第17話 元諜報員は『仲間』ができる
あまりに濁りを知らない幼女の瞳に少し思考が止まってしまうが、先程の言葉が聞こえなかったわけではない。
(『導いて下さい』? ……『導き手』?)
それは一緒にダンジョンに挑むという事なのだろうか? この幼女とこの試験を進むという事なのだろうか?
「……えっと……、どういう事?」
俺の言葉に幼女は急速に涙を溜める。
俺の言葉は至極真っ当な物のはずなのに、なんだかめちゃくちゃ悪いことをしているかのように感じてしまう。
「うっ、うっ、うぅ……ソラは、ソラは……。ずっと……」
「な、泣かないで? 大丈夫だから!」
「うぅぅぅ。み、導き手様ぁ……」
俺は幼女の頭に置いたままの手で頭を撫でる。
この現状や幼女の目的、発された言葉が一切理解できない。3日間で調査したのは、『冒険者側』ばかりだ。受験者の方まで、網羅する事はできていない。
ただ、こんなに泣いている小さい子供を放っておく事はできないし、今この場で、『調べて柔軟に対応』するしかない。
予期せぬ状況でこそ、諜報員(スパイ)の真価が問われる。いつもなら、適当に対応しながら、離脱を最優先にして、『他人顔』を複数使って、改めて精査する。
だが、今の俺は『顔を入れ替える必要』がない。
『泣いてる狼人の幼女を泣き止ませたい』
俺は自分の心に従い、スイッチを入れる。
(……《鑑定》)
※※※
ソラ・アイシュガル[8]
空狼族(くうろうぞく)と人間のハーフ。
魔力 SS
魔法 無習得
種族スキル 【獣化】 【超嗅覚】
ユニークスキル 【青焔(ブルー・フレア)】
※※※
(……『空狼族(くうろうぞく)』か。それなら、膨大な魔力量も納得だ。初めて見た時、まさかとは思ったが、そうか……この子は……)
見たことがないはずだ。今では幻のような種族と人間のハーフ。『裏』では有名な種族である『空狼族(くうろうぞく)』の血を引く、『生き残り』。
本来、空狼族(くうろうぞく)は空色の毛並みに空色の瞳。全てを見透かす『空狼眼(くうろうがん)』は、宝石のように美しく、その汎用性の高さから、かなりの高値で取引されている。
(『アイツら』の『瞳狩り』から逃げ切った? 察するに人間である母親の瞳の色なんだろうが、姿を隠さないのはあまりにも危険だ)
俺は"あの惨状"を見ているだけに、幼女の苦悩が痛いほどわかってしまう。
目をくり抜かれた『空狼族』の死体の山。
もう8年も前の事だが、今でも鮮明に覚えている。腐った肉の匂いも、乱暴に処理されている亡骸も……。俺が到着した時には、すでに『事後』だった。
(この子も見たのかな? いや、8歳と言うことは見てはいない……)
俺はもう一度優しく頭を撫でて口を開く。
「俺が『導き手』なのか……?」
「うぅ……マ、ママが……。『月光の髪に空色の瞳』。ソラを導いてくれる人だって……。ソラは、ソラはずっと探して……」
「……そっか」
これ以上は聞かなくともいい。迫害される亜人。『両親』を失った孤児。きっと辛く厳しい生活を送って来たのだろう。
「うっ、うぅ……『導き手様』……」
胸が痛い。
恥ずかしがってる場合じゃない。
幼女は「淡褐色」の瞳からボロボロと涙を流し続けている。俺の瞳は確かに青いが、『空狼眼』ではない。おそらく、勘違いしているんだろうが、そんな事はどうでもいい。
「……もう大丈夫」
俺はそっと抱きしめた。大泣きしている狼人の幼女の泣き声が耳元に響いてる。この子が縋れる物が『俺』なんだったら助けてあげたい。
「ぅっ、うぅ……、ソラは……、ソラは絶対に見つけなきゃいけない物があるのッ!! パパの……、パパの目をママのお墓と一緒に……、入れてあげたいの。や、やっと『導き手様』を見つけたの……! ソラを、ソラを導いて……下さい」
