤキモチを妬いているようなソラには表情に頬が緩む。何がどう『香って』いるのかは、わからないが、愛情に飢えているんだな……と考えると、もうソラが可愛くて仕方がない。


「大丈夫。ソラはずっと俺が守ってあげるからな?」


 俺がそう言うと、ソラは嬉しそうにモジモジとして、


「ベイル様……。だぁいすき……!」


 と俺の頬にキスをして「ふふッ」と無邪気な笑顔を浮かべた。


(将来が、マジで不安だ!! ソラを『誰か』にあげれる気がしない……。も、もうずっと誰にも渡さなくていいかな……?)


 そんな事を考えていると、リュカがギュッと俺に回している腕に少し力を入れる。


(あぁ……【擬態】は『天国』だったのか……)


 バカな事を考えながらも、少し手前のところで立ち止まったブライアンに首を傾げる。


(あぁ。ソラを起こしそうだったミノタウルスの群れを屠ったところだな……。受験者が死んでいないか確かめているのか?)


 理解すると、モワァアっと熱気が頬を刺す。かなりのスピードで俺達を素通りしたブライアンの顔は満面の笑みだった。

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