第20話 元諜報員は『魔物』を素通りする
ーーー2階層
「ベ、ベイル様!! す、すごいッ!! 真っ暗だよ!! ベイル様しか見えないし、ベイル様の『いい匂い』しかしない!! ハハッ!! 世界に2人だけになっちゃったみたい!!」
ソラはあまりのスピードに移りゆく景色を視認できず、『匂い』を察知する前に、その場から離れていくと言いたいのだろう。
さっきまで少し嫌な顔をしていたのに、すっかり楽しんでいるようでホッとする。
(やっぱりギフトは使いよう。【超感覚】は全てを俺に知らせてくれている……。まずは『魔物』だな……)
事前調査では、
「『ゴブリン』は舐めてかかると大変。群れに遭遇したら即刻逃げた方がいい」
「『スライム』でも人を殺すだけの力は持っている。貼り付かれたら、『溶かされる』」
ってところだったはず。
嘘ではなかったし、なかなか厄介なんだろうが、悠長に戦闘している暇はない。
(ソラには指一本触れさせない。……対峙まで、3……、2……、1ッ!!)
ポヨンッ……
俺は普通に素通りした。
一瞬見えた『魔物』の姿。
小さい水色のポヨンとした球体。飛びかかってくる事も想定し、身構えてはいたが、その『球体』は一切、俺に気づいてはいないようだった。
(……何が、どうなってるッ!!!!!!)
心の中で大絶叫しながらも、
「ソラはずっとこのままがいいなッ!」
などと、俺にしがみついて来るソラに頬を緩める。
調査中の『冒険者達』の言葉に嘘はなかった。絶対に嘘ではなかった。考えられる可能性は3つ。
・調査した冒険者が最底辺すぎた。
・そもそも、先程のヤツは『魔物』ではない。
・こちらから危害を加えないと無害な『魔物』。
1番可能性が高いのは、『魔物』ではないという物だ。
(そもそも、俺は『似たヤツ』を見たことがあるぞ?)
あれは辺境部族に潜入した時の、触ると皮膚が壊死する『紫色の害虫』。
鉱山の密売組織に潜入した時の、鉄のように硬い外装の『銀色の掃除用魔道具』。
『動物』を使役すると思われるギフトを持っていた盗賊団のアジトにいた『巨大な水色』の『ろ過装置』。
1番近いのは『ろ過装置』。あれを1000分の1くらいにした物が、さっきの『魔物』と思われる『何か』だ。
「ん? ねぇ、ベイル様。さっき『スライム』がいた?」
ソラは俺の腕の中で、幸福感に満ちた笑みを浮かべたまま、小さく首を傾げた。
「あぁ。居たな。『スライム』……」
平静を装いソラに言葉を返すが、内心はえらい事になっている。
(な、なんだとッッ……!! アレが『スライム』!!)
数ミリ鼻水が出たけど、黒マスクのおかげでソラにはバレてはないだろう。
あまりに驚愕の事実ではあるが、もし、そうなのだとしたら、俺はとんでもない勘違いをしている事になる。
高速移動しているため、ゆっくり思考することすら許されないのだ。だってもうすぐそこに『違う気配』が……。
グギィ……
俺は普通に素通りした。
一瞬見えた『緑色』の『何か』。『先程のヤツ』同様、一切こちらに気付いてはいなかった。
(ア、『アイツ』も知ってるッ!!!!)
強大な力を要する『魔女』の動向を探りに行く道中の森にいた『変な盗賊』の下っ端だ。理解不能の言語を使い、一斉に襲いかかって来た乱暴なヤツらだった。
仕方なく応戦したが、確か王冠を被っていて、なかなかの装備を整えていた『巨人』が『頭目』だった。戦利品は即刻売却し、貧困街の食料に回したが、もしかして……、これが……。
「あれ? さっき『ゴブリン』だったよね? ベイル様!!」
ソラの言葉に目玉が飛び出そうになる。
「あぁ。居たな。『ゴブリン』……」
またまたソラの言葉を返しながらも、内心は穏やかではない。
(……《鑑定》の容姿じゃなかったから使ってなかったが、アイツら、『全員』、『魔物』だったのかッ!!!!)
