第27話 元諜報員はエルフの王女を仲間にする ①


ーーー初級ダンジョン



 とりあえず試験官に事件が起こった事を伝えると、一足先に現場に戻った。


 あのエルフがソラに危害を加えるとは思っていなかったが、【青焔】のドームがあるとはいえ、『黒炎の方舟(アーク)』の連中が目を覚まし、嫌な事を言ってくる可能性もあるので少し急いだのだ。


 だが、到着してみると連中は未だに意識を失っており、それは杞憂に終わった。それよりも、信じられないほど仲良くなっている2人に絶句しているところだ。



「『ソラちゃん』は、偉いなぁー。ちゃんとした目的を持って冒険者を目指したんだ……」


「うん。ベイル様に会えただけで、ソラの夢は一つ叶っったんだよ? 『リュカちゃん』はどうして冒険者になろうって思ったの?」


「うぅーん……。僕はただ逃げ出したかったんだ。里から……。『あの地獄』の生活から逃げ出せれば、本当はなんだってよかったんだ……」


「だ、大丈夫だよッ!! そんなに『怖い』ないよ? ベイル様が冒険者はとっても『自由』だって言ってたから、絶対大丈夫だからねッ!!」


「……ソラちゃんは心の中が見えるの?」


「ううん。『匂い』がするの。リュカちゃんは、強がりで負けず嫌いに見えるけど、本当は優しくて、実はとっても寂しがり屋さんなのもわかってるんだ!」


「ふふっ。そうかも! ありがとう。ソラちゃん。……それよりも、あ、『あの方』の事を思うと胸が苦しくて、顔に熱が……。ソ、ソラちゃんもそうなの?」


「うぅーん……、ソラはベイル様といると、心があったくて、ポワポワしてとっても安心するんだよ?」


「……ぼ、僕とは少し違うのかな……? 身体がウズウズしちゃうんだけど……。こんなの初めてで、どうすればいいのか……。『あの方』を見ると心臓が壊れたみたいに脈打って、途端に苦しくなるんだ!」


「……!! リュカちゃんは、ベイル様を『あいしてる』んだね!! ソラも一緒だよ!! ママが言ってたの。『ドクドクの心臓』は『あい』の印!! 『少しでも離れると胸が苦しい』のも『あい』の印! ソラも一緒だよ!! 少しでも離れると胸が苦しくなっちゃうの……」


 エルフの女は耳まで真っ赤にして俺のマントに顔を埋め、ソラは少し口を尖らせて淡褐色の瞳を潤ませている。



(……そ、そろそろ【透過】を解いていいかな?)


 完璧にタイミングを失ってしまった俺は、何だか胸がぽかぽかしている。


 エルフはおそらくあの状況から脱した深い安堵から心拍数の上昇があるのだろうが、ソラの言葉は素直にグッと来た。


(ソ、ソラぁあああッ!!)


 心の中で絶叫しながら悶絶していると、恐ろしい言葉が俺の鼓膜を揺らした。


「そ、そうか……。僕は『あの方』を愛しているんだ。これが『愛』なんだ……。そうだよ!! これは『愛』だ!! よ、よし! 僕もパーティーの仲間にしてもらって、『あの方』の『お嫁さん』になれるように、頑張るよ!!!!」


 俺は【透過】したまま顔を引き攣らせ、ただその場に立ち尽くした。


(な、何言ってるの? このエルフ……)


 深く物事を考えないタイプなのかもしれないが、キラキラと輝く翡翠の瞳と、赤く染まった頬のエルフは文句なしに、美しかった。



――せ、先生!! いつか私と『子』を作っては頂けませんか!?



 『憧憬をこじらせた』リリアの言葉がフラッシュバックし、『恐ろしすぎる勘違い』を加速させたエルフに絶句する。


 俺はしばらく放心しながらも、


(まさか勘違いとはいえ、『俺』が2人の『美女』から恋情を抱いてもらえるなんて……)


 と感動する。このエルフが悪いヤツでない事がわかっているだけに、こんな美女が『俺自身』の事を求めてくれる事は素直に嬉しかった。


 俺はこのエルフの事を知っている。


 容姿を見たのも、声を聞いたのも、会話をしたのも、初めてだが、王国と協定を結んでいるエルフの里の情報は頭に入れてある。


 それに、他国からエルフの里に侵攻して来たときには戦地に送られ、他国側に潜入し相手方の戦略や戦力などの情報をエルフの里に流した事があるのだ。


 その時に、大まかなエルフの背景も洗い直したし、間違いない。


(……『王子』じゃなくて『王女』だったのか)


 『リュカ・ユグラシア』。150年前に『亡くなったはずの王子』と同じ名前と同じギフト……。先程の自己紹介には、嘘はなかった。何やら色々ありそうではあるが……、


「ねぇ、リュカちゃん!! ベイル様、まだかなぁ?!」


 ソラが笑っている。それだけで信じるに値する。ソラの『鼻』は、おそらくかなりの精度で感情を読む。【透過】したまま、俺はソラの笑顔を眺める。



「そ、そうだね……。ソ、ソラちゃん! ぼ、僕は『あの方』のお嫁さんになれるかなッ!?」


「……リュカちゃん……。ベ、ベイル様はあげないよ!! ソ、ソラの『導き手様』なのッ!! 取っちゃダメだよ!!」


「え、あっ。いや、別にソラちゃんから奪おうとしてるわけじゃないんだよ?! ご、ごめんね?!」


「……ぜ、絶対……?」


「うん!! 約束するよ!!」


 ソラは「よかったぁ〜ッ」と無邪気に笑うと、エルフは、ソラの笑顔に対して愛おしそうに微笑み、


「ソ、ソラちゃん! ギュッってしていい?」


 と少しヨダレを垂らしている。



(お、おいッ!! 『これ』、どうする!? 『ベイル・カルナ』!!)



 ソラを抱きしめているエルフは、先程の『悪夢』など忘れてしまっているかのように、ソラにメロメロだ。ま、まぁそれはよかったんだが、斜め上のエルフの対処に関しては、激しく困惑している。


(……そ、そもそも、ソラは俺の『匂い』を察知していない?)


 先程は『残り香』を追っていただけだった事を把握しながらも、ここからの一手をどうすればいいのかと頭を抱える。


(こ、このエルフは綺麗すぎる! いやでも注目を集めて、俺まで多くの人の目に晒されるッ!! か、考えただけで、恥ずかしくて死ねる!! で、でも、素直に嬉しいのも確かだし……、このエルフが『勘違い』に気づくまでくらいは一緒に行動するか? いや、でも……)


 まだ思考が纏まっていないのに、先程、【透過】したまま『事件』を知らせた『銀翼(シルバーウィング)』の「ダック・カリオン」が2階層に登って来た事を察知する。


(……ク、クソッ!! なかなか速いじゃないかッ!!)


 俺は無茶苦茶な言いがかりを心の中で叫びながら、ひとまず2人の前から離れ、【透過】を解いた。

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