第18話 〜リリアの動向〜



※※※【side: リリア】


 

 私は隠れ家を後にするとすぐに王都で先生を探していたが、私の事を舐めているとしか考えられないほど、お粗末な尾行に深くため息を吐いた。


(はぁ……誰に鍛えてもらったと思ってる! こんな基礎も出来ていないような女を寄越して……。ギルド長も面倒な手間を……)


 心の中でそこまで言いかけて、私はニヤリと笑みを浮かべた。この監視の目を使わない手はない。


 初日のうちに、複数の服、それも男性物も女性物も大量に買い漁り、保存食を大量購入する。約1ヶ月分の荷物を買い込み、明らかに遠くに旅に出る風を装い、あからさまと思えるほどの資金をギルドから搾り取った。


(よし。これで先生への『退職金』を少しでも……)


 先生の働きに比べると、かなり割に合わないが、500万J(ジュエル)がギリギリだ。衣類もかなり買い込んだが、そんな物では全然足らない。


 もちろん、先生の身体のサイズは全て把握済みだ。かなり私の嗜好に寄ったものになってしまった。


(き、気に入って頂けるといいんだけど……)


 そんな事を心の中で呟きながらも、先生がこの服に袖を通してくれると考えただけでヨダレが出てしまいそうだ。



 初日は王都のボロ宿で過ごし、2日目の朝から行動を開始した。馬車に乗り込み、南に向かった。王都から出ても尾行は付いてくる。


(あの女1人だけ。私の専属なのね……)


 即座に判断して、即行動に移す。この尾行から逃れる事はとても簡単だけど、利用する方が遥かに有用だ。


 一度、姿を消し、尾行が慌てて私を追いかけてきた所を【悪魔卿】のギフトを発動させ、難なく捕らえる。



ピトッ……



 私は『悪魔化』した鋭利な爪を尾行の女の首元に押し当て口を開いた。


「なに? だれ? 誰の指示? この質問以外の物を答えたら、即殺する」


 全ての質問の答えはわかっている。ここで嘘をつくかどうかを判断するために、この質問を並べる。


「リリア・ミストの監視。『ユーリ・エチュルード』。…………ジャング・ローリエル」


 答えに嘘はないが、諜報員(スパイ)の風上にも置けない。依頼人だけは絶対に明かしてはならない。基本中の基本だ。


「リリア……。殺さないで。お願い……」


 ユーリの懇願に、私はチクリと爪を食い込ませる。


「くっ……ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 ユーリはグッと唇を食いしばり、ブルブルと震えだす。おおかた、私の事を血も涙もない冷徹な悪魔だと思っているのだろう。


(まぁ、先生のためなら『悪魔』になるのも、悪くない!!)


 私はゆっくりとユーリの耳元に口を寄せ呟いた。


「ふふっ。正直者ね。ユーリ。とっても偉いわ……。『リリア・ミストは、南の辺境都市に向かった』。ギルド長にはこう伝えておいてね?」


 ユーリは何度も何度も頷き、必死に声が漏れないように歯を食いしばっている。


(さてさて……。ここからが本番……)


 私は少しだけ食い込ませた爪を抜き、こちらを向かせると、涙をボロボロと流しながら震えているユーリの首筋に流れている血をペロリと舐める。


「んっ、あっ……」


 ユーリは耐えきれず声を漏らす。悪魔の唾液は媚薬の効果もあるし、私も『血』を手に入れる事ができる。


 私はニッコリと微笑み、小さく首を傾げる。


「ユーリ。そんなに怖がらなくて大丈夫よ? もう何もしないわ。私達、仲間でしょ?」


「リ、リリア……」


「確かにギフトを使用しているから、なかなか人間には見えないと思うけど……」


「え、いや、そんな事、ない、よ……?」


 恍惚とした表情のユーリに、作戦が成功した事を確信しながら、スキルを発動させる。


(……《絶対服従(アブソリュート・オビーディエンス)》)


 対象者の血液を摂取し、自分に畏怖と憧憬を抱いている者を服従させる【悪魔卿】のギフトスキル。


 私がさっき舐めたユーリの首に、悪魔の印章(シジル)がくっきりと浮かび上がり、スゥーっと消えていく。


(服従完了……)


 私はギフトを解除し、ユーリに優しく声をかける。

 

