第16話 元諜報員は幼女の可愛さに悶絶する



ーーー初級ダンジョン



 ダンジョン内は洞窟のような印象だが、所々に人の手が加えられている。外観のボロボロの遺跡と同時期というよりも、後から冒険者達が整備したのだろう。


 俺は【超感覚】ですぐに現状を把握し、微かな風の流れを察知することで、下の階層に行くまでの順路を完璧に頭に叩き込んだ。


 危惧していた魔物は最初の階層にはいないようだが、かなりの数の受験者は迷子になっている印象だ。


(迷路のようになっているし、空間系の魔法か、状況把握に使えるギフトがないと苦しいだろうな)


 ここで俺が誰にもバレずに、受験者を扇動することは可能なんだが、冒険者になってからまで面倒を見ることはできないから、手を貸すような事はできない。


(『試験官』は……?)


 1人は先行している。2人はゆっくりと正しい道を進み、1人は迷子になっている受験者達を観察しているようだ。


 1人は先行しダンジョンに異変が無いかの調査で、1人は受験者達の『お守り』で間違いない。


 ゆっくり進んでいる2人は、おそらく『道案内』。



 索敵やマッピングに特化したギフトや魔法がなくとも、他者の力量を測る事さえ出来れば、正解の道を進めるという事だろう。


(まだ俺の方が先行してる。おそらく1番最初に門を潜り、1番最後にダンジョンに足を踏み込んだんだろう。入り口で2人の実力を把握できていれば、道に迷う事はないと言う事だ。……よく考えられている。限りなく平等に近い試験だ)



 試験官の動向までは、ギルド内の書面には書かれていなかった。おそらく、ブライアンに口頭で説明を受けたか、Aランクパーティー『銀翼(シルバーウィング)』が自発的に考えた結果だろう。


(ベストは【透過】したまま、『道案内』の2人に着いていくこと。派手な戦闘をすることなく、安全で確実に試験をクリアできる。だけど……、)


 俺はチラリと後方を盗み見て、深くため息を吐く。入り口からずっと俺を尾行している者がいるのだ。


(……鼻が効くのか? さすが『狼人』と言ったところか)


 幼女本人はバレていないと思っているのだろうが、死ぬほどバレている。感覚的には、もうすでに俺のマントを掴んできているくらいの拙(つたな)い尾行だ。


 尾行を巻くのは簡単だが、もうすでに『俺の匂い』を把握されているのだとしたら、魔物との戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。




(うぅーん……。どうしたものか。こちらから話かけてみるか? いや、それはちょっと恥ずかしいな……。とりあえず、尾行に気づいていると教えてあげよう!)


 俺は考えをまとめると、咄嗟にクルッと振り返ってみた。


「アッッ……!!」


 幼女は驚いたように声をあげ、近くの岩場に飛び込んだが、空色の耳が岩から顔を出している。


(何それ……? め、め、めちゃくちゃ可愛いじゃないかッ……!!)


 あまり経験した事のない感情だ。庇護欲を駆り立てられ、少しからかいたい衝動も襲ってくる。こんなにも、ほのぼのとした経験は初めてで、自然と緩みそうになる頬を抑える。


 俺はわざと足音を鳴らして数歩進み、即座に【透過】してみると、


「えぇっ!? ……あれ?」


 と幼女は俺をキョロキョロと必死に探し、綺麗な淡褐色の瞳を潤ませ、少し口を尖らせる。


(な、何それ……? か、可愛いすぎるだろッ……!)


 俺が幼女の可愛さに悶絶していると、幼女は少し上を向いてクンクンとして、不思議そうな顔をしながらも、俺の方へと向かって来る。


(……!! お、おい! これは予想外だッ!! 本当に『匂い』で探ってるのか!! や、やばい!)


