第26話 試験官は何も分からず困惑する
Aランクパーティ、冒険者ランキング55位『銀翼(シルバーウィング)』のリーダー『ダック・カリオン』は、何が起きたのか全く理解できなかった。
「ダック・カリオン。試験官で間違いないですね? ダンジョン2階層に、『黒炎の方舟(アーク)』と呼ばれる裏組織が潜入しており、エルフが1人狙われていました」
ダックは声が聞こえると同時に詠唱に入り、咄嗟に『魔力感知(マナ・サーチ)』をかけたが、一切引っかかる事はなく、キョロキョロと周囲を見渡した。
(ここは5階層……。『受験者』がこんなに早く俺に追いつくなんて不可能だろ? かなり本気で進んでるんだぞ?)
ダックは現状を把握できず、相手も見つける事が出来ず、ただ身構えた。
「2階層、正規ルートとは逆方向に進んだ2キロ程度の場所に無力化した『黒炎の方舟(アーク)』がいます。すぐにギルドマスターへ報告し、憲兵団を派遣して下さい。また、襲われたエルフの保護もよろしくお願いします」
「だ、誰だッ!! どこに居るッ!! 姿を見せろッ!!!!」
「……姿を……? そ、それは無理です。早急に対処をお願いします。また、エルフの少女には女性の冒険者か憲兵の派遣でお願いします。理由は言わずともわかりますか?」
ダックは一切姿や気配を感じない事に寒気をしながらも、早速思考に入る。
(『黒炎のアーク』? なんだ? その組織? 知らねえぞ!! でもそれが事実だとしたら、完璧に冒険者を舐めてやがる!! 2階層? そんな異変は感じなかったが、巧妙な『結界』があった可能性もゼロとは言えねぇ…)
ダックは記憶を振り返るが、いつも通りの初級ダンジョンだったと考えてしまう。
「ま、待て!! お前は何者なんだ!? 襲われたっていうエルフは『セーフ』だったのか?!」
「……俺はただの受験者です。エルフは『最悪』には間に合いましたが、心には傷が残っているでしょう。ギルドマスターと憲兵団への連絡、くれぐれもよろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待てよ!! 顔ぐらい見せろ!! 何で俺が試験官って知ってる!? バッチリ変装してんのに、わかるはずねぇだろ!?」
「……俺が『誰か』よりも、いま『すべき事』を……。では、俺も試験に戻るので……」
ダックはこの『声』を信用していいのかどうかを考え始める。
そもそも、自分が気づけないほどの『手練れ』がダンジョンに潜入していて、この『声の主』はその事に気づき、もう既に制圧し終わっているという事になる。
(『受験者』の中で1番の可能性を感じたのは、『獣人』の幼女。あとは剣士風の男と女の魔導師……。それから……、あの綺麗なエルフか……!)
ダックはもう何がどうなっているのかわからないが、もし万が一、それが事実だった場合、この時間が無駄になる事だけはわかった。
「チィッ!! 事実の可能性があんなら、行くしかねぇ!! 今回はブライアンさんにも『死者』を出すなって言われてるし……」
ダックは荷物から通信用の魔道具を取り出すと、魔力を込める。
ジジッ……ジジジッ……
「おい! 聞こえるか? 『バン』! 『ミリア』!」
――なんだ?
「バンか!! 今どこだ?」
――まだ1階層だ。今回はダメだな! ほとんどが迷子ばっかりだ。そもそもブライアンさんも人が悪いよ。ダンジョン攻略なんて、相当な準備がねぇと、
「わかった、わかった!! そんなことより、異常があったみたいだ! バンはすぐにギルドに戻ってブライアンさんと憲兵団に『黒炎の方舟(アーク)』ってのがダンジョンに潜り込んでたって、伝えてくれ!! ミリアは俺と合流だ! 2階層に降りた所で待ってろ!!」
――なんだよ! 何があったんだ!?
「なんか、ヤベェ奴らが潜入してたって『声』が……。まぁ今はいい!! とりあえず、『黒炎のアーク』って組織だ!! 間違えるんじゃねぇぞ?」
――……『イル』はどうする?
