第30話 〜サムと『ネロム』〜
ーーー貧困街
丸一日、貧困街でカインを探し歩いたが一切の手がかりを掴めなかったサムは激しく憤慨していた。
(チィッ! もしかして、昨日の『水玉牢獄(アクア・プリズン)』で俺の気配を察知し、そそくさと逃げやがったか……?)
激しい見当違いをしながらも、サムは一応、準備していた干し肉を齧った。痺れを切らしたサムは、新たに2体の『分裂体』を創出し、貧困街を練り歩かせる。
住人達の鋭い視線に苛立ちながらも、懸命にカインの姿を探すサムの分裂体に1人の男が声をかける。
「……ここで何をしている?」
サムはその男の力量に眉を顰め、この男が只者ではない事を理解する。なぜなら、貧困街に放っている3体の分裂体がほぼ同時に声をかけられたからだ。
1人は目の前に居るぼろぼろの身なりながら風格を漂わせる男。1人はやはりぼろぼろの身なりの片耳が無くなっている男と数人。そして、もう1人が……革命軍幹部、【腐食】の『マイル・ザブルグ』を先頭にその後ろに数人。
サムのオリジナルは即座に立ち上がり、
(よし!! おそらく『本物』だろうが、コイツを捕らえれば、何か情報を引き出せるぞ!!)
と歓喜に震えるが、分裂体の1人がすぐに『消された』ことに大きく目を見開いた。
それはこの中で唯一、1人で分裂体の前に姿を現した男だった。サムはすぐにでも【腐食】の元に駆け出したかったが、何が起こったのかがわからず、驚愕しながら分裂体の残滓を探った。
―――
男は銀色の瞳をしていた。
「質問に答えろ。ここで何してる?」
「いや、ある男を探している。手の甲に『焼印』の入っている男だ。何か知らないか?」
「……お前は国王の手の者か?」
「ハハッ。そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。大人しく情報を俺に伝えれば、答えてやろう」
「その必要はない。お前を捕らえて、直接聞くとしよう……」
「貧困街はバカしかいないのか? 自分の力量と他者の力量を把握してないから、お前は死ぬんだ。《水竜の息吹》!!」
サムの分裂体はすでに【腐食】を見つけた事を共有していた。【腐食】さえ捕らえれば、カインの尻尾を掴めると、速殺の水魔法を放ったのだ。
しかし、『竜の形をした巨大な水の塊』は現れる事がなかった。
(な、なんだ? コイツ……)
分裂体が怯んだ瞬間にはもう遅かった。即座に背後に周りこまれ、何の躊躇もなく肩の関節を外される。一定のダメージを負った分裂体はすぐに消滅してしまった。
消える瞬間、男は小さく呟いた。
「……。覚えておけ……貧困の民を蹂躙した事を絶対に後悔させてやる……」
―――
そしてそれはどの分裂体の元でも等しく起こった。
『魔法が使えない』
残滓を探っている間には、2体の分裂体も魔法を使えず、すぐに消えてしまったのだ。
『オリジナル』はゴクリと息をのんだ。
幼い頃から訓練し続けた『脳』が、必死に警鐘を鳴らしている。【腐食】を捕らえられなかった事よりも、絶大な力を持つはずの自分が、何も出来ずに『消された』事の方が、よっぽど大きな事件だったのだ。
(……ヤバいぞ!! 何だよ! あの銀眼の男は!!)
サムは『風魔法』による超加速で貧困街から逃げ出そうと魔力を込めた。しかし、それは展開される事はない……。
ゾクッと背中に汗が伝う。
サムは自分の足で必死に駆けた。自らの肉体でこんなにも筋力を酷使するのは初めての経験だが、「このままここに居れば命がない」事は容易にわかった。
サムは何がなんだかわからず、とにかく走った。あの銀色の瞳から逃げ出すために。しかし、走り慣れていない足は簡単にもつれてしまい、ドサッとゴミに塗れる地面に顔をつけた。
(ジャ、ジャング!! た、助けてくれ!! 『魔法』が使えなくなっちまったんだ!!)
サムは心の中で、信頼のおけるギルド長に懇願するが、どんな時でも冷静さを保たなければならない『諜報員(スパイ)』が、必死の形相で逃げ帰る表情はあまりに滑稽なものだった。
◇
「団長、どうしますか?」
【腐食】の「マイル」は銀眼の男に問いかけた。
「……許すはずがないだろ?」
「……」
男の言葉にマイルは押し黙った。静かな憎悪を滲ませる銀色の瞳に憧憬を抱きながらも、少しだけ畏怖する。
銀眼の男はゆっくりと口を開いた。
「ちなみに『詠唱』は無し。【無詠唱】で属性は『水』だった。間違いないか?」
「確かに『詠唱』は無しだった。でも、俺のとこの『ヤツ』の属性は、おそらく『火』でしたよ? 『火炎牢獄(フレイム・サークル)』と叫んでいたので……」
「『ルーカス』。お前の所は?」
声をかけられたのは革命軍幹部【圧縮】のルーカス。
「俺んとこも詠唱はなし、『地竜(アースドラゴ)なんたら』って叫んでたんで、属性は『土』ですかね?」
銀眼の男、革命軍団長【反魔法(アンチ・マジック)】の『ネロム・リラベル』は静かに目を瞑り思考に入ると、すぐに目を開いた。
「先日話した直感でいえば、『アレク国王』は話のわかるヤツだった。しかし、『あの男』が国王の手の者の可能性もなくはない。どうやら、もう一度王都に足を運ぶ必要がありそうだ……」
「決起するんですかい?」
ルーカスはニヤリと笑みを浮かべるが、ネロムはそれを鼻で笑い、言葉を続ける。
「……国王に『この事』を進言し、今一度、これからの未来について擦り合わせを行う必要があるようだ。……『ミミ』!!」
名前を呼ばれたのは、サムが貧困街を訪れて1番初めに出会った少女。ミミはトコトコとネロムに近づくと、数枚の『写し絵』を差し出した。
「ありがとう……。怪我はないか? ミミ」
ミミはコクコクッと何度も頷きそれに答える。ネロムはミミの頭に手を置きながら、『写し絵』を確認する。
そこには、サムが貧困街の住人を溺死させている所がバッチリと写されていた。
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