第25話 〜ジャングと国王〜 ②



 ジャングは国王の言葉の数々に焦燥感に包まれていた。


(ほ、本当に『調略』を……。あのゴミが……!? そ、そんな事はありえない!! 国王に直接、書状だと? ふざけやがって……!!)



 ジャングの頭にはカインの言葉が必然的に蘇った。


――国王陛下にご確認を……


 一切聞く耳を持たず、言葉を遮った自分の愚行が否応なしに『現状』を叩きつけてくる。


(ヤバい!! ヤバいぞ!! 陛下がここまで『カインをかっている』など、思いもしなかった!!)


 国王の命令で仕方なく拾った孤児。ゴミ臭く、汚らしい子供……。今でも陛下が覚えていた事すら想定外だ。


 確かに、報告は上げていた。

 全ての諜報員(スパイ)の進捗は逐一、国王にも報告は送っている。


 ジャングは、「『魔力ゼロ』の『無能』が死んだところでギルドに与える損失は何もない」と「死地」にカインを送り続ける中で、しぶとく生き残るカインの姿にすっかり麻痺してしまっていたのだ。



 任務遂行の経歴だけみれば、カインが優れた諜報員である事など一目瞭然であるはずなのに、いつもボロボロの姿で帰還するカインの姿に、


――運のいいヤツだ!!


 などと認める事をしなかった。そのツケが今まさに自分に猛威を奮っている。


(マズイ!! 陛下の【天眼】の前では嘘は許されない。どれだけ巧妙に偽ったところで、『心を見透かされれば』どうする事もできない!!!!)


 ジャングはひどく焦っていた。


 『貧困街出身の小汚いガキを押し付けられた』

 『蓋を開ければ『魔力ゼロ』の欠陥品だった』


 この2点で確実に線引きをした。


 『カイン・アベル』は『ゴミクズ』だと。


 そして同時期に、伯爵家から非の打ち所がない『サム』がギルドを訪れた事も要因の一つだ。


 凄まじい才能を持ち合わせた貴族出身の身綺麗な子供。王族にも引けを取らない、圧倒的『魔力量』と、【分裂】する事で、属性が変わる『上級魔法』の顕現。そして『無詠唱』のユニークスキル。



 ジャングはひどく苛立っていた。


 もう次の一手は何もない、すでに『詰んでいる現状』に、最適解を求めて頭を高速で回転させていたのだ。



「ジャング……。貴様、何を隠している?」


 国王の低くドスの聞いた声にジャングは硬直する。


(ひ、瞳を合わせれば終わりだ!! どうする!? どうすればいいッ!? ヤバい、ヤバい、ヤバい!!)


 ツゥーッと冷や汗が頬をかけ、ベトつく汗が噴き出しては、微かに震えが襲ってくる。


「……い、いえ! な、何も……」


「ジャング……。ワシに嘘を吐くのか? 聡明なお前な事だ。この状況でワシに嘘を突き通せる事が出来るはずがないとわかってるだろ?」


「カ、カインはッ!! カインは……」


 そこまで言いかけてゾクゾクッと背筋が凍る。


 ジャングは自分が、巨大な国王の手のひら上で跪いているような錯覚に陥る。


 自分の全身を包み込むような【天眼】の気配に、ガクガクと身体が震え始めたのだ。


(……目を合わせたら……『死ぬ』……)


 【天眼】の本当に恐ろしいところは、ギフトスキルである、《恩恵(ギフト)無効化》と、対象者が嘘を吐く事で発動する《断罪(ディカスティース)》にある。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ!! 死にたくない! 死にたくないッ!! か、考えろ! 考えろ!)


 伏せている地面の先には、自分の冷や汗が水溜りを作っている。



「ジャングッ!!!!」


 突然の国王の怒号に、ジャングはビクッと身体を震わせると、「ハッ!!!!」と叫びながら、国王に視線を向けた。


 国王の金色の瞳の中の瞳孔は、十字架のように変化しており、ジャングはガクガクと足を震わせた。


「……ジャング。何があったのだ?」


「……カ、カインは……!!」


 言葉を詰まらせるジャングに国王はピクッとこめかみを震わせる。


「ジャングッ!! さっさと告げぬかッ!」


「……カ、カインは、ギルドを去りましたッ!!」


 ジャングの言葉に国王は眉間に皺を寄せ、大きく首を傾げた。



ガクガクガクガクッ……


 ジャングは必死に身体の震えを抑えるように勤めるが、一向に止まる気配はない。


「どういう事だ……?」


「わ、私は『調略した』などという報告を信じられず……、任務失敗を追求し、『自決』を迫ったところ……、カインは、に、逃げ出したのです!」


「……ん? なぜ情報を精査しなかった? これまでのカインの功績を考えると、『調略』出来たとしても、そこまで信じられない物ではないだろう?」


「…………」

 

「ジャング……、貴様、もしかして……、あれほど優秀な者を『出身地』などで虐げたりしていないだろうな……? そのような『偏見』に声を上げたのが『革命軍』であるのだぞ……?」


「…………」


 何も口を開かないジャングに国王はさらに言葉を続ける。


「貴様のようなヤツに人を束ねる事はできない!!」


「へ、陛下ッ!!」


「ジャング……、『何日』欲しい……?」


「……」


「『何日』で、ワシの前にカインを連れて来られるッ!?」


「……『10日』で!! 10日でカインを見つけ出し、必ず、陛下の前にッ!!!!」


「その言葉に偽りはないな……?」


「ハ、ハッ!!!!」


 ジャングは膝から崩れ落ち、こうべを垂れた。もう顔を上げる事すら許されないほどの、絶望感に包まれていたのだ。


 国王はそんなジャングに冷酷な視線を向けながら、自分の座っている椅子の手すりをコンッコンッと2度叩いた。


 一瞬の沈黙の後、1人の使用人が姿を現すと、即座に口を開く。


「陛下、お呼びですか?」


「『死神の腕輪』を持って来い……」


「承知致しました」


 ジャングはそのやりとりに陛下の怒気を理解する。


(も、もう逃げられない……。10日後にカインを陛下の前に連れて来なければ……『死ぬ』……。『死神の腕輪』は……)


 知らないはずがない。その『魔道具』はカインが裏組織を壊滅させた際に手に入れた、『絶対的な契約』を行使する物だ。



カチカチカチカチッ……



 歯と歯がぶつかるだけの音が玉の間には響いている。


 ジャングに残された時間は10日。


 逃げ出す事も偽る事も出来ない。



 先程の使用人が禍々しい腕輪を盆に乗せて持ってくると、国王はゆっくりと立ち上がり、ジャングの前にやってくる。


「10日だ。それから後任は選んでおけよ。ワシはもちろん、カインを推すが、それはお前の働き次第だ……」


「……ハッ……」


 ジャングの腕に血を吸って赤黒く変色している『死神の腕輪』が触れる。



ガチンッ……



 ジャングのブルブルと震える腕に、『死神の腕輪』がかかった。




ーーーーー

【あとがき】


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