「イルはそのまま受験者達の『お守り』でいい! 俺は今から現場に行ってみるからよ!!」
――おいおい、まだ見てもねぇのに、俺はギルドに戻んのかよ……。
「ぶつぶつ言うな!! もし、これが本当なら相当ヤベェ奴らだぞ。俺は一切気づかなかったんだからなッ!!」
――なるほどな……、了解!!
ダックは魔道具をバックにしまうと、駆け出しながら詠唱を始め『身体強化(ボディ・ブースト)』を展開し、【銀翼】の翼をバサッと広げながら、2階層への道を急いだ。
※※※
「ダック……。これ……」
現場に到着すると、合流したミリアは小さく呟いた。ダックはそれには答えず、目の前の光景にただ唖然とした。
そこには、12人の男達が意識を失ったまま、拘束されている光景が待っていたからだ。
「……何がどうなってんだよ」
ダックは先程の『声』を思い出しながら、1つだけ気になる事があった。
(エルフなんかいないじゃねぇかッ!!)
心の中でそう叫びながらも、ゴクリと息を飲む。
片腕を落とされ、もう片方が粉々になっている1番大怪我している男には見覚えがあったのだ。
「ねぇダック……、これ『黒炎の男』よね?」
「……あぁ。間違いねぇ……」
それは冒険者ギルドの掲示板に一角に、張り出されている『写し絵』と同じ顔だった。
※※※
憲兵団からの「Sランク依頼」
【黒炎】のギフトを持つ男を捕縛する。
裏組織の頭目であり、指名手配中。生死は問わない。
達成報酬 1億J(ジュエル)
ランキングポイント 100p
※※※
ダックはまたゴクリと息を飲む。
(『あの声』のヤツ……。本当に何者なんだ……? Sランクの依頼を達成できるようなヤツは見当たらなかったぞ……? こんな事あり得るのか? 俺達のパーティーでも、まだ『S』には手をつけてないんだぞ……?)
ダックは引き攣った笑みを浮かべていると、
ピキッピキピキ……
と空気が裂けて行くのに気づいた。空気が裂けると、中からモワァッと熱風がダンジョンに流れ込んでくる。
「ブライアンさん!! もう終わってるからッ!! 周りが燃えちゃうからから抑えて下さい!!」
「ダック!! 何があった? みんなは無事か!?」
『太陽』を纏ったブライアンは慌てて飛び出して来ながら、大声を上げる。
「全貌は分かりませんけど、多分大丈夫です!! なんか……、信じられないんっすけど、誰もいないのに声が響いて……」
ダックがブライアンに説明していると、
ダッダッダッダッ!!!!
と憲兵団も空気の裂け目からなだれ込んでくる。
「本当だ!!!! 間違いない!!!」
「やっと……、やっと捕まえれる!!」
「『黒炎の方舟(アーク)』を捕まえられる日がくるとは……」
「「「ご協力感謝致します!!!!」」」
ダックは涙を流しながら何度も何度も感謝を伝えてくる憲兵達を見つめながら、この組織がどれだけの悪行を積み重ねていたのかを悟った。
「ダック。最初から説明しろ!!」
ブライアンの真面目な表情に、ダックは「ハハッ……」と苦笑を浮かべながら呟いた。
「いや、俺だって説明して欲しいですよ……。気がついたら、こんな事になってんだから……。とりあえず『受験者』の中に、『コレ』をやってのけた『規格外のルーキー』がいるって事だと思います……」
ダックは引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかったが、ブライアンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「……ヘぇ〜。ふぅ〜ん……。ブッハハハ!! こりゃあ、楽しみだなッ!! 『銀翼』は負傷した受験者や、もう無理そうな奴らの『回収』に入れ! 『斥候』は俺がする!! どうしても直接見てみたいヤツがいるんだ!!」
ブライアンはそう叫びながら、唯一顔が見えなかった少年の『歩き方』を思い返していた。
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