第29話 元諜報員はダンジョン攻略を再開する



 まさか、1番関わらないと決めていた受験者と仲間になるとは思ってもみなかった。

 

(『成り行き』に任せるのも『自由』の醍醐味なのかもしれないなッ!)


 『スライム』と『ゴブリン』を特殊な弓矢で瞬射しては、褒めて欲しそうにチラチラとこちらを様子を伺ってくるリュカを見ながらそんな事を考えた。


 これまででは考えられないような自分の行動が、少し嬉しくもある。「きっと心のままの答えが、自然と口から出たのだ」とプラスに考えれば、俺はしっかりと『自由』を謳歌しているような気がしたからだ。


「リュカちゃん、すごいねぇ〜!!」


 俺の手を握っているソラは、リュカの戦闘を見ながら感嘆の声を出す。


『本当に『コレ』が魔物だったんだ!!』


 などと不粋なことは言わなくていいだろう。本当に驚いてはいるが、改めて確認する事でもない。


 そして『魔物』は死ぬほど弱かった。なんなら、先程、試験官を呼びに行く時に、5階層にワラワラといて邪魔だったので何体か『轢いた』。


――舐めてかかると死んじまうぞ?

――魔物ってのは下級でも相当な力を持ってんだ。

――商人なんかじゃ太刀打ちできねぇよ……。


 いくつもの冒険者達の言葉が過っては、穏やかに微笑んだ。


(嘘じゃん……)


 もう神もびっくりの悟り顔しかできない。嘘をついているつもりがなかったのだとしたら、冒険者のレベルは逆の意味でなかなかの物だ。


 俺が悟り顔を決め込んでいると、『銀翼(シルバーウィング)』の気配が近づいてきたので、俺は咄嗟に気配を消した。


 本当は現場で待っていないといけなかったのだろうが、もう色々とキャパオーバーだ。ここでさらに注目を集めて、ドキドキ、バクバクするのはしんどい。もう、すでに今まで感じた事のない疲労感でいっぱいなのだ。


(『自分を生きる』って本当に大変だなぁ〜)


 などと全ての生物に尊敬の念を抱きながら、ふぅッと小さく息を吐く。



バサッバサッバサッ!!!!



 ダンジョン内に翼の音が響く。


 俺は即座にソラとリュカをグイッと引き寄せ、【擬態】を発動させる。【透過】は使用者にしか作用しないので、ダンジョン内の壁に擬態し、その場をやり過ごした。


 銀色の翼を背に生やした「ダック・カリオン」がパーティーメンバーである「ミリア・ローズ」を乗せて現場へと向かっていく。


(いいなぁ〜……。翼……)


 などと考えながら、自分には使用できない【銀翼】のギフトのかっこよさに痺れた。


「……ハァ、ハァ、ハァ……、し、心臓が……」


「ふふふっ。ベイル様。あの人『不安』だねッ……」


 咄嗟に引き寄せてしまった事を理解しながら、リュカの胸の感触にピシッと固まってしまい、ソラの楽しそうなイタズラっ子のような笑顔にときめく。


 なんとも言えない心臓のムズムズに、頭がクラクラしながらも、【擬態】を解き、慌てて声を上げる。


「急に悪かった!! ご、ごめんな?!」


「いえ!! ……む、むしろ幸福です」

「ソラも楽しかった!!」


 リュカは顔を真っ赤にして、ソラは無邪気に笑顔を浮かべる。言葉に嘘は見られない。


 ホッとしながらも、これから一緒に行動するのであれば、俺の『最大の欠点』を伝えておく必要があると思った。


 これからこんな事は多々あると思うし、2人は俺を何やら勘違いしているので、釘を刺しておく必要がある。


「……お、俺、ちょっと注目されるの苦手なんだ」


 俺の言葉に2人は「ん?」と首を傾げる。


「顔を見られるのに慣れてないんだ……。人前で目立つような事もあまりしたくないし、『ある組織』から追われている……」


 2人は大きく目を見開く。


「だから俺に関わると、大変な事になる可能性もゼロではないぞ……?」


 言いようのない不安感が胸を締め付けてくる。本来なら最初に伝えるべきことだった。少しバタバタして、その事を失念してしまっていた。


 ギュッと目を閉じると、自分の手が微かに震えるのがわかる。


―― お前は『存在してはいけない』!! この世界でお前の存在を喜んでくれる者など1人もいない!!


 思い出したくもない言葉が脳裏を掠め、グッと拳を握ると、フワッと小さな手が俺の拳を包んだ。ハッと目を開けると、そこには屈託のないソラの笑顔があった。


「ソラは、ベイル様と居れるならそれでいいんだよ?」


 俺がソラの笑顔に固まっていると、リュカはもう片方の手を取った。


 その手は微かに震えており、先程の余韻が、少なからず残っている事を察する。それなのにも関わらず、リュカは優しく微笑み、


「ぼ、私は、絶対にあなた様の『お嫁さん』になるんです」


 と呟いた。両手から伝わる『優しさの熱』に、たじろぐ。経験した事のない心のムズムズに目頭が熱くなってしまう。

 

 ソラは「ふふっ」と小さく笑うと、


「ベイル様? 『嬉しい』?」


 心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「……!! あ、あぁ。そうか……。うん。そうだな。2人が俺を嫌わないでくれて、嬉しい……。認めてくれて、嬉しい……」


 ソラの言葉に自分の心のムズムズの正体を知る。


「それに、ベイル様の笑顔は他の人は見ちゃだめなんだよ!!」

「そう! 『あの笑み』は僕とソラちゃんだけの特権だよね?」


 2人は俺の手を取ったまま、仲良く談笑し始める。ムズムズの正体は、『俺自身』を知ってもなお、求め、認めてくれる事に対する『幸福感』だ。


 リリア以外に、本当の仲間ができた事に対する、深い深い『幸福感』だ。トクン、トクンと弾む心音が心地よくも息苦しい。


(……ありがとう)


 心の中で呟いていると、ハッとしたようなリュカが顔を青くしながら叫んだ。


「ご、ごめんなさい!! ぼ、僕、知らなくて……マ、マント! これ! ごめんなさい!!」


 リュカは慌てて俺のマントを脱ぐと、「あっ。汚してしまいましたよね? 本当にごめんなさい!」などと、謝ってくる。


 リュカには羞恥心という物がないのだろうか?


 俺は慌てて視線を外したが、しっかりと『見ている』。いや、もうこれは仕方がない!! そこにはリュカの綺麗で透き通る白い肌と、細い腰……、そして先程はギリギリ隠れていた、素晴らしい『お胸』が挨拶しているのだから。


「いや、リュカ……。それはお前が使え。自分の状況をよく考えろ」


 俺が慌ててそう言うと、リュカはピシッと固まり、全身を火照らせ、


「あ、ありがとうございます……。お、お借りします……」


 と頭を下げ、すぐにマントを羽織った。ギュッと強く握られた手に違和感を感じ、ソラに視線を向けると、少し口を尖らせて、


「ソラだって、大きくなったら、大きくなるもんッ!」


 と綺麗な瞳に少しだけ涙を溜めた。即座にソラが『大人』になった姿を想像してしまった自分が怖かった……。



グギィ……



 ちょうど出てきた『ゴブリン』に、俺はゆっくりと石ころを拾い【腕力強化】した腕でゴブリンの頭目掛けて投石する。


「よし。先を急ごう!!」


「「…………」」


 2人は俺がゴブリンを討伐した事に、大きく目を見開きながら驚愕しているが、(やっぱり、俺の戦闘は冒険者らしくないのかな?)と首を傾げながらも、3階層に足を踏み入れた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る