幼女はそういうと涙を流した。
綺麗な瞳から透明度の高い綺麗な涙を流した。
おそらく、この子が冒険者になる理由も『コレ』なんだろう。ポロポロと涙を流す幼女に、ドクンッと心臓が脈打つ。否応なしにグッと来るものがある。
基本的に俺は『孤児』に弱い。
『任務』を最優先にこなして来た俺にとって、救える命を見過ごす決断を迫られる事の方が多かった。いつも心の中で謝罪しながらも、『任務遂行』のために、無表情で見て見ぬフリをし続けて来たのだ。
(もう見ないフリをするつもりはない……)
俺は抱きしめていた腕を解くと、微かに震える手でフードに手をかけ、ゆっくりと息を吐き出しながら、口と鼻を覆っていた黒マスクをずらす。
「……手伝うよ。俺に何が出来るのかわからないけど、君の果たさなきゃいけない事を果たせるように……。だから、もう泣かなくていい。君は……、『ソラ』はもう1人じゃないよ?」
心臓はバクバク音を立て、声は震える。目の前にいるのは、ジャングでも、サムでも、リリアでもない。
でも、これは俺の決断だ。
自分の心のまま。気の向くまま。
やりたい事をやる。
それが俺の求める『自由』だ。
『仲間』になるのなら顔を隠してるわけにもいかない。これは一種の決意表明だ。
知ってしまったからには、もう放っておく事はできない。ソラは俺の顔を見つめると涙を加速させる。
「『ベイル・カルナ』だ。よろしく……」
「う、うぅ、ソ、ソラは、ソラは、『ソラ・アイシュガル』!! 『ベイル様』……。ソラはベイル様のそばに居ればもう大丈夫ッ!」
ソラはそういうと、ボロボロと流れる涙を小さな両手で何度も、何度も拭った。
「ベイルでいいよ? それから、俺は『導き手』じゃないと思う。でも、絶対に見捨てるような事はしないから、安心しな?」
「ベ、ベイル様ですッ! ぜ、絶対ッ!! 優しくて、あったかくて、とっても安心する『匂い』なんだもんッ!! ソ、ソラは一目でわかったんです!! うぅ……うぅう……」
俺のマントをちょこんと摘みながら泣きじゃくるソラには嘘がない。本当に俺を『導き手』だと信じているみたいだ。
(もうなんでもいい。俺は俺の出来ることをする。ソラが笑っていられるように。父の瞳を見つけられるように……)
俺は未だに泣き続けるソラの頭に手を置き、
「ソラ? もう泣くな? 大丈夫だから! 一緒に行こう!! 冒険者になるんだろ?」
視線を合わせて首を傾げると、ソラは更に涙を溜めて、「うわぁーーん! ベイルしゃまぁあーー!!」と俺に縋りつきながら、大泣きし始めてしまった。
不思議だ。『自分』だけじゃない。
『必要』としてくれる『誰か』に、手を差し伸べられる事がこんなにも自分の心を穏やかにしてくれる。
――先生ッ!!
ふと、リリアの屈託のない笑顔が浮かぶ。
(一度、顔を見せておいた方がよかったかな?)
泣きじゃくるソラをそっと抱きしめながら、『これまでの俺』の事を唯一、慕ってくれていたリリアの綺麗な顔を思い出しふぅ〜っと息を吐いた。
ソラの背中をポンポンッと軽く叩きながら、落ち着かせていると、
ピクッ……
と人の気配を察知する。
(なっ!! ひ、人がもうすぐ来るッ!!)
俺は即座にフードとマスクを装着し、ひょいっとソラを抱き上げると、【空気操作】のギフトを発動させ、
(《空気壁(エア・ウォール)》……)
と身体の周囲に空気の壁を作る。すぐさま【身体強化】と【超加速】のギフトを発動させ、その場から『消えた』。
ヒックヒックと泣いているソラは、俺のマントに必死にしがみついて来てて、俺は小さすぎる初めての仲間に「ふふっ」と頬を緩めた。
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