第21話 元諜報員は無双する ①



ゴォオオオオオ!!


「なんなんだよ! あの青い炎はッ!!」

「誰か来たんだよ! ブライアンにバレちまったんだ」

「ふ、ふざけんなッ!」

「俺は悪くねぇ!! どうすんだよッ!!」


 何が起きたのか理解出来ず、困惑する8人のクズには見向きもせずに、先程の石ころを安全な場所に置いてから、エルフの元へと足を進める。



バクンッ……



 エルフの泣き顔に心臓に痛みが走る。


 ただでさえ少なかった布地は、ビリビリに破かれており、両手は頭の上で拘束されている。おそらくこの中の者のギフトか魔法だろう。


 無数の切り傷に身体のアザ。


 顔つきは怯えていて、口からは血が流れている。かなり抵抗していたのはよくわかる。クズ共も4人ほど倒れているし、無傷の者は1人しかいない。


(本当にギリギリだったな……。あの『2秒』がなかったら……)


 綺麗な裸体も全てが、はだけているわけではなく、必死に抵抗した痕跡が見て取れる。あの『2秒』がなければ、拘束される事すらなかったかもしれない。


 なんとか間に合ったが、こんな事をする者が『ダンジョン』にいる事に苛立つ。


(落ち着け。まずはエルフの安全を……)


 俺がそっとエルフに肩に触れると、エルフはビクッと身体を震わせる。


 エルフに触れた事で、俺の【透過】は解け、俺に気づいたエルフは、


「ぃやぁああ!!!!」


 と大声をあげた。【青焔】に警戒していたクズ共は一斉に振り向き、俺を視認する。



ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 別に恥ずかしいわけではない。


 エルフの肩はずっと震えている。触れると同時に更に察知してしまった「畏怖」と「絶望」。


 俺は、それを理解すると同時に、このクズ共に対する「嫌悪感」と「憤怒」が沸き上がる。


 俺は腹が立っている。

 腹が立っているんだ。


(なんでこんな事ができる……)


 ずっと思っていた。『裏』で生きているとこのような場面に遭遇することも少なくなかったから。


 俺は深く息を吐き、必死にそれらを抑えながらニッコリと笑顔を『作る』と、エルフに声をかけた。



「……大丈夫。助けに来たんだ」


 小さく呟き、俺が着ていたマントをパサッとエルフに掛ける。エルフは大きく翡翠の瞳を見開き、ブワァッと涙を溜めるとポロポロと頬に涙を走らせた。



「何者だ? この金髪やろうはッ!」

「どっから現れたっ!! け、『結界』はどうした!」

「なんでここに来られたんだッ!!」


 ガヤガヤとうるさいクズ共の声を無視し、俺は俺のすべき事をする。


(『結界』? 気に留める必要もないくらいと薄っぺらい膜の事か?)


 そんな事を考えながら、未だに「ぅう、あぁああッ……」とポロポロと涙を流すエルフの肩に手を置き、ギフトを使用する。


(《押印(マーク)》……)



ズズズッ……



 先程の石ころと同じ紋様が浮かび上がった事を確認していると、1人のクズが少し俺に歩み寄り口を開いた。


「な、なんだよ! ブライアンじゃないじゃねぇかッ! ビビらせやがってッ! お前も混ざるか? そのエルフ、かなりの上玉だろ?」


「……」


「いいぜ! こんなに居るんだ!! 今更、1人や2人増えたところで、その女も変わらねぇよッ!!」


 男はひどく『動揺』してる。


 バレたくないことがあるのだろう。不自然な所作の数々は『冒険者風』を装っているのが、モロバレだ。


(……やっぱり『受験者』じゃないな)


 俺は瞳を閉じ深く深く息を吐き出しながら、この連中が冒険者ギルドには居なかった事を再確認する。


「ぼ、『僕』は……」


 怯え切ったエルフの声に目を開けると、俺のマントをグッと握り、ガクガクと震えながら、涙をボロボロと流している姿があった。


「大丈夫だから安心しろ」


 俺は小さく呟き、またニッコリと笑顔を『作る』と、すぐにギフト【押印交換(マークスウィッチ)】を発動させる。



(《交換(スウィッチ)》……!!)



パッ……コンッコン……



 エルフは姿を消し、代わりに石ころが姿を現す。


「なっ!! 何しやがったッ!!」

「なんなんだよッ!! あのヤロォはッ!」

「ふざけんなッ!! 『今回の依頼』だったんだぞッ!」

「わざわざ、こんな所まで来たのにッ!」

「何のために『こんな所』で待ってたと思ってんだ!」


 エルフの姿が消えた事に、クズ共は声を荒げると、この中で1番の『気配』を持っている無傷の男に視線を向け、


「どうすんだよ!! 『団長』!!」


 と叫んだ。呼びかけられた男は「チィッ!!」と大きく舌打ちすると、俺をギロリッと睨みつけ口を開く。



「……殺せ。エルフはあの『青い炎』の裏にいるから、俺が回収しておく。この金髪に『魔力』はねぇ。どうせザコだ。とっとと消しとけ!」


 男はクルリッと【青焔】の方へと歩き始める。


(……行かせるわけないだろ)


 俺はエルフの代わりに目の前にあった石ころを拾うと、すぐにギフトを発動させる。


(《圧縮》、《研磨》……)


 2つの付与を済ませると、石ころは小さいナイフのように変化する。


(《超加速》、《身体強化》、《腕力強化》……)


 自分の腕を強化すると、その石を『団長』と呼ばれた男の腕目掛けて投げた。



パンッ!!!!



 俺が腕を振り抜くと、空気が裂ける音が響く。俺の腕を視認できなかったクズ共は突然の破裂音にキョロキョロと周囲を見渡す。



ザッ!!!!  ポトッ……。



 男の肘から下が切り離される鈍い音とそれが地面に落ちる音。


 ダンジョン内に一瞬の静寂が訪れるが、


「ウッ、ウヮァアア!!!! アアアアッ!! 腕が!! 俺の、俺様の腕がぁあああ!!!!」


 品のない叫び声が、すぐに響き渡った。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る