 ドクンドクンッと心臓が音を立てる。『匂い』がわかったところで、見ることも触れる事も出来ないと思うが、幼女はキョロキョロしながら確実に俺に近づいて来ている。


 目の前で立ち止まり、不安そうにクンクンして、首を傾げる幼女。尻尾がふわふわで、空色の髪はめちゃくちゃ綺麗で、もちろん、狼耳も最高だ。


(な、なんでこんな可愛らしい生き物を侮蔑したり、差別したりできるんだッッ!!)


 至近距離で俺を探す幼女に、キュンキュンしながらも、俺は完璧に【透過】を解くタイミングを失ってしまった。


(……足音を消して、先を急ぐか? 『道案内』がなくとも正確な順路は把握済みだから、それは問題ないんだけど……)


 本当に『匂い』で追って来れるなら、1人にはしておけない。膨大な魔力を持っているとはいえ、まだ幼い女の子なんだから、心配だ。


(うぅーん……)


 どれが『最適解』かわからず、珍しく熟考していると、幼女は俺の目の前で、更に瞳を潤ませる。口を尖らせ、耳を垂らして、今にも溢れそうな涙を耐えて、


「うぅ……また見失っちゃった……」


 と小さく呟いた。



ポンッ……



 俺は本当に無意識に幼女の頭に手を置くと、【透過】が解けてしまい、幼女の大きな瞳とばっちり目が合った。


「あっ……」


 あまりに自覚のない行動に、間抜けな声をあげてしまい、目が合うと同時に心臓がバックンバックン音を立て始める。


 【透過】が解けてしまう理由は2つ。


 自分の意思で他者に触れる事。

 《透過》中に他のギフトを使用する事。

 

 俺は幼女の今にも泣き出してしまいそうな表情に耐えられず、思わず頭を撫でてしまったのだ。


(なッ! なんて事をしているんだ!! 俺はッ!! た、ただの変態ヤロウじゃないかッ!!)

 

 幼女は目をパチパチさせウルウルと瞳を潤ませている。


 それも当たり前だ。


 見知らぬ男が姿を消したと思ったら、突然現れて頭を撫でられるんだから、そんなの嫌に決まっている。


 今までどんな『窮地』からも生還を果たして来たが、俺はもう、ここから一歩も動けない。なぜなら、こんな失態は今までに一度もなかったからだ。


 手は幼女の頭に置いたまま動かせない。


(考えろッ!! カイン・アベル!! いや、ベイル・カルナ!! な、何かしろ!! ここから起死回生の一手を打てッ!!)


 心の中で、自分を叱責し、頭をフル回転させる。


「よ、よ、よくやった……」


 思考回路はもう死んでいる。咄嗟にいつもリリアにしていたように、褒める言葉が出てきたが……、


(いやいやっ!! 何を『よくやった』んだッ!! バカかッ!! お前は何をしてくれているんだッ!!)


 と事態が悪化している事に泣きそうになった。


 顔を見られ、変質者のような行動を取ってしまった俺の心臓は、もう早く脈を打ちすぎて、逆にゆっくり動いているかのような錯覚に陥ってしまう。


 もうまともに幼女を見れない俺は、ダンジョンの天井を見つめながら、これまでにないパニックに陥っていると、



ブンッブンッブンッブンッ!!



 という、不可解な音が幼女から鳴っている事に気づいた。


(な、何それ?)


 そこには空色の尻尾をブンブン振り回し、照れたように唇を噛み締めながら、真っ赤になっている幼女がいた。



(これ、どういう状況……? もう『未知』だ。これが『未知』だ。これが『冒険者』になるという事なのだ!!)


 モジモジとしている照れ照れ幼女に、何回目かの悶絶をして、バカな事を考えていると、幼女はみるみる瞳に涙を溜め、口を開いた。

 

「さ、さっきは助けて、くれて、あ、ありがとう!! ソ、ソラを導いてッ……! 『導き手様』!!」


 幼女はそう叫ぶとポロッと涙を流した。



 その一切濁りのない涙と淡褐色の瞳はとても綺麗だったが、正直、何を言っているのかは一切、分からなかった。




ーーーーーーー

【あとがき】


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