「これから先の報告は『リリア・ミストは南の都市でカイン・アベルを探しているけど、全く見つからない』。詳細はその都度変えるのよ? わかった?」


「はい。リリア様!!」


「サム・ホリエルの動向は?」


「……ユーリの任務はリリア様の監視と報告だけです」


「あら。残念だわ……」


「が、頑張ります! リリア様のために! サム・ホリエルの動向を探ります!!」


「本当? 無理はしない事。尾行は絶対にしない事。本当にわかる範囲だけでいいからね? わかった?」


「はい。リリア様。ユーリ、頑張ります!!」


 下手な尾行でユーリが捕まるのは危険だ。サムは何をするかわからない。ユーリは容姿も優れているし、もしバレたら、性の吐口にされるか、殺されるかの2択だろう。


 それに私の身も危険になる。ユーリの安全を守る事は、私の身を守ることにも繋がる。



「本当に慎重に。無理をする子は嫌いだからね? ユーリの本当の仕事は、私が南にいると伝える事だから」


「……!! わ、わかりました。絶対に無理はしません!!」


「ふふっ。いい子ね、ユーリ」


 私はそういうとユーリの頭を撫でてあげると、ユーリは嬉しそうに瞳を輝かせる。


(これで、サムの動きがわかれば一石二鳥。私は王都で先生探しに専念できるし、ギルド長の目も欺ける……)


 私はそっとユーリを抱きしめると、耳元で呟く。


「ジャング・ローリエルからの連絡は、全て私にも教えてね? どんな小さな事でも、すぐに鳥を飛ばして? 私の魔力の『匂い』は知ってるでしょ?」


「はい。リリア様……」


 ユーリのギフトは【伝書鳩】。どんな所からも、正確に早く情報を送る事ができる裏方の諜報員(スパイ)だ。


「じゃあ、よろしくね? 頼んだよ? ユーリ」


「はい。リリア様……」


 私はまたユーリの頭を撫でると、ユーリは真っ赤に染めた頬で嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 


 ユーリと別れた私はすぐに王都に戻り、2年間、行動を共にした時の情報や先生の好みを頼りに、宿や食事処などで、


「最近、右手を怪我した商人や、最近、越してきた住人を見なかったですか?」


 と聞き歩いたが、見事に空振りだった。


 3日目にして、先生が給金を貰っていなかった事を思い出し、服や装備を売れるような店を点々と回っていると、4日目にして、やっと先生の微かな痕跡を見つける事ができた。


(これは、革命軍幹部の服!! 先生が潜入していた時の物で間違いない!! あぁ。先生!! 先生!!!)


 心の中で歓喜に震えながらも、それを一切表に出す事はしない。今すぐにでも泣いて飛び跳ねたかったが、それは許されない。


 即座に店員さんに声をかけた。


「あ、あの!! この服を売りにきた人って、どんな人でした?」


「うぅーん……。ちょっと覚えてないなぁ。どうかしたのかい?」


 老人の店員は不思議そうに私の顔を見つめている。


(くっ……浮かれすぎたッ!!)


 頭を高速回転させ、一つの案を引っ張り出すと、グッと唇を噛み締め、瞳に涙を溜めた。


「す、すみません……。ちょっと、生き別れた兄弟の物に似てまして……」


 大嘘だが、店員はかなり年老いたお爺さん。


(この手の話には弱いはずだ……!!)


 チラリと様子を伺うと、アワアワとしながら、


「おお……。ちょ、ちょっと待ってなさい。確かここに、売った人の名前があるはずだから!!」


 と台帳を取り出し、ペラペラと探し始めてくれた。


(ふふっ。先生と一緒にいた頃によく使っていた手法だけど、先生はいつもスマートに必要な情報だけ抜き取っていたなぁー)


 懐かしい記憶に本当に瞳が潤んでしまう。


「おお! あった、あった!! これじゃ!! あら? 子供じゃったかのぉ?」


 そこには子供のような汚い字で、『ラギー・ペイジリア』と書かれていた。先生がよく使っていた偽名の一つだ。


 それを見た瞬間に、私の涙は堰を切ったように流れ始める。



――リリア。大丈夫。心配するな。よく見つけた。無茶な動きはするなよ? これはすぐに燃やして処分してくれ。



 子供のように汚い字で書かれた名前には、先生と私で作った暗号がいつくつも散りばめられている。


(うぅ……。先生……。……わ、私は諜報員(スパイ)失格です……)


 メモを見た瞬間にボロボロと泣き始めた私に、老人の店員はオロオロとし始めてしまったが、私の涙は止まる気配がなかった。




ーーーーーー

【あとがき】


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