俺は基本的に【鑑定】は使わなかった。
便利ではあるが、薬師の老婆と『契約』した物だったので、老婆らしからぬ動きが出来ないのが最大の要因だ。「あまり派手な動きをすれば目立ってしまうから」と、宿泊施設や事前調査の時にしか使うことはなかったのだ。
(これは……、大変な事になった。『王冠の巨人』を無力化したのは、俺が8歳の頃だから記憶が曖昧になっているのか……?)
ま、まぁ今更確認出来る物ではないし、俺の気のせいの可能性もある。いや、おそらくそうなのだろう。冒険者はみんな嘘は言っていなかった。
実際に戦闘してみたら、化け物のように変身したりする可能性も考慮すべきだ。
ソラも嘘は言っていないが、『ちゃんと見た』わけではないし、「居たかな?」って感じなんだろう。
グギィ……
俺はまた『緑色』を素通りしながら、目的地が目前に迫っている事を確認する。
(俺の『無知』は後回し。まずはこれを何とかしないとな……)
「や、やめるんだ!! や、やめて! いや、いやぁあああッ!!」
聞き覚えのある『声』には鬼気迫る物を感じる。冒険者ギルドで聞いたような強気な声色は微塵もない。
(……あの『男エルフ』か……。周囲には12人。戦闘不能が4人か……。ソラには一切見せないように……)
俺は状況を把握しながら、『欲』まみれのどす黒い悪意を察知し吐き気がする。
「ソラ。『青い焔』を出せるか?」
「うん!! ソラ、出来るよ!!」
「よし。いい子だ。頼む」
「で、でも、ソラ、あんまり上手に出来ないの……」
「ふっ。俺が『操る』から大丈夫だッ!! 俺を信じろ」
俺が微笑みかけると、ソラはニカッと嬉しそうに笑い、ふぅ〜っと瞳を閉じ、集中し始める。
「ソラ。『匂い』を嗅いじゃダメだからな?」
「はい。ベイル様……」
ソラは深く深く集中したまま呟くと、パッと『空色』の瞳を開け、呟いた。
「《青焔(ブルー・フレア)》……」
ゴォオオオオオオォオオオオ!!!!!
キラッキラの『青焔』が物凄い勢いで創造されると同時に俺はギフトを使用する。
(《火炎操作》……)
ボッグォオオオボォオオオオオ!!!!
「な、なんだよ! こりゃ!!」
「青い炎の塊だ!!」
「クソがッ!! やっと、これからって時に!」
「や、ヤバいぜ!! 『ブライアン』かッ!?」
「こんな極上のエルフを『ヤレる』機会なんてそうそうねぇんだ……! 邪魔されるわけにはいかねぇだろ!!」
聞くに耐えない言葉の数々にギリッと歯を食いしばりながら、『違和感』を抱く。
(コイツら……。『受験者』じゃない!!)
ソラの瞳が『空色』になっている事も気になるが、今はコイツらをどうにかしないとダメだ。
俺は【青焔】を操作し、俺とソラを包み込みながら小さなドームを作ると、その中にソラを座らせる。
「……『導き手様』は、やっぱり『神様』だったんだ……」
ソラはキョロキョロと自分が生み出した『青焔』に満面の笑顔を浮かべながら呟いた。
(神様じゃないぞ?)
などと考えながら、そっとソラの頭に手を置き、優しく口を開く。
「……ソラ。目を閉じて、耳を塞いで、口で呼吸するんだ。すぐだから待ってな?」
「は、はい!! かみ、べ、ベイル様! ソラ、いい子に待ってるね?!」
ソラはそう言うと、すぐに言われた通りの形をつくる。頭の耳を手で抑えながら、ギュッと目を閉じると、小さく丸くなっている。
ソラは何事にも一生懸命だ。
だからこそ、こんなにも可愛らしい。
(ふふっ。ソラの可愛さは正義だな!)
俺はソラに心を洗われたような気分になりながらも、足元の石を拾い、ギフトを使用する。
(《押印(マーク)》……)
ズズズッ……
何の変哲もない石ころに紋様が浮かびあがったことを確認すると、俺は【透過】を発動させ【青焔】のドームから出た。
ーーーー
【あとがき】
次、ベイル無双です!
よろしくお願